第41話 サブヒロインの暗い過去
今回の一連の騒動に季沙が絡んでいた。
その事実自体は予想通りだし、この繋がりが証明された事で全ての説明も付く。
俺の情報を亜実達が知っていたのは季沙から仕入れていたからだろうし、俺の帰り道を早瀬が待ち伏せしてきた作戦も、同じ道を通って一緒に下校したことがある季沙なら計画できるわけで。
そしてさらに、今日の勉強会に参加しなかった理由も察せる。
だがしかし、その先は予想外だ。
「脅されてるって、どういう事だよ」
「亜実ちゃん達にとよちんの事教えなかったら、うちの弱みをバラすって言われれててさ」
「弱み?」
一体何だろうか。
試験でカンニングしたとか?
万引きしたとか?
何か軽犯罪でもしでかしていたのかと、首を傾げる俺。
だが、その答えは予想の遥か上を行くものだった。
「去年無理やり撮られたハメ撮りだよ」
「……は?」
急に物凄い事を言われて頭が真っ白になった。
……え?
いきなり過ぎて意味が分からない。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。説明してくれないと何が何だか」
「聞いてくれるんだ? 流石女たらしだね。優しいじゃん」
いつものようなふざけた物言いだが、トーンは真面目そのものだった。
そのまま季沙は話し始める。
「事件が起きたのは去年でね。女の子の友達と普段通り遊んでたら、その日は男子グループも混ぜてみんなで遊ぼうって話になって。それで来た男子達と遊んだんだけど、なんかハメられてたみたいでさ。途中まではご飯食べたりカラオケ行ったり、普通だったんだけど――気づいたらそのままラブホで遊ぼうって話になってて」
一気にきな臭くなる話。
無言で頷くと、彼女はため息を吐きながら続きを語った。
「その中の男子の一人と一対一で連れ込まれて、そのままなんか怪しいお酒?みたいなの飲まされてさ。で、気付いたら意識も遠のいちゃって、ヤラれちゃってたって話。気づいた時には行為は終えてて、ちゃっかり動画も残されてて、もー終わり。消してって言ったら逆にそれで脅されるようになっちゃってさ」
「ま、待てよ。その件と加藤亜実に何の関係があるんだ?」
「あー、亜実ちゃんとその男子グループの主犯格ってのが繋がっててね? それでその男子がうちのハメ撮り持ってるって言っちゃったらしくて。だから亜実ちゃんからも言う事聞かないと動画拡散するって脅されちゃったんだよね」
絶句した。
一通り話し終えた季沙は、少しだけスッキリしたような顔をしていた。
風が強く、季沙の髪が吹かれて靡く。
柊季沙が、去年見知らぬ男子から犯されていた。
その事実が、受け入れられない。
だって、おかしいじゃないか。
時系列で言うと、去年という事は『さくちる』のストーリーが始まるよりも前なわけで。
だがしかし、俺はこんな事件、聞いたことがない。
だって、ゲーム内でも言及されていないのだから。
あまりの衝撃に言葉が出ずにいると、季沙は深く息を吐いた。
「別に被害者面はしないから安心してよ。どんな事情があっても言い訳だし、うちがとよちんの事騙してたのは変わらないから。あ、とは言え刺せって言ったのはうちじゃないよ?」
「え、そうなのか?」
「そりゃそーだよ。とよちんがどー思ってるかは知らないけど、うちは友達だと思ってたし、そんな危ない事させる気なかった。亜実ちゃんから刺したって電話もらった時は、冷や汗でフローリングに水溜りできたんだから」
「てっきり俺に恨みでもあったのかと」
「あはは、ないよ。……あるわけない。だから――ほんとに後悔してる。ごめん」
謝られても、正直事態が呑み込める状況ではない。
しかも、こいつだって他にやりようはなかったはずだ。
レイプされた時のハメ撮りで脅されて、多少協力する程度で済む事件だと思っていたなら。
誰だって同じように動くだろう。
余程の馬鹿じゃない限り、普通は刺傷事件になんて発展させないからな。
と、俺は再確認しておく。
「というか、待ってくれ。お前はずっとその男から弱みを握られて縛られてるって事か?」
「まぁ、そうだね」
どうも嘘を言っている様子はない。
やはり、『さくちる』内で言及されなかっただけで、季沙はこんな闇を背負って生きていたのか。
まさかサブヒロインにまで暗い背景があったとは驚愕である。
なんて、ゲーム脳で看過できる話ではないのだが。
「でも待てよ? 動画を見せないっていう交換条件なら、おかしいじゃないか。なんでその事を亜実が知ってるんだよ。その男は動画の件をバラさないっていう条件で、お前につけ込んでたんじゃないのかよ?」
「さぁ? 別に動画自体を見せたかは知らないし」
「それはまぁ、確かに」
「あとさ。別にうちが約束守ったところで、向こうが動画を人に見せないとは限らないからね~」
