第44話 雰囲気もクソもないだぶるでーと
「デートって、ダブルデートって事か……」
五月某日。
無事に定期テストを越え、さらに一週経って迎えた休日である。
俺はと言うと、そんな至福の惰眠タイムを大量の魚たちに邪魔されていた。
蒸し暑くなってきた五月末にぴったりなスポット、水族館。
ついこの前来たばかりの海浜公園と併設されているそれは、休日という事もあって若いカップルや家族連れで賑わっている。
前回ここに来たのが季沙との例の件だったため、少し複雑な気分なのは言うまでもない。
結局あれ以降、アイツとはまともに接触していない。
避けられている気もするし、考え過ぎな気もする。
俺が変に意識しているだけな気もするが、仕方ないだろう。
あんな事があった手前、今まで通りに軽くふざけ合うのは、お互いにハードルが高かった。
俺としても、過去を打ち明けられたはいいが、結局特に策もない現状だ。
別に俺が何かしたわけではないとは言え、こうして無為に日が流れていくのはそれはそれで少し思うところがある。
おかげで正直、最近は全ての物事が手が付かない。
気持ちが入らないと言ったところだ。
と、季沙の事は一旦置いておき。
今気になっていたのは、今日この場に居る面子の方だ。
俺を誘った梓乃李はわかるが、いざ当日来てみると、その横にはもう一組の幼馴染コンビが仲良く揃っていた。
いつも通り能天気な笑みを張り付けている須賀暁斗。
そして、その脇で俺と梓乃李を見ながらにやにやしている喜嶋葵子。
てっきり梓乃李との一対一を覚悟していたが、実情は違った。
どうやら、ダブルデートと言う趣旨であるらしい。
と、館内に入ってからも口数の少ない俺に何を思ったのか。
暁斗が俺の肩を叩いて笑いかけてくる。
「僕らはお邪魔だったかな?」
「冗談キツいぜ暁斗。お前が居てくれなかったら逆に地獄だったところだ」
あの束縛破滅女と二人きりの方が思いやられる。
ここまで暁斗の顔を見て安堵したのは、今日が初めてかもしれない。
ついこの前、早瀬に刺された後の絶体絶命のピンチを救ってもらったが、正直その時より今日の方がよっぽど危機だし、怯えていた。
「どういう意味かな?」
暁斗との会話だったのに、ちゃっかり盗み聞いて睨んでくる梓乃李。
言葉の通りとしか言いようがないので、肩を竦めて置いた。
今日は何かあったら、暁斗を盾として差し出しておこう。
梓乃李がにじり寄ってきて怖かったので、俺は少し後ろに下がる。
と、今度はその様子を眺めていた葵子に捕まった。
「ふふふ~っ」
「な、なんで笑ってるんでしょうか」
「いやぁ? 多分きっと、この間豊野くんがわたしの事を口説いてきたってことを、梓乃李ちゃんは知らないんだろうな~と思ってさぁ?」
「ッ!? ――いや、その件は勘違いなので、はい」
あの日止血してもらった後。
つい暁斗と葵子が付き合っていないという事に、大げさに反応してしまっていたのだった。
その件を掘り返され、俺の笑みが凍り付く。
「……黙っといてあげよっか?」
「お、オネガイシマス」
前の暁斗と梓乃李は大水槽に夢中になっているが、こちらはそれどころではない。
震える俺に、葵子はさらに距離を詰めてきた。
もはや腕に抱き着いてくるのかって距離だ。
「ち、近いですよ?」
「えへへ、困らせてあげようかと思って」
「マジで洒落にならんのでやめてくれ。っていうか、何回も言ったけどこの前のは本当に他意はないんだよ」
「とか言いつつ、七ヶ条せんぱいともいい感じって聞いてるけどっ?」
「誰が言ってるんだそんな事」
「あきくんとか、右治谷くん」
「……」
やはり男友達ってのは余計な事しか言わない。
もう少し相手の性質を考えて欲しい。
破滅ヒロインも、腫れ物お嬢様も、話のネタとして消費するのは些か危険すぎると気づいて欲しいものだ。
「その噂の件も、今日は口に出さないでくれると助かるんですけど」
「え~、どうしよっかなぁ」
「後生ですのでどうか」
「あ、そうだ。じゃあさ、一個教えてよっ」
代わりにと言わんばかりのノリに、早速嫌な予感がした。
そしてそれは的中して。
「梓乃李ちゃんとはほんとに付き合ってるの?」
「いえ。全く。これっぽっちもないです。今日はただのテストの打ち上げです」
「ふっ、あははっ。はいはぁい」
今一度しっかり否定した俺に、葵子はケラケラ笑った。
◇
ぼーっと水族館の中を歩きながらふと思う。
今日は暁斗と葵子も楽しそうに過ごしているが、一応は『さくちる』の主人公とヒロインなわけで。
ひと月以上先ではあるが、彼女にもイベントは起こる。
前回遊園地に行った時、それこそ現在進行形で後輩に言い寄られていると、葵子は既に言っていた。
そして前にも言ったが、葵子を襲うイベントはレイプ未遂。
原作では暁斗がその場を押さえて一応事なきを得た形に収まるが、逆に言うと暁斗が機能しない世界線だと、順当にヤられるという解釈になるわけで。
「まぁ、自分の幼馴染に対してだけは妙に距離が近いし、そのイベントくらいは自分で処理してくれそうな気もするけど」
こればっかりは暁斗次第である。
最大限俺も動くつもりではあるが、シナリオがどんどんズレている以上、警戒しておこう。
バタフライエフェクトというものがこの世には存在するからな。
なんて考えていると、いつの間にか周りに水槽すらなくなっていた。
どうやら一人で考え事に夢中になり過ぎて、そのまま歩いて来ていたらしい。
目の前にはバックヤードへの非常扉しかないし、行き止まりである。
最近の俺はこればかりだ。
考える事が多過ぎて、自分の世界に浸り過ぎてしまう。
いかんな。
ため息を吐き、当たりを見渡す。
そして放置していた他の連中と合流しようと、俺は踵を返した。
すると――。
「うわ、ちょっと」
「――え?」
何故か間近に迫っていた梓乃李の顔に、俺は息を呑んだ。




