秘密の文芸同好会(仮)
「――まあ、いいさ」
俺はやれやれと肩をすくめた。
「お互いの推しが誰であれ、ここで平穏にオタク語りをする分には文句は言わない。……ただ、自分たちのその無駄に熱いこだわりを聞かされるこっちの身にもなってほしいもんだがな」
俺の呆れたような言葉に、羽沢はふっと涼しい顔(オタク特有のドヤ顔)に戻り、篠原はまだ顔の赤さを引きずりながらも、俺に突っかかってきた。
「ふふん、東白くんだって、この前貸し出した単行本の感想を語る時はものすごい早口でしたよ?」
「いや、それは作品の構成に対する正当な批評だ」
「はいはい、ツンデレはそこまでにしておきなさい!」
深呼吸をしたあと、篠原は恥ずかしさを誤魔化すようにパンと手を叩いた。
「……で、なんですけど。この同好会、名前は決まったけど、具体的に放課後何するんです?まさか毎日こうしてただ集まって、お互いの推しについてマウントを取り合うわけじゃないですよね?」
「たしかに」
俺は腕を組んで頷いた。なにせ毎日推しについて自慢されるなんて俺からしたらたまったもんじゃない。
「部室としての体裁を整えるなら、一応それっぽい活動目標くらいは作っておかないと、他の教師や生徒が立ち入ってきた時に言い訳ができないと思うんです。」
「活動目標……」
羽沢はあごに手を当て、おっとりとした仕草のまま、恐ろしいことをサラリと口走った。
「いっそ、学園祭の文化祭で『各々の推しの魅力と、現代ラブコメにおける心理描写の変遷についての論文』を発表するというのはどう?もちろん、私たちが作った同人誌の形で頒布するの!」
「却下だ。そんなの即座に校長室送りになって、俺の高校生活が不法投棄される」
「えー、せっかくの青春文学なのに……」
羽沢が頬を膨らませて不満げにする隣で、篠原は窓の外の夕日を見つめながら、ふと小さく呟いた。
「……でも」
「ん?」
「こういうの、悪くないですね。……学校では常にみんなの求める『篠原翠』でいなきゃいけないし、羽沢さんも『羽沢紡』を演じてる。……でも、この部屋にいる時だけは、そういう仮面を全部脱ぎ捨てて、ただのオタクでいられるわけですし。」
その言葉に、羽沢もふっと柔らかく微笑んだ。
「……そうだね。ここだけの秘密の居場所、かぁ。なんだか、ちょっとだけエモい展開だね」
夕暮れの光が、古びた図書準備室の床をオレンジ色に染めていく。きっとまだ酸っぱいオレンジだろう。
クラスの隅の一般男子と、表の顔を持つ二人の美少女。バランスが崩れたら即座に社会的な死が訪れるというスリリングな関係性ではあるけれど――。
「まあ、お前らが変に暴走して俺の平穏を脅かさなければ、この同好会とやらに付き合ってやれなくもないさ」
俺がそう言うと、篠原は「なんですか!上から目線で失礼です!」と軽く睨みつけ、羽沢は「ふふ、東白くんって意外とツンデレ属性あるよね〜」と楽しそうにクスクスと笑った。
放課後の密会は、いつの間にか「二人きり」から「三人」の面倒くさい日常へと変わり始めている。
白楽の街に夜のとばりが下りる頃、俺たちの最初の同好会活動は、こうして静かに幕を開けたのだった。
いや、開けるはずだった。