弱みを握られた時点で、一生不利展開の負け戦が続くだけだ。
俺だって梓乃李の筆箱事件の時、そうやって亜実にハッタリをしかけたじゃないか。
いじめ動画をネットに流すかどうかは俺次第だから、お前らは少しでも俺の気を変えさせないように穏便に従うのが吉だと。
とは言え、その後の展開は全て弱みを握った方の匙加減。
相手がどんなに従順であろうと、こちら側は気まぐれに約束を破ったところで痛手はない。
要するに、今回の季沙の立場で考えると。
一度弱みを握られてしまったら、約束を守ったところで相手への抑止力にすらなりはしないのだ。
あまりにもグロい事情に、胸につかえるようなどろどろが渦巻く。
一難去ってまた一難。
つくづく思うが、この世界は腐っている。
しかも先程も思った事だが、この話が事実だったとして。
俺が前世でプレイしたゲーム内の季沙も、恐らくこの件を抱えた状態で生きていたわけで。
明るい声音、軽い物言い、積極的に主人公に絡んでくる鬱ゲー内唯一のオアシス的サブキャラクター――だったのに。
その全てが、俺の中で一瞬で崩れ落ちる。
一気に背筋が凍ってきた。
「レイプの復讐かぁ。七ヶ条センパイが羨ましかったんだよな~。殺すって言う選択肢が現実的にあって」
「……ッ」
ここに来て、あの日の季沙の言葉の重みがようやくわかった。
あれは雪海の復讐計画を阻止する件で相談した時である。
『……で、どんな事が七ヶ条先輩のためになるかな。やっぱり、復讐したいとか思うものなのかな?』
『うちはほとんど事件の真相は知らないけどさ。聞く限りレイプ未遂だったらしいじゃん? だったらまぁ、殺したいくらいには憎いだろうね』
俺の相談に対して、彼女は言った。
殺したいくらい、憎いと。
しかも雪海のはあくまで未遂だったが、季沙の方はもう完全に被害が起こっているわけで。
一体、どれ程の激情が込められた言葉だったのだろうか。
と、冷える夜風に吹かれて俺は顔を顰めた。
刺されたばかりの左腕の傷に障ったのだ。
そして急激に頭が冴えてくる。
目の前の季沙の表情は、正直あまりわからない。
辺りが暗い上に、珍しく俯き加減なせいでよく見えないから。
だがしかし、俺をこんな状況に追いやった“敵”であるのも事実だ。
「……うちも留学行った方が良い?」
「知ってるのか」
「さっき亜実ちゃんから聞いたよ。あ、もう復讐はしないと思うから、そこはうちの顔に免じて安心して」
「何言ってんだ。お前の顔に信用なんかないぞもう」
「あはは、ウケる。そりゃそうだわ」
全然笑っていないのは、俺も季沙も同じ。
空虚に響く軽い物言いが、この状況の虚しさを煽る。
とは言え、俺もこの状況から季沙を詰める気にはなれなかった。
事情は分かったし、許す気はないがここまでの関係性や同情もあるせいで、どう立ち回ったらいいのかわからなくなってしまった。
少し、一人で考える時間が欲しい。
それにだ。
俺は先程誓った。
梓乃李が破滅しないように、この世界のシナリオを修正すると。
それは黒い事件を全て解決して、アイツが病む要素を限りなく減らすという意味もあって。
となると、現状梓乃李と仲良く会話できる唯一の女友達である季沙を、このまま放置するのは得策ではないはずだ。
結局、俺がやるべきことは今回も同じなのである。
「相手は、誰だ?」
「あー、そうそう。その子一個下なんだけど、丁度今年明嶺に入って来たんだよね」
「同じ学園内に居るのか」
「そうそう、サッカー部でね。名前は茶桐叶矢って言うの」
「……サッカー、部?」
意を決して聞いた直後。
何かに引っかかりつつ、俺は眉を顰めるのであった。
◇
帰宅してシャワーを浴びた直後、俺はベッドに入る。
今日はもう何もする気になれなかった。
「いつになったら俺は自由になれるんだ……」
せっかくイベントを終わらせたと思ったら、今度は原作シナリオとも関係ない場所で別の問題が発生。
そしてさらに、それも解決しなければいけない状況と来たものだ。
流石に精神が限界過ぎる。
布団を被ってすぐ、異様なほどの睡魔が襲ってきた。
とりあえず、誰かに相談しよう。
一人で抱え込むには荷が重いし、『さくちる』のストーリーとは別だから、俺が解決する責任もない。
季沙も誰かに相談する事を止めてこなかったし、総力戦と行こうじゃないか。
相談相手は雪海なんかが良いだろう。
この件には少なからず関係があるし、良い案をくれそうだ。
自分からわざわざ話しかけるのは気が引けるが、そうも言っていられないしな。
「……はぁ」
にしても、今日は本当に疲れたな。
頭が全く働かない。
風呂上がりで体が火照っているし、寝汗でもかきそうだ。
途切れ行く意識の中、体を横にする。
——全部、無事に収まると良いなぁ。
楽観的な事を思いつつ、そのまま俺は、目を閉じた——。




