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鈴が鳴るたび戦国へ――滅びを選び続ける男と、それを許さない血の物語  作者: 宮緒葵
序章・ありふれた地獄

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3/8

3・九条 要

「きっと波座なぐらくんのご先祖様は、噂に惑わされず未来を見抜く素質があったんでしょうね。だから波座くんも不確かなことは信じないんじゃないかな」



 千歳が微笑む。



「……波座家は本当に小さな武家だったから、逆に生き残りやすかっただけだと思いますけど」



 小さいということは、権力の中枢から遠いということだ。つまり大きな勢力に目をつけられにくく、粛清されにくい。主家が滅びても柔軟に次の主家を選べる。生き残るだけなら、大勢力よりよほど向いていると言える。



「それでも、戦場を駆け抜けながら生き残るってすごいことだと思うわ」

「いえ、そんな……」



 本心からの褒め言葉に、謙遜しつつも嫌な気はしなかった。透も心の中ではそう思っていたからだ。



 戦場で華々しく散って名を残すより、ただ黙々と生き延びることを選んだ祖先を、透は尊敬していた。そのおかげで自分が生まれてこられたというのもあるが、ひたすら現実だけを見据えた生き方に共感を覚えたのだ。



「にしても、いくら小さいからって今まで続いてきたのはすごいっつーか、異様だよな。鎌倉時代からだと八百年以上? 系譜として辿れるんじゃなくて、血がつながってるの?」



 山田が言うのは、血筋の存続と家の存続は別だという話だ。

 日本では歴史的に家を守ることが最優先事項だった。血は入れ替え可能だったのだ。だから優秀な養子を取ったり、あるいは他家から養子を押し付けられて、家は続いても血筋は絶えてしまうことが多かった。

 毛利元就が後の隆景を小早川家へ養子に入れたのがいい例だ。小早川家は存続したが、元の小早川家の血筋はそこで絶えた。



「家系図を見る限り、血筋がつながってるな」



 家系図はいくらでも改ざんできるし、有名武将でも改ざんしている例が多いので、波座家も可能性はある。だが家系図を見た限り、初代から透に至るまで、一度も血は絶えずにつながっている。



「本当だったら確かに異様だよな。何かに守られてる感がある」



 高橋の軽い言葉に、透は無意識に胸元に触れた。記憶の奥底にたゆたう淡い面影が揺らぎ……。



「どうしたの? 波座くん」



 千歳が首を傾げ、透は我に返った。小さく首を振り、紙袋を指差す。



「……すみません。ノブちゃん焼きスペシャル、他にどんな味があるのかなと思って」

「いや違うだろ、絶対先輩に見惚れてただろ」



 山田が混ぜ返すのに笑い、千歳は紙袋を机に置く。



「定番のカスタードクリームと、ベーコンエッグとこし餡と抹茶クリームとスパイシー亀ゼリーと……色々買ってみたけど、何でも好きなのを食べていいよ。私はお昼食べてきたし、これ以上人数は増えないだろうし」

「ちょっと先輩、何ですかスパイシー亀ゼリーって」



 ものすごく不安になるフレーバーだ。地雷の気配しかしない。学食も何故そんなフレーバーを売り出したのか。



「だって、気になったから。歴史文化研究会のみんなならきっと喜んで食べてくれるだろうと思ったんだけど……」

「はいっ! 俺、頂きます!」

「俺も俺も!」



 憂いを秘めた表情に撃ち抜かれた山田と高橋が、こぞって手を挙げる。

 透は二人の手にスパイシー亀ゼリーが渡ったのを確認してから、カスタードクリームを取った。最初にもらったのがベーコンエッグだったから、食事系とデザート系でちょうどいい組み合わせだ。



「美味しい?」

「……はい……」

「美味しい……、です……」



千歳に問われた二人の顔の引きつりぶりを見ると、やはり地雷だったらしい。うん、と透は頷いた。冒険なんてするものじゃない。堅実が一番だ。



 ベーコンエッグを美味しく頂き、カスタードクリームをかじろうとした時、ドアの外がにわかに騒がしくなった。たくさんの人間の足音が聞こえてくる。歴史文化研究会の部室は部室棟三階の一番奥だ。用のない人間は近づかない。



 思わず四人で顔を見合わせていると、ばん、とドアが開いた。とたんに弛緩した空気は張り詰め、切り裂かれる。現れた長身の男によって。



 最初に覚えたのは、強烈な違和感だった。



 こんな男が大学なんかにいていいのか。

 この男は猛獣だ。誰の指図も受けず、ただ本能のままに生き、囚われるくらいなら自ら炎の中へ飛び込む気高く獰猛な獣。規律に従って生きる人間とは絶対に相容れない。



 近づいてはならないと本能は警告するのに、目は男に引き寄せられる。胸ぐらを掴まれ、引きずり寄せられるように。

 高貴さと狂暴さが絶妙なバランスで溶け合う端整な顔は、天才美容外科医でも最新AIでも創り出せないだろう。ハイブランドのソフトスーツをまとう引き締まった長身は、たとえ襤褸ぼろを着ていても王者の風格を漂わせるに違いない。



「……九条くじょうかなめ……」



 山田がかすれた声を漏らした。



(こいつが、あの……)



 さっきまでの話題の主の登場に呆然としていると、十人近い学生が要の背後から息を切らしながら現れた。



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