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鈴が鳴るたび戦国へ――滅びを選び続ける男と、それを許さない血の物語  作者: 宮緒葵
序章・ありふれた地獄

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14/15

14・一向一揆の村

 女は男を数人、従えていた。他より多少まともな身なりの彼らは、畳半分はあろうかという大きさのむしろを棒に吊るし、掲げ持っている。



南無阿弥陀仏なむあみだぶつ



 墨で荒々しく記された文字に透はどきりとした。歴史好きなら、いや、歴史好きでなくとも、ゲームや時代劇で一度は見たことがあるだろう。

 けれど現代には存在しない……歴史の彼方に消え去ったはずで。



「一向一揆だな。扇動者が女なのは珍しいが」



 要が呟いた。驚きのかけらもない、その辺に石ころが転がっていたような無感動な口調が、かえってそら寒さを煽る。



「お、お前、何て」

「一向一揆。あんたも歴史文化研究会のメンバーなら知ってるだろ?」



 もちろん、一向一揆そのものは知っている。



 戦国時代を中心に、守護大名や武将と戦うため、一向宗門徒の武士や農民が結成した一揆だ。『南無阿弥陀仏と唱えれば身分に関係なく誰でも極楽浄土へ行ける』というわかりやすい教えが民の心を掴んだ。戦続きで先行き不安な世相にも調和したのだろう。

 死ねば極楽浄土へ行けると信じる彼らは死を恐れず、固い結束で時の権力者たちを悩ませた。徳川家康を苦しめた三河一向一揆、織田信長と長年戦い続けた長島一向一揆は特に有名だ。



 だがそれは、あくまで遠い過去の話だ。現代に一向一揆は存在しない。政府転覆を狙った武装蜂起など、瞬く間に警察が出動し鎮圧するだろう。



 そう、現代なら。



「皆の者。よう集まってくれた」



 面布の女が群衆に呼びかけた。陶酔をもたらすその声を、どこかで聞いたことがある気がする。



「そなたらを苦しめた代官は報いを受けた。そなたらが御仏を信じ、われと共に立ち上がったからじゃ」



 うおおおおおおおっ!



 群衆が拳を、農具を持つ手を突き上げた。透は思わず吐きそうになる。女のかたわらの男が掲げた槍。その穂先に突き刺さっているのは……。



(に、人間の、……首……?)



 髷を結い、無念そうに顔をゆがめた壮年の男の首。

 ――作り物だ。作り物に決まっている。必死に思い込もうとする透を、無感情な声が追い詰める。



「代官の首を獲ったか。珍しくもないが」

「珍しくもない、って」

「たぶん去年の収穫が少なかったんだろう。なのに領主は代官をけしかけ、種籾たねもみごと奪っていこうとした。村人はあの女にそそのかされるがまま、代官の首を獲った。よくある話だ」



 要がこんなに長くしゃべったのは、出会ってから初めてかもしれない。ろくでもないことばかりよくしゃべる。



「いずれは領主も御仏のお力によって誅されよう。そのためにも、御仏に供物を捧げねばならぬ」



 透がわなわなと震える間にも、女の説法は続く。



「そうじゃ! 供物を捧げよ!」

「捧げよ! 捧げよ!」



 口々に叫ぶ人々の中から、熱に浮かされたかのように何人かの男女が女のもとへ進み出た。女は若い男の頭に白い手を伸ばす。



「……あ……、あぁ……」



 額に触れられた瞬間、若い男は強い酒にでも酔ったように顔を蕩かせ……がくり、と膝を折った。女がすっと手を離すや、その場にくずおれる。



「往生じゃ!」

「極楽往生じゃ!」



 わっと群衆が湧く。

 ずるずると引きずられていく若い男はまぶたを閉ざし、ぴくりとも動かない。四肢はだらりと投げ出され、開いた口からは舌が覗いている。



(死、んだ……?)



「導き手様、どうか私も」



 今度は老いた女がひざまずき、我も我もと何人もが続く。面布の女……導き手は順番に彼らの額に手を伸ばし、触れられた人々は次々と倒れていく。最初の若い男と同じ、酩酊の表情を浮かべて。



「さあ、極楽往生したい者は御仏の供物となれ! その命、必ずや導き手様が悪を砕く力として下さる!」

「南無阿弥陀仏!」

「南無阿弥陀仏!」



 南無旗を掲げた男が叫び、群衆が唱和する。

 ぞぞぞ、と透の背中に悪寒が走った。どうやったのかはわからないが、導き手は人の命を奪ったのだ。いや、差し出させた。



 それが、御仏の供物?

 極楽往生できる?

 こんなの……。



「……違う!」



 一瞬、心の声が漏れたのかと思った。だが叫んだのは、広場に駆け込んできた男だ。



 麻の小袖に濃紺の袴を合わせ、髷を結い、腰に二刀を差している。小袖も袴も旅塵にまみれているが、襤褸をまとった人々の中では上等に見えた。



(武士……?)



「その女は御仏の導き手などではない! ただの浅ましい化け物じゃ!」



 鋭く導き手を睨み付ける意志の強そうな顔に、透は奇妙な懐かしさを覚えた。



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