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鈴が鳴るたび戦国へ――滅びを選び続ける男と、それを許さない血の物語  作者: 宮緒葵
序章・ありふれた地獄

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2・ノブちゃん焼きスペシャル

「先輩、今日は家庭教師のバイトだって言ってませんでしたか?」



 男子学生の一人、山田が問うと、千歳は苦笑して持っていた紙袋を開けた。



「生徒の子がいきなり熱を出しちゃって、キャンセルになったの。せっかく外に出たから皆に差し入れでもしようかと思って、これ」

「わあ……!」



 もう一人の学生、高橋が声を上げる。透も紙袋を覗き、大きな目をぱちぱちとしばたたいた。中にぎっしり詰められているのは、大学のゆるキャラの焼き印が押された大判焼きだ。



「これ、ノブちゃん焼きスペシャルじゃないですか。よくこんなに買えましたね」



 ゆるキャラの名前がつけられた大判焼きは学食で売られており、一個八十円の安さと豊かな具材のバリエーション、何よりそのボリュームで大人気だ。個数限定のため一時間もかからず売り切れてしまい、透は過去数回しか食べたことがない。



「それが、今日は学食ががら空きだったのよ。ノブちゃん焼きスペシャルも行列に並ばず、好きなだけ買えたわ」

「えっ? 入学式だったのに?」



 入学式の直後は新入生が押し寄せるため、学食はかなり混み合うはずだ。透もそれを警戒して、近くのコンビニで昼食を買っておいた。



「あ、ひょっとして例の新入生ですか?」

「えっ、あの? 本当にうちに入学したの?」



 山田と高橋は盛り上がるが、透は何のことかわからない。首を傾げる透に、山田が呆れたように笑う。



波座なぐらは相変わらずだな。九条くじょうのこと、先月からSNSでもあれだけ騒がれてたのに」

「九条?」



 九条と言われて透が思いつくのはせいぜい五摂家くらいだが、もちろん五摂家がSNSの話題をさらっていたわけではない。



 噂の主は九条くじょうかなめ。経済学部の新入生だ。

 要は高校生の頃から有名人だった。両親は不動産ファンドに関わる投資家だといい、松涛に大邸宅を構えているらしい。要自身もモデルとして有名だが、暗号資産で財を築き、もはや一生働く必要がないとも言われている。



 絵に描いたような成功者の要がこの大学に入学すると知れた時、界隈は大騒ぎになったそうだ。



 この大学は偏差値も高く、国内有数の難関国立大学として名を馳せるが、規模としてはさほど大きくない。良く言えば堅実で少数精鋭、悪く言えば地味だ。

 要なら自由度が高くブランド力のあるトップ層の私大に入ると思われていたし、実際いくつもの私大から声をかけられていたという。



 なのに何故要がこの大学を選んだのかは、未だもって不明だが、各サークルは影響力絶大の要を獲得しようと躍起になった。今日は入学式を終えた要を待ち構え、勧誘合戦があちこちで繰り広げられている。



「なるほど、だから学食もがら空きでノブちゃん焼きスペシャルを大量購入できたのか」

「おい、注目するのそこじゃないだろ」

「……そこ以外のどこに注目するんだ?」



 透は首を傾げた。



 九条要が有名人なのはわかったが、彼にまつわる話は大半が『らしい』だの『と言われている』だの『だそうだ』だの、推測の域を出ない噂ばかりだ。実際に会ったこともない、会ったとしても透の人生に大きく関わるとも思えない新入生なんてどうでもいい。



 透が信じるのはこの目で見て、この耳で聞き、事実だとしっかり裏を取れたことだけだ。

 今回の件で確かなのは、目の前にしっかり形として存在するノブちゃん焼きスペシャルだけである。



「だからってなあ、お前……」

「ふふ、波座くんらしいわね。確か波座くんのお家、鎌倉時代から続く武家だったんだっけ?」



 呆れた高橋が突っ込もうとした時、千歳のやわらかな声が割り込んだ。どうぞ、と促され、透はありがたく丸いノブちゃん焼きスペシャルを一つ受け取る。



「はあ、まあ。名家でも何でもなくて、ただ戦があれば出陣して、死ななかったから続いてきただけですが」



(……あれ? 俺、そんなこと久我先輩に話したっけ?)



 覚えはないが、飲み会で酔っ払った時にでも喋ったのかもしれない。



 ――日本史で言う『武士』は、大半が在地の小身の武士だ。三英傑や有名武将のように名を残すのはごく一部。大半は戦い、どこかの主家に仕え、あるいは独立し、戦っては消えるか細々と続いていく。



「それって、じゅうぶんすごいことだと思うけど」



 感心する千歳に、山田と高橋も頷いた。



「そうだよな。まず戦国時代を生き延びて、最終的に徳川方へ付いて江戸時代に適応しなくちゃならないもんな」

「その後も明治維新と士族解体を乗り越え、さらに戦争と敗戦も乗り越え、現代まで家系を維持するのか。お家終了イベント何回クリアしてんだよ、って感じだよな」



 二人とも歴史文化研究会のメンバーだけあって、さすがに詳しい。

 そう、『家を保つ』ことはなかなかに難しいのだ。特に戦国時代は有名どころほど滅びていく。一時は東海最強を誇った今川氏、あの信玄を生み出した武田氏、関東最大勢力だった北条氏、織田信長の妹・お市の方の嫁ぎ先だった浅井氏。いずれも名門と謳われながら滅びてしまった。



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