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ベルン王国への出立

 約ひと月後、準備は整った。


 コーデリアがベルン王国に穏便に入国し、カイルディーン・フォン・レガード公子と不自然にならないように交流する為に、とコーデリアを中心にダリウスと側近達が考えた策は、こうだ。


 アルトの実家であるドーエン伯爵家に生まれたコーデリアは、魔力量が多くまた魔法使いとしての才能に溢れていたため、皇家に取り込むべく第二皇子セシルの婚約者とした。

 しかし、二人は良き友人同士となり恋愛関係には至らず、更にセシルが別の女性と相思相愛となって恋愛結婚を願ったため、コーデリアとの婚約は円満に解消された。

 コーデリアの才能を手放すことを惜しんだ皇家は、彼女を養女として迎え入れ、彼女は現在、セシルの補佐や現皇帝の子供達の教育を担っている。

 ベルン王国とファリザート帝国は、三代前に両国の関係悪化に伴い政略で皇女が嫁いで以降、それなりの関係を保ってきたが、更なる関係改善をはかることを目的に、ファリザート帝国が得意とする治癒系魔法分野の共同研究を進めるべく、帝国筆頭魔法使い補佐の皇女をベルン王国に送り出すことになった。

 とりあえず半年間の期限は設けるが、進捗によっては延長も可能として。



「王国からはずっと、うちの最先端の魔道具の製法を公開してくれとせっつかれていたからな。まあ、うちは戦争に使われそうな魔法には、制約魔法を施してあるから一切非公開だが、治癒系なら問題ないだろう」


「はい。幸いにしてカイルディーン様の研究分野も、治癒系ですから。

 まあ、王国としてはそれを取っ掛かりにして、他の分野の情報も取りたいと考えていそうですが、魔女殿相手では、無理も押し通せませんからね」


「なにせ俺の義妹だからな」


「魔女殿なら、身分が無くても、のらりくらりと躱しそうですが、王国から無茶な要求があった場合、突っぱねやすいですからね」


 ダリウスとアルトは、コーデリアに皇女としての身分を与える為に、諸々を整えた。

 コーデリアをドーエン伯爵家の実子としアルトの妹にしたのは、同じ黒髪を持つ者同士だったからだ。

 そして、前皇帝の養女とした。

 皇女の身分を得たことで、王国はコーデリアに下手に手を出すことが出来なくなる。


「いろいろと、助かるよ。ありがとう」


 コーデリアは素直に感謝した。面倒事は少ない方がいい。


「いや、それに近衛を護衛に付けるなら、必要なことだしな」


「護衛は無くても……」


 なにせコーデリアには、反射付きの絶対防御結界があるのだ。


「駄目。先生が王国に行くなら、絶対必要。あとクラリッサも侍女として同行させる」


「シェリーが、困るんじゃない?」


「その妻の希望だよ。クラリッサも妙にやる気だしな」


「そう。じゃあ、ありがたく」


 万全に整えてくれたダリウスにもう一度礼を言うと、今度はジェイリーが口を開いた。

 彼は、財務と皇帝の政務補佐を行っている側近の一人で、金髪碧眼を持つ、優しげな面立ちの青年で、ずいぶんと若く見える。しかし、実はアルトの1歳上、ダリウスと同年なのだ。ちなみに妻子もおり、童顔に見えることを密かに気にしている。


「魔女様、機会があればで結構ですから、僕にもいい話を持ち帰って下さいね」


 ジェイリーのいい話とはつまり、ベルン王国から、金になるような情報もしくは取引を持ち帰って来いということだ。


「私は、魔法使いなのよ、ジェイ。無理言わないで?」


 彼の無茶振りに、コーデリアが苦笑する。


「いえいえ、魔女様のことです。ここまでの我々の働きをちゃんと理解されているからこそ、意識に留めておいていただければ、必ず僕と陛下を喜ばせてくれるはず」


「ダリウス?」


 コーデリアは、上司である皇帝に視線を移す。

 ダリウスは軽く肩をすくめてみせた。


「諦めろ。先生の教育の賜物だ」


「え? 私、ジェイを育てた覚えはないけど」


「そんなことはありませんよ、魔女様。陛下と我々は、魔女様に導いていただいての、今があるのですから。お忘れになりませんよう」


「……まったく、過保護ね」


 ダリウスと側近達は、コーデリアを心配してくれているのだ。

 だから、対外的に過分な身分を与え、近衛を付け、皇后お気に入りの侍女を貸し出し、成果を持ち帰ってくるよう発破をかけて、ちゃんと皇城に帰ってこいと送り出してくれる。

 決して、自棄にならないように、と。


 コーデリアはこれまで、義姉であり親友であった皇后レイシアとの約束という名の遺言を、ただただ守ってきたにすぎないのに……

 この皇家に連なる者達は、溢れるほどの情をコーデリアに返してくれる。

 だからこそ、彼女はここまで来ることが出来た。決してディーンファルトとの約束だけではない。その約束の繋がり達が、コーデリアを生かし続けたのだと、知っているから。


「大丈夫よ。例えどんな結果になろうとも、ここに帰ってくるから」


 だから、心配しなくていい、と魔女は彼らに笑ってみせた。





 そして出立の日、コーデリアはディーンファルトの墓前に来ていた。

 白い百合の花束を供えて、その墓石に手を伸ばす。


「ねえ、ディーン。貴方の亡骸は今もここで眠っているのにね。ずっと待ってはいたけど、貴方が生まれ変わったなんて、なんだか不思議な感じだわ」


 この墓石の下には、かつて氷漬けにしてコーデリアが泣き縋った彼の骸が眠っている。

 もう、とうの昔にその肉は腐り落ちてしまっただろうけど。

 それとも、棺の中は、空っぽになってしまったのだろうか?


「……コーデリア様」


 遠慮がちにかけられた声は、ジルラートのものだ。

 彼はコーデリアの隣まで歩いてくると、墓前に膝をついて短い祈りを捧げる。

 そして立ち上がると、彼女に向き合った。

 少し癖のある亜麻色の髪が風に吹かれて、伏せられていた瞼を上げると、まるで新緑のような翠が現れる。

 端整な顔立ちにきれいな微笑みを浮かべて、ジルラートはコーデリアに手を差し出した。


「いよいよ出発ですから、お迎えに参りました。ご挨拶はお済みですか?」


「そうね。ここに彼の魂は無いのはわかっているのだけれど」


「それでも、ここは貴女の拠り所でしょう?」


「ええ……さあ、行きましょうか」


「はい、コーデリア様」


 コーデリアは、差し伸べられた手に自分のそれを重ねて、ディーンファルトの墓に背を向ける。

 なんとなく離れ難く思っていたのを、ジルラートは察して、こうして迎えに来てくれたのだ。


「……いつもありがとうね、ジル」


 ジルラートは小さく首を横に振って、コーデリアと繋がれた手に、少しだけ力を籠めた。


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