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鈴が鳴るたび戦国へ――滅びを選び続ける男と、それを許さない血の物語  作者: 宮緒葵
序章・ありふれた地獄

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10/12

10・適切なリスク

「安全な道を選んだから生き延びたのではありません。最もマシなリスクを選んだ結果が安全な道だったのです」



 お決まりの文句で講義が締めくくられると同時に、二限目終了のチャイムが鳴った。槌谷がさっさと出ていくと、千歳がふふっと笑う。



「皆、けっこう楽しんでたみたいだね」

「はあ、まあ、やっぱり信長効果じゃないですか?」



 世代を問わず、好きな戦国武将ランキング不動の一位を飾る男だ。特に桶狭間の戦いは信長が歴史にその名を轟かせた戦いとして人気も知名度も高い。



「また、そんなことを言って。波座なぐらくんは楽しくなかったの?」

「楽しかったですよ。結局のところ、リスクはどう足掻いても……信長でも避けられない。だったら適切にリスクを選ぶしかない、ってことですよね。それと……」



 机の上に置いていた手が、無意識に胸元に触れる。



「桶狭間は、本当に奇襲だったのかなって」



 ぴく、と要が組んだままの腕を震わせるのに気づかず、透は続ける。



「だって、義元の進軍ルートとか意思決定とかがはっきりわかるのって、現代だからですよね。インターネットも無線もない当時の貧弱な通信手段じゃ、リアルタイムでの情報収集なんて不可能だった」



 もちろん物見や間諜スパイは放っていただろうが、人間の目や耳で確認できる情報には限界がある。敵の情報撹乱に引っ掛かるリスクもゼロではない。



「結局のところ、信長はその時最も適切なリスクを選び続けただけで、それが後世の人間には計画的な奇襲だと判断されただけって線もあるかなと思います」



 岡目八目ってやつですね、と締めくくると、千歳はくすくす笑った。



「波座くんって相変わらず信長が好きじゃないんだね。山田くんが聞いたら怒りそう」



 歴史文化研究会の部員はたいてい推し武将がいて、ここでも人気なのは信長だ。特に山田は信長マニアで、透とは相性が悪い。



「好きとか嫌いとかじゃなくて、ただ、俺には合わないと思うだけです。信長に付いて行くと高確率で死にそうなので」

「……じゃあ、誰ならいいんだよ」



 ぼそりと呟いたのは要だった。講義が終わっても要目当ての学生は居残り、ちらちらとこちらを窺っているが、話しかけようとはしない。

 透なら気になるし居心地が悪くてたまらないだろうが、要はまるで歯牙にかけていないようだ。



「俺なら、そうだな……榊原さかきばら康政やすまさだな」



 徳川家康の覇業を支えた重臣中の重臣だ。徳川三英傑、徳川四天王、徳川十六神将のいずれにも名を連ねるが、同じ三英傑の本多忠勝や井伊直政より知名度は落ちるだろう。信長には及ぶべくもない。



「榊原? 何故あの男なんだ」



 要の問いは榊原康政という武将を知らないがゆえの問いではなく、知った上で『どうしてあいつが』と言いたげな響きがあった。近所の兄ちゃんみたいだな、と思いつつ、透は答える。



「生き延びたから」

「……は?」

「だから、生き延びたからだよ」



 ただでさえ死亡率の高い戦国時代に、家康の側近として生きなければならなかった。この時点でハードモードだ。

 だが武断派の多い家康陣営で、康政は珍しい文武両道タイプだった。退くべき時に退ける判断力と理性を有していた。だから多くの武断派が途中で討ち死にしたり、粛清されたりする中、康政は江戸時代まで生き延びることができたのだ。



「付いて行くなら絶対信長より康政だろ。討ち死になんて御免だからな」



 うんうんと頷く透に千歳はまた笑い、要は胡乱な目を向ける。



「さっきから『生き延びる』ばかりだな」

「一番大事なとこだろ。俺だって、ご先祖様が誰か一人でも討ち死にしてたら生まれてこられなかったんだし」

「……お前の祖先は武家なのか?」



 要が質問を放つたび、周囲がざわめく。彼がこんなに話すのは珍しいのかもしれない。いや、珍しいのは要が他人を知りたがることか。



 透は昨日山田や高橋に聞かせたのと同じ説明を繰り返した。相槌も打たずに聞いていた要が思いがけない問いを放つ。



「先祖は、わかさのくにの出身か?」



 わかさのくに?

 とっさに変換できず首を傾げていたら、千歳がそっと教えてくれた。



若狭国わかさのくに、今の福井県の南西部のことよ」

「ああ、なるほど。旧国名か」



 日本史には付き物だが、まさか要の口から出るとは思わなかった。

 しかし。



「何せ八百年以上前のことだからなあ。ご先祖様は主君を何度も変えながら転々としていたそうだし」



 主君を変えること自体は珍しくない。生涯一人の主君に仕えるのが美徳とされたのは江戸時代以降だ。

 馬鹿な主君に仕えれば死ぬのだから、見切りをつけた主君からはさっさと離れ、別の主君に乗り換えるのが戦国時代の常識である。築城の名手と謳われたあの藤堂高虎だって、七回も主君を変えているのだ。



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