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鈴が鳴るたび戦国へ――滅びを選び続ける男と、それを許さない血の物語  作者: 宮緒葵
序章・ありふれた地獄

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13/14

13・戦国へ

 リィィィィン……!



 鈴のが鳴り響いた。かつてないほど強く、高らかに。



 投げ出された身体が温かい何かに包み込まれた。ずぶずぶと深い水底へ沈んでいくような感覚。完全に沈められる前に、誰かが透の手を掴む。



 ごつごつと硬く節ばった大きな手。

 その手の熱さを感じた直後、透は暗い水底へ引きずり込まれた。





『生きていてくれて……良かった……』



 誰だ?



『貴方が生きていてくれるだけで……私は……』



 泣いているのは、誰だ?



『死なせはしない』



 リン、と鳴る鈴の音が潮騒に混じる。



『貴方だけは絶対に……死なせはしない……』



 誰かが頭を撫でる。

 優しい手の感触にうっとりしていると、いきなり息が苦しくなった。まるで首でも絞められているかのように。



「う……」

「起きろ」



 背筋に響く低い声。目を開けたとたん要の現実離れした端整な顔が間近にあり、透は一気に覚醒した。胸ぐらを掴まれていなかったら、『ギャッ』と叫んでいたかもしれない。



 背中に湿った柔らかい土の感触。むっとするほどの草の匂い。紅く染まりかけた空。どうやら自分は地面に横たわり、かたわらにしゃがんだ要に胸ぐらを掴まれているらしい。



「いいか。絶対に大声を出すなよ」



 現状を把握したとたん念を押され、透はこくりと頷いた。透のシャツを掴んでいた手を離し、要はすっと立ち上がる。



「……ここ、どこだ?」



 透も慌てて続き、呆然と立ち尽くした。

 少し離れたところに何軒か固まって建つ茅葺き屋根の民家。民家を囲む青々とした田んぼ。

 まるで時代劇のセットのような光景だが、木造の民家はどれも泥や煤にまみれ、作り物ではない生活感を漂わせている。



 土が剥き出しの細い道。アスファルトで舗装された道は一本もない。電信柱も電線もない。現代日本のどこを探したってこんな場所は見つからないだろう。



 何より――自分は大学にいたはずなのだ。それが何故こんなところに? 何故要が一緒にいる?



「覚えていないのか」



 振り返る要には、焦りの気配はかけらもなかった。黒いシャツに黒のストレートデニムといういでたちで、違和感だらけの景色に何の違和感もなく馴染んでいる。



「あんたは階段から落ちたんだ。たまたま俺が後ろから上がってきて、あんたの手を掴んで……気がついたらここに倒れていた」

「あ……」



 言われて思い出した。ではあの時、手を掴んだのは要だったのだ。

 そして鈴が鳴って……ここへ飛ばされた?

 透と一緒だったから要も飛ばされたのなら、まさか千歳も?



「久我先輩はいなかったか? 先輩、具合が悪そうだったんだ。どこか別のところに倒れてるかも……」

「おめでたいな、あんたは。あの女に突き落とされたのに」



 とんでもないことを淡々と指摘され、透は眉をひそめた。



「突き落とされたって、何言ってるんだよお前は……先輩がそんなことするわけないだろ?」

「じゃあ何故、あんたは落ちたんだ? 何度も上って慣れているはずの階段から」

「それは……」



 どくんと心臓が跳ねた。落ちる寸前、胸に衝撃を感じたことを思い出したのだ。

 では、本当に突き落とされた?



(いや……、いやいや。そんなわけない)



 芽生えた疑惑を、透は慌てて追い払った。あの千歳がそんな真似をするわけがない。第一、千歳は本当に具合が悪そうだったのに。

 ただの気のせいだ。そうに決まってる。



「……慌てていたから、足が滑ったんだろ」



 弱々しく紡がれた言い訳を、要はまるで信じていないようだった。

 小さく鼻を鳴らす。嫌味でしかない仕草すら、写真を撮りたくなるほど様になる。



「女なんて信じるな。死ぬぞ」

「おい……」

「あいつらは皆化け物だ。綺麗に見せている女ほど、腹の中には汚い臓物を抱えてる」



 うっかりSNSで投稿しようものなら炎上間違いなしの文句も、要の口から出ると妙な説得力を持つから不思議だ。もちろん透は全く賛同できないが。



「……とにかく、久我先輩はいなかったんだな?」

「俺は見ていない」



 透はほっと息を吐き、シャツの上から鈴に触れた。



(また、鈴が鳴った……)



 入学式の日から数えて二度目。どちらの時も要がそばにいた。

 これは偶然なのか、あるいは……。



「なあ、九条」



 鈴の音を聞かなかったか、と尋ねようとした時、遠くでわあっと大勢の人々の声が上がった。歓声と呼ぶには熱狂的すぎるそれに、透ははっと振り返る。



 ひび割れた土が広がる空間は、広場ではなく田んぼだった場所なのだろう。

 実りを失った大地を埋め尽くす人々の衣装を見て、透は硬直する。



「……あれは、小袖?」



 男も女も、洋服ではなく薄汚れた麻のおぼしき小袖をまとい、紐状の帯を締めている。あんな姿、時代劇くらいでしか見たことはない。



 彼らはくわや鎌、すきなどの農具を手にひざまずき、中央にたたずむ女を一心不乱に見上げていた。片手で拝む者もいる。



 面布で顔を隠した、年齢不詳の女だった。つややかな黒髪を垂らし、ほっそりした、けれど出るところは出た身体を場違いなほど白い小袖に包んだ姿は白鷺を思わせる。



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