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鈴が鳴るたび戦国へ――滅びを選び続ける男と、それを許さない血の物語  作者: 宮緒葵
序章・ありふれた地獄

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15/15

15・終わらない死

 歳の頃は二十歳くらいか。よく日に焼けているせいで少し老けて見えるから、もっと下かもしれない。



「何じゃあ? そいつは」

「刀を持っとる。武家じゃねえか」

「つうことは、代官の仲間か?」



 敵愾心てきがいしん丸出しの視線が、無遠慮に武士を突き刺す。

 武士は槍の穂先に掲げられた代官の首を見上げ、息を呑んだが、冷静に告げる。



「……拙者は主君を持たぬ身ゆえ、代官とは何の関係もない。一夜の宿を借りたくて参ったに過ぎぬ」

「そんなら何故、導き手様を化け物呼ばわりするんじゃ!」

「そうじゃそうじゃ! なんも知らんよそ者のくせに!」

「わしらがどんだけそのクソ代官に苦しめられていたか、知らんくせに!」



 がなりたてる人々に、導き手は薄布の向こうから呼びかける。



「――静まれ」



 その瞬間、怒号に満たされていた広場は水を打ったように静かになった。導き手が漏らしたあえかな笑い声さえ、聞き取れてしまうほど。



「御仏に仕えしこの身を化け物呼ばわりとは。そなた、己こそが仏とでも申す気か?」

「……、そうではない。ただ、御仏だの極楽往生だのと言いくるめられ、命を奪われる者を見過ごせなかっただけじゃ」



 武士の大きな目は導き手の後方へ――むしろに横たえられた人々へ向けられる。さっき導き手に触れられた人々だ。遠目からでも、生きているようには見えない。



「あの者たちは極楽へ参ったのじゃ。今頃御仏のお膝下にて何の苦しみもない、楽しいばかりの暮らしを送っていよう」

「まことにそうなのか?」



 武士が導き手を睨んだ。



「あの者らが本心から極楽往生を望み、極楽へ参れたのなら拙者も何も言わぬ。だがあの者らが参ったのは、まことに極楽なのか?」

「異なことを。極楽でなければいずこへ参ったと?」

「……貴様の、その腹の中ではないのか?」



 節ばった武士の指が導き手の腹部を示す。

 ぴくりと導き手は肩を震わせた。さすがに怒ったのかと思ったら、背を反らし、豊かな胸を揺らしながら哄笑する。



「ほほ、ほほほほほほ! 何を申すかと思えば、益体やくたいもないことを!」

「……」

「多生の縁と思い、よそ者にも御仏のお慈悲にすがる機会を与えてやろうかと思うたが、どうやら無駄なようじゃ」



 導き手が代官の首を掲げる男に目配せをした。心得た男が槍を高々と突き上げる。



「導き手様に逆らうことは、御仏に逆らうも同然。……皆の者、この愚か者に仏罰を与えよ!」



 わあああああ、と歓呼する人々は、ライブに熱狂する観客のようでもある。だが彼らが望むのはアンコールでも新曲でもない。



「南無阿弥陀仏!」

「南無阿弥陀仏!」



 それは本来、祈りの言葉であるはずだった。だが目だけが爛々(らんらん)と輝き、錆びた鍬や鉈を手にした人々の口から出たとたん、粘つく呪詛に変わる。



「そう。死は終わりではない」



 導き手が、蜜よりも甘い声を紡いだ。



「浮き世の理はすでに壊れている。御仏にすがり、往生した者だけが来世の幸福を掴めるのじゃ」



 蝶の羽のように袂をひらめかせながら諸手を挙げると、周囲の人々は感涙にむせび、導き手を拝む。『南無阿弥陀仏』と墨書されたむしろの旗があちこちで揺れる。



「導き手様の仰る通りじゃ!」

「我らは現世では報われぬ!」

「極楽往生! 極楽往生!」



 うわああああん……っ。



 そこかしこから上がる怒号は絶え間なく唱和される念仏に混じり、羽虫の群れの羽音のごとく広がった。生理的な嫌悪を催すそれに怯まず、導き手に対峙する若い武士は鋭く言い放つ。



「極楽だと? ……拙者は見たこともないもののために命など払えぬ」



 錆びた鎌を、鋤を、鍬を構えた人々がじりじりと武士を取り囲んでいく。


 武士は腰に二刀を帯びているが、どんな凄腕剣士でも、百人を下らない人々に敵うとは思えない。

 このままでは……。



「死ぬな、あの男」



 立ち尽くす透の背後で、緊張感のかけらもない呟きが落ちた。ばっと振り返れば、こんな時さえ余裕綽々の後輩が学食のメニューでも眺めるかのような眼差しを数十メートル向こうに向けている。



「九条……お前、何言ってるんだよ。早くあの人を助けなきゃ……」

「どうやって?」

「どうやって、ってそりゃ、110番を……」



 震える手でどうにかスマートフォンをポケットから取り出し、透は絶句した。待ち受け画面には『圏外』の表示。Wi-Fiも拾っていない。



「通報しても、泣いても叫んでも、誰も助けに来ちゃくれねえよ。俺たちも……あの男もな」



 ゆっくりと吊り上げられる唇に視線が吸い寄せられる。何なんだ、こいつは。このとんでもない状況を愉しんでいるみたいな――。



「……っ、でも、人が……」



 殺されかけてるんだぞ、とまくしたてようとした口を、にゅっと伸びてきた大きな手がふさいだ。そのまま不躾に寄せられた顔が夕日に照らされ、紅く染まる。



「それがどうした?」

「う……っ、ぐっ……」

「あんなもの……こっちではありふれた地獄だ」



 酷薄な笑みに彩られた美しい顔は、まるで地獄に君臨する魔王のようで。

 透は無意識に、シャツの上から己の胸元に触れた。



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