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鈴が鳴るたび戦国へ――滅びを選び続ける男と、それを許さない血の物語  作者: 宮緒葵
序章・ありふれた地獄

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9/10

9・戦国時代のジャイアントキリング

 ポータルサイトに登録されているということは、要は正規の受講者だ。

 だが要は昨日まで透の名も、学部さえも知らなかったはずだ。履修申請の期限はとっくに過ぎている。昨日透と別れてすぐこの講義の履修申請をするのは不可能だ。



 考えられる可能性としては、大学側が何らかの特別措置を取った、くらいだが……。



(いやいや、まさかな)



 腐っても国立大学である。私学ならまだしも、個人のためにそこまで融通をきかせるとは思えない。

 ならば本当に単なる偶然か?



(いやいや、……いや~……?)



 悶々とする透に唇だけで笑い、要は眼差しで隣の席を示した。



「さっさと座れ」

「え……」



 こいつの隣なんて絶対に嫌だ。

 透はさっと教室を見回すが、空いているのは要の隣と、その隣くらいだった。明らかにいつもより受講者が多い。実際には履修していない、要目当てのモグリも交ざっているのだろう。



波座なぐらくん、おはよう」



 そこへ千歳が入ってきて、透に微笑みかけた。白のブラウスに水色のスカートを合わせた千歳は今日も清楚で美しく、場の美形密度が急上昇する。



「久我先輩、おはようございます。昨日はお疲れ様でした」

「波座くんこそお疲れ様。今日はずいぶん混んでると思ったら……貴方のせいだったのね、九条くん」



 めっ、と言いたげな表情に、男子学生たちが頬を染める。千歳の教え子がぐんぐん成績を伸ばす理由がちょっとわかった。美人の先生に…今度は笑顔で誉めてもらおうと、必死になるに違いない。



「履修した講義に参加して何が悪い」



 振り返りすらせず、要は言い放つ。

 本当? と千歳に眼差しで問われ、透は頷いた。すっと半眼になったあたり、千歳も不正を疑っているのだろう。



 千歳をこんな男の隣に座らせるのはさすがに気が引けたので、透は渋々要の隣に腰を下ろした。千歳は透の隣に座ったので、美形に挟まれる格好になる。何故お前が、とばかりの視線が男女両方から突き刺さるが、いつでも喜んで代わってやると言ってやりたい。



 少しすると講師の槌谷つちやが現れた。満員の教室と、ど真ん中に陣取る要を見て何やら察したらしい。



「……あー、参加についてうるさいことは言いませんが、講義の邪魔だけはしないように」



 ぼそりとそう前置きし、講義が始まった。スクリーンに今日のテーマが映し出される。



『非対称戦における意思決定――桶狭間の再解釈』



(へえ、今日は桶狭間の戦いか)



 この講義では各時代の戦いを『生き延びる』という点に着目し、分析している。今まではさほど知名度の高くない戦いがテーマだったのだが、ここにきて誰もが知る戦いを扱うのは、一応新入生への配慮だろうか。



「戦国武将は勇気で生き延びたのではありません。死なない判断が上手かったから生き延びたのです」



 お決まりの文句から、話題は桶狭間の戦いへ移っていく。



 桶狭間の戦い。言わずと知れた戦国時代最大のジャイアントキリングだ。

 若き織田信長が四千人ほどの兵を率い、二万五千人もの兵を率いる今川義元軍に奇襲を仕掛け、義元を討ち取った。当時の人々の予想を裏切る大勝利だった。



「この戦いにおいて生き延びる側……劣勢側はもちろん織田信長です。対して今川義元は圧倒的な優勢」



 スクリーンに非対称の内容が映し出されていく。



 身分。一地方領主に過ぎなかった信長と、足利将軍家とも血縁関係で駿河・三河・遠江の三国を治める大大名だった義元。



 経験。家督を継いで十年ほどの信長と、四十代で経験豊富、東海一の弓取りとうたわれた義元。



 兵力。三国を治める義元は、信長の十倍以上の兵を動員することができた。



 どう考えても信長に勝ち目はない。それでも信長なら、と思うのは現代人だけで、当時の人々は信長の敗北を疑わなかったはずだ。



「普通なら籠城、あるいは降伏を選びます。しかし籠城しても包囲され、後詰めがなければ詰み。降伏したところで後に粛清のリスクがあります」



 籠城――生存率・低

 降伏――生存率・中

 正面決戦――生存率・ゼロ

 奇襲――生存率・??



 スクリーンに項目が増える。



「唯一奇襲の場合のみ、生存率に期待値が発生します。つまり信長の奇襲は最悪の事態を回避するための行動であり、そこに勝機が生じた」



 それから話題は信長の意思決定を分解し、社会学的な見地からカリスマと合理性の両立、信長が組織構造を独断で突破したことにより生存率を上げた点へ展開していく。要目当てのモグリたちも、いつの間にか引き込まれているようだ。



 これなら要も、と思ったが、横目で窺った要は腕を組み、まぶたを閉ざしていた。まるで『聞き飽きた』と言わんばかりに。



(こ、こいつ、ど真ん中で寝てやがる……)



 反対側の隣の席で、千歳もため息をついた。



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