14・一向一揆の村
女は男を数人、従えていた。他より多少まともな身なりの彼らは、畳半分はあろうかという大きさのむしろを棒に吊るし、掲げ持っている。
『南無阿弥陀仏』
墨で荒々しく記された文字に透はどきりとした。歴史好きなら、いや、歴史好きでなくとも、ゲームや時代劇で一度は見たことがあるだろう。
けれど現代には存在しない……歴史の彼方に消え去ったはずで。
「一向一揆だな。扇動者が女なのは珍しいが」
要が呟いた。驚きのかけらもない、その辺に石ころが転がっていたような無感動な口調が、かえってそら寒さを煽る。
「お、お前、何て」
「一向一揆。あんたも歴史文化研究会のメンバーなら知ってるだろ?」
もちろん、一向一揆そのものは知っている。
戦国時代を中心に、守護大名や武将と戦うため、一向宗門徒の武士や農民が結成した一揆だ。『南無阿弥陀仏と唱えれば身分に関係なく誰でも極楽浄土へ行ける』というわかりやすい教えが民の心を掴んだ。戦続きで先行き不安な世相にも調和したのだろう。
死ねば極楽浄土へ行けると信じる彼らは死を恐れず、固い結束で時の権力者たちを悩ませた。徳川家康を苦しめた三河一向一揆、織田信長と長年戦い続けた長島一向一揆は特に有名だ。
だがそれは、あくまで遠い過去の話だ。現代に一向一揆は存在しない。政府転覆を狙った武装蜂起など、瞬く間に警察が出動し鎮圧するだろう。
そう、現代なら。
「皆の者。よう集まってくれた」
面布の女が群衆に呼びかけた。陶酔をもたらすその声を、どこかで聞いたことがある気がする。
「そなたらを苦しめた代官は報いを受けた。そなたらが御仏を信じ、我と共に立ち上がったからじゃ」
うおおおおおおおっ!
群衆が拳を、農具を持つ手を突き上げた。透は思わず吐きそうになる。女のかたわらの男が掲げた槍。その穂先に突き刺さっているのは……。
(に、人間の、……首……?)
髷を結い、無念そうに顔をゆがめた壮年の男の首。
――作り物だ。作り物に決まっている。必死に思い込もうとする透を、無感情な声が追い詰める。
「代官の首を獲ったか。珍しくもないが」
「珍しくもない、って」
「たぶん去年の収穫が少なかったんだろう。なのに領主は代官をけしかけ、種籾ごと奪っていこうとした。村人はあの女にそそのかされるがまま、代官の首を獲った。よくある話だ」
要がこんなに長くしゃべったのは、出会ってから初めてかもしれない。ろくでもないことばかりよくしゃべる。
「いずれは領主も御仏のお力によって誅されよう。そのためにも、御仏に供物を捧げねばならぬ」
透がわなわなと震える間にも、女の説法は続く。
「そうじゃ! 供物を捧げよ!」
「捧げよ! 捧げよ!」
口々に叫ぶ人々の中から、熱に浮かされたかのように何人かの男女が女のもとへ進み出た。女は若い男の頭に白い手を伸ばす。
「……あ……、あぁ……」
額に触れられた瞬間、若い男は強い酒にでも酔ったように顔を蕩かせ……がくり、と膝を折った。女がすっと手を離すや、その場にくずおれる。
「往生じゃ!」
「極楽往生じゃ!」
わっと群衆が湧く。
ずるずると引きずられていく若い男はまぶたを閉ざし、ぴくりとも動かない。四肢はだらりと投げ出され、開いた口からは舌が覗いている。
(死、んだ……?)
「導き手様、どうか私も」
今度は老いた女がひざまずき、我も我もと何人もが続く。面布の女……導き手は順番に彼らの額に手を伸ばし、触れられた人々は次々と倒れていく。最初の若い男と同じ、酩酊の表情を浮かべて。
「さあ、極楽往生したい者は御仏の供物となれ! その命、必ずや導き手様が悪を砕く力として下さる!」
「南無阿弥陀仏!」
「南無阿弥陀仏!」
南無旗を掲げた男が叫び、群衆が唱和する。
ぞぞぞ、と透の背中に悪寒が走った。どうやったのかはわからないが、導き手は人の命を奪ったのだ。いや、差し出させた。
それが、御仏の供物?
極楽往生できる?
こんなの……。
「……違う!」
一瞬、心の声が漏れたのかと思った。だが叫んだのは、広場に駆け込んできた男だ。
麻の小袖に濃紺の袴を合わせ、髷を結い、腰に二刀を差している。小袖も袴も旅塵にまみれているが、襤褸をまとった人々の中では上等に見えた。
(武士……?)
「その女は御仏の導き手などではない! ただの浅ましい化け物じゃ!」
鋭く導き手を睨み付ける意志の強そうな顔に、透は奇妙な懐かしさを覚えた。




