皇后と魔女
ディーンファルトの生まれ変わりがベルン王国で見つかった、という情報がアルトからもたらされて数日後、コーデリアは、ダリウスの妻であり皇后であるシェリーヌ・ル・ファリザートとティータイムを過ごしていた。
彼女は27歳にして、3人の子供を持つ母親であり、ダリウスとも仲が良い。
隣国デジレ王国の王女だったシェリーヌをダリウスが見初めて、外堀を埋めまくり、めでたく恋愛結婚に持ち込んだ経緯がある。もっとも、シェリーヌもダリウスに憧れていたそうで、国の王族同士の婚姻ながら、珍しい恋愛結婚でもあった。
ダリウスにコーデリアのことを紹介されたシェリーヌは、魔女の運命に同情とも憐憫ともつかぬ感情を持ち、また社交と違って気を遣う必要もない相手なので、良い茶飲み友達兼相談相手として、歴代皇后のように彼女と気安く付き合っている。
「コーデリア様、夫から聞きましたよ。ディーンファルト様の生まれ変わりの殿方が見つかったんでしょう?」
シェリーヌの外見は、栗色のふわふわとした髪に榛色の瞳を持つ、年齢不詳の可愛らしい女性だ。
砂糖菓子のお姫様ような印象を受けるが、その実なかなかに遣り手の皇后だ。
コーデリアの前では、素が出ているが。
「うん、そうなんだけどね。約束を忘れてしまっているみたいだから、ディーンではないのかな」
苦笑して答えたコーデリアに、シェリーヌは手に持つ扇子をパシンと閉じて、ニッコリと笑った。
「まあ、そんなこと。千年近くをお待ちになったコーデリア様にとって、些細なことではなくて?」
「え?」
「かつての皇后レイシア様に、ディーンファルト様に再会された時に愛されるようにと、ご助言を賜わったのでしょう? コーデリア様はそれをずっと続けて、今では美しい大賢者になられましたわ。コーデリア様が本気になれば、落とせない殿方はいらっしゃいませんわよ?」
「落とせないって……」
グイッと身を乗り出したシェリーヌに、コーデリアは思わず身を引く。
その肩を捕まえて、皇后は真剣な表情で続けた。
「例え、生まれ変わったディーンファルト様に記憶がなくても、今のカイルディーン様を落とせばいいんです」
「え、ちょっと待って、シェリー。それっていわゆる色仕掛けってやつだよね? それも考えたのだけれど、冷静になったら、昔、彼はそういうの片っ端から無視というか、嫌がっていた記憶があって、ちょっと無理かなあ、と……」
ディーンファルトが生きていた頃、皇弟という立場や秀麗な美貌、そして膨大な魔力を持っていたことから、それはもうモテたのだ。
いろんなタイプの美女達が、彼の妻の座を狙って、次から次へとアプローチしていたのだが、それこそ色仕掛けを試みた者は、かなり手痛く拒絶されていた。
当時、彼の恋人であったコーデリアさえ、若干同情を覚えた程だ。
「あら、落とすっていうのは身体じゃなくて、恋にですわ」
「でも、私、ディーンのときもそんなこと経験なくて」
そう。コーデリアは気がついたら、ディーンファルトの恋人になっていたのだ。
彼に助けられて、魔力制御訓練を受け、なんとか恩返ししたくて、ディーンファルトの役に立とうと懸命に学んだ。そして、彼の側で過ごすうちに、いつの間にか彼の恋人になっていたのだ。
そして、「コーデリアはそのままでいい」と甘やかされて、いつしかディーンファルトのことが大好きになっていた。
だから、落とせと言われても、何をしたらいいのかなんて、コーデリアにはわからないのだ。
それを聞いたシェリーヌは、大きなため息をこぼした。
「ディーンファルト様は、よほどコーデリア様がお好きで、囲い込んだ挙句、執着して、死んでもなお束縛して……そんな方が、例えコーデリア様を忘れてしまっても、手放すとは考えにくいのですが……
でも、そうですね! ここは18歳の男の子を振り回しちゃう勢いで、大人の美女にメロメロになって貰いましょう。
コーデリア様、僭越ながら私、ご教授させていただきます」
「え? あの、よろしくお願いします?」
その後は、シェリーヌと彼女の侍女であるクラリッサまで加わって恋のテクニックとやらを語り始めたが、結局人を好きになるのはその人の人間性に惹かれるのだと思っているコーデリアには、あまり響くことはなかった。
「なあ、シェリー、お前先生に何言ったの?」
その夜、夫婦の寝室に戻って来たダリウスは、寝支度を済ませた妻に問い掛けた。
夕方に執務室に寄ったコーデリアが、妙に疲れた顔をして、「シェリーって、なんていうか一生懸命だよね」と呟いていたからだ。
「あら、前向きにカイルディーン様を落とす方向で頑張って貰おうと思いまして……恋のテクニックを少々お教えしたのですわ」
「いや、確かに、カイルディーンと上手くいかなかったら死にそうな勢いだったけれども……」
(……にしても、恋のテクニックって、それ役に立つのか?)と思いながら、首を傾げる。
「ダリウス、私、怒っているのです。ディーンファルト様は、あの純粋なコーデリア様を千年近くも縛り続けておいて、生まれ変わったからって、あっさり忘れてしまうなんて。
コーデリア様が許しても、私は絶対に許しません。少しは、いいえ、おおいに振り回されれば良いのです!」
「お、おう……」
ダリウスが妻の迫力に気圧されて、首を縦に振る。
「それでも、万が一、コーデリア様の恋が成就しなかった時には……せめてジルラート殿のお傍で、寿命までは生き続けて欲しいですわ。彼とならきっと穏やかに慈しみ合いながら、天寿を全うできるでしょうから」
「え? ジルのこと、誰から?」
妻の言葉に、ダリウスは目を瞠った。ジルラートのコーデリアに対する恋情は、側近の間では周知の事実だが、妻に知らせたことはない。
だが、シェリーヌはなんとも言えない微笑みを浮かべて、ダリウスを見た。
「見ていれば、わかります。もうずっと、ジルラート殿はコーデリア様しか見ていませんもの。
侯爵家に一生結婚はしないと宣言したのでしょう? 年頃のご令嬢達をどれだけ落胆させたか……」
ジルラートの気持ちは、結構あからさまにバレていたらしい。
「確かに。アイツも不器用だからな。絶対に報われることのない恋心を、捨てられないんだ」
「それでも、お気持ちを秘めたまま、コーデリア様のお傍で一生見守っていくおつもりなのでしょう? ジルラート殿は、まさしく騎士ですわね。本当は、カイルディーン様より、よっぽどコーデリア様に相応しいと私は思いますけれど。
私、コーデリア様の幸せを願っているので、こればかりはどうしようもありませんわね」
(本当に、ままならないこと……)
コーデリアは、魔女とか賢者とか言われながらも、男女の恋愛には疎いところがある。そんなふうにしてしまったのは、ディーンファルト様なのに、とシェリーヌはもどかしい想いを抱きながら、ダリウスにそっと寄り添った。




