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鈴が鳴るたび戦国へ――滅びを選び続ける男と、それを許さない血の物語  作者: 宮緒葵
序章・ありふれた地獄

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12/13

12・墜落、そして

「……あれ?」



 透は前髪をかき上げ、首を振った。千歳が黒々とした目を見開いている。



「すみません、久我先輩。何の話をしてたんでしたっけ?」

「……覚えてないの?」

「はあ、九条のマネージャーだかボディーガードだかの話をしてたのは覚えてるんですが」



 そこから先、何か話していたのは覚えているのだが、肝心の話題がすっぽ抜けている。



 ふっ、と千歳がひそめていた眉を緩めた。淡い薔薇色の唇がつり上がる。



「この後、一緒に学食へ行こうって話してたんだよ。今日の日替わり、鯖の味噌煮だって」

「本当ですか!」



 透は目を輝かせた。

 祖母の家ではよく魚料理が食卓にのぼった影響で、肉より断然魚が好きになった透だが、外食だとそこそこ高くつく。学食は貴重な機会なのだ。



「ふふ、波座なぐらくん、本当に魚料理好きなんだね」

「そりゃあ、健康で長生きするには肉より魚ですよ」

「また長生き?」



 千歳は机に肘をつき、手の甲に顎を乗せた。つややかな黒髪がさらりと揺れる。



「いくら健康だって、おじいちゃんおばあちゃんになったら意味ないと思うけどなあ。ずっと若いままならいいけど」

「人間が歳を取るのは当たり前ですよ。それに、久我先輩ならおばあちゃんになっても綺麗だと思いますよ」



 透はレジュメやペンケースをリュックに入れていたので、千歳がどんな顔をしていたのかはわからない。ただ沈黙が気になって顔を上げた時、千歳は嬉しそうに笑っていた。



「波座くんにそう言ってもらえると、嬉しいなあ」

「久我先輩なら、綺麗なんてしょっちゅう言われてそうですけど」

「でも、波座くんに言われたのは初めてだよ」



 千歳は透の耳にそっと唇を寄せ、囁いた。



「……ありがとう」

「っ……!?」



 吹きかけられる吐息の甘さとくすぐったさに、透はびくっと身を震わせる。うっすら紅く染まった透の頬を指先でつつき、千歳は立ち上がった。



「ほら、学食行こう。早くしないと座れなくなっちゃうよ」

「あ、……はい」



 ふわりとスカートの裾をなびかせる千歳を、透は慌てて追いかけた。



(……今、ちょっと触れた?)



 真っ赤になった耳たぶを押さえながら。





 どうせ一度きりの気まぐれだろうと思っていたら、それからも要は『生存戦略としての戦国』の講義に現れた。他にも透が履修した一般教養の講義にはほぼ現れ、気づけば週末以外毎日顔を合わせている有り様だ。



『波座くんと仲良くなりたいんじゃないの?』



 などと千歳は言うが、とてもそうは思えない。要ときたら透の隣の席でずっと目を閉じているだけで、講義が終わればさっさと帰ってしまうのだから。



 どうやら要がまともに参加しているのは透とかぶる講義だけらしい。それ以外の時間はモデルの仕事や投資にいそしんでいるようだ。



(あいつ、何のために大学に入ったんだ?)



 何だかんだで日本はまだ学歴社会だから、大卒の資格が欲しかったのだろうか。いや、あの男に限ってそれはなさそうだ。誰かに既存の器に嵌まることを強要されれば、器の方をぶち壊しそうである。



 千歳に見せてもらった、時計ブランドのWebCMを思い出す。

 要は黒のジャケットにパンツ、その上から着流しにも見えるコートを羽織っている。腕にはブランドの新商品であるホワイトゴールドベゼルの時計。

 色彩のない世界で、要だけが強烈な光を放っている。逸らそうとすればするほど視線を吸い寄せられ、二度と目を離せなくなる。



 新商品の腕時計は最高級ラインとしては異例の売上を叩き出し、数日で在庫がなくなったというのも頷ける。



 誰も立ち入らせない、自分だけの世界をすでに確立させた男。後輩なのに、ずっと年上の男みたいだ。そんな要が何故自分なんかにこだわるのか、ますますわからなくなる。



「はあ……」



 ため息をつき、透は部室棟に入った。しばらく歴史文化研究会の活動は中止だが、部室には自由に出入りしていいことになっている。今日は山田がお勧めの歴史小説を貸してくれるというので、受け取りに来たのだ。



(どうせ、信長が活躍する系の話だろうけどなあ)



 信長マニアの山田は透を信長に染めようと、あの手この手で勧誘してくる。透としてはタダで色々な小説や漫画を読ませてもらえるのでありがたく受け取っているが、山田の願いが叶う日は来ないだろう。

 透の評価ポイントはどこまでも『生き延びられるかどうか』だ。信長は危うすぎる。本人も本能寺の変で非業の最期を遂げたわけだし……。



 無意識に服の上から鈴に触れ、階段を上がっていく。エレベーターもあるが、健康のために必ず階段を使うことにしている。千歳からは『また健康と長生きのため?』と笑われたけれど。



 歴史文化研究会の部員くらいしか使わない階段には、透以外の人影はない。

 二階まで上ったところで、透は足を止めた。踊り場で長い髪の女性がうずくまっている。あれは……。



「久我先輩?」

「波座、くん……?」



 のろのろと顔を上げたのは、やはり千歳だった。遠くからでもわかるほど顔色が悪い。



「部室に行こうとしたら、急に気持ち悪くなっちゃって……」

「ああ、動かないで下さい! 今行きますから!」



 透は慌てて階段を駆け上がる。

 踊り場の手前までたどり着いた時、とん、と胸に衝撃を感じた。ごく軽いそれは、焦った透のバランスを崩し、後ろへ追いやるにはじゅうぶんで。



「……え……?」



 透は背中から宙へ放り出された。



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