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20/21

魔女の真実

 カイルディーンは、帝国到着早々、皇帝陛下の執務室へと案内された。

 他国の魔法使いをほとんど警戒もせず、いきなり皇帝の執務室に通したのには驚いたが、そこには三人の男たちが待っていた。

 カイルディーンと同じ、銀色の髪に蒼色の瞳を持つ堂々とした体格の帝国の皇帝陛下と、同じ色の彼よりも若く線の細い感じの男性が、帝国筆頭魔法使いで皇弟のセシル殿下と思われる。そしてもう一人は、黒髪に蒼灰色の瞳の皇帝と同年代の男性だった。

 皇帝は、入室して名乗りをあげたカイルディーンと書状を何度か見比べ、隣に立つ黒髪の男性に声を掛ける。


「なあ、アルト。間違いなくカイルディーン・フォン・レガード公子、だよな?」


 アルトと呼ばれた彼とは、ずいぶん前に一度王国で出会ったことがある。帝国の外交官で、アルト・ドーエンと名乗っていたことを、カイルディーンは思い出した。


「陛下。確かに見違えましたが、魔力的には間違いないですよ」


 アルトとは3年前に会ったきりなので、あの頃より身長も伸びて、体格も良くなったカイルディーンを見間違えても驚かないが、魔力的に間違いないとは、どういうことだろう?


「へえ、肖像画よりイイ男だね」


「セシル殿下、3年前は割と肖像画に近かったと」


 肖像画とは何のことだ?とも考えたが、皇帝一家とコーデリアとは仲の良い家族だと言っていたので、話の中で、もしかしたら姿絵か何かを目にする機会があったのだろうか?


「あの……」


 先程から、明らかにカイルディーンを蚊帳の外に置いて、本人を目の前にして身内で話し合っている彼らに、声を掛けてみる。

 皇帝とは、やっとここで視線が合った。


「ああ、すまない。私は、ダリウス・ゼインディア・ル・ファリザート。ファリザート帝国第48代皇帝だ。この書状を持ってきたということは、カイルディーン・フォン・レガード公子に間違いないか?」


「はい、皇帝陛下。この度ベルン王国より、筆頭魔法使い殿とコーデリア皇女殿下に師事したく、やって参りました」


 入室と同時に名乗ってはいるのだが、確認のようにもう一度尋ねられた。

 カイルディーンが肯定すると、もう一度セシルとアルトに向かって皇帝が尋ねる。


「セシル、アルト、どうだ?」


「悪くないね。なかなかの魔力量だし、師匠も喜ぶんじゃない?」


「師匠?」


 セシル殿下の言う師匠とは? カイルディーンが師事したいのは、彼とコーデリアだ。

 だが、カイルディーンの疑問はスルーされ、口を開いたのはアルトだ。


「魔女殿がよろしければ問題ないのでしょうか? むしろジルの心配をするべきかと」


 魔女殿とはコーデリアのことだろう。おそらくは近衛騎士のジルラートの話も出ているようだ。

 だがまた、カイルディーンのわからないところで、話が進んでいる気がする。

 彼は今ひとつ状況を把握できないままその場の立っていると、皇帝は難しい表情をして、カイルディーンをじっと見た。


「だよなあ……なあ、公子。ここからは腹を割って話して欲しいんだが……

 公子がこの国まで来た、本当の理由を知りたいんだけど?」


 崩された言葉遣いは、いやに真剣味を帯びている。

 カイルディーンは背筋を伸ばして、真摯に答えた。


「……私は、コーデリア殿下にどうしてもお伝えしたいことがございます」


「今になって、何を伝えるつもり? 先生……コーデリアは、やっと最近ネガティブな事を言わなくなってきたのに」


 皇帝が、今度は「先生……」と言いかけた。だが、これもコーデリアのことらしい。

 ネガティブな事、とはどういうことだろう?

 だが、今は皇帝からの問いに答えなければならないだろう。


「……時間が空いてしまったのは、私が未熟な子供だったからです。3年前の私では、コーデリア殿下に到底及ばなかった。

 私はコーデリア殿下にお会いして、彼女に許していただけるなら、求婚したいと思っております」


「へえ、今なら師匠に手が届くと?」


 セシルが面白そうに口角を上げた。


「あの先程から、師匠とか先生とか……」


 とうとう、カイルディーンは二人に尋ねた。

 しかし、この問いは、再びアルトにサラリと流される。


「ああ、公子は魔女殿の事を、公式記録上でしかご存知ないのですね」


(公式記録? 一体コーデリアは何者なんだ?)


 カイルディーンの眉間にシワが寄ったのを見て、皇帝が長いため息をついた。


「セシル、今、先生は何してるんだ?」


「子供達に魔法を教えてるね」


「あ〜、もう、これ、俺達がどうにか出来る問題じゃないな」


「兄上、何当たり前のこと言ってるの? もうさ、師匠の部屋に連れてって、あとは放置でいいんじゃないか?」


「そうするか。では、公子、コーデリアの部屋に案内するので、そこで直接話してくれ。セシル、頼んだ」


 そう言うと、皇帝はカイルディーンの持参した紹介状をヒラヒラと振って、セシルに丸投げした。


「は? あの……」


 状況についていけていないカイルディーンが困惑していると、セシルが「こっちだよ」と手招く。

 仕方なく、カイルディーンは彼に付いて部屋を出た。




 セシルは皇城のプライベートスペースと思われる部分に進んでいき、一番奥の行き止まりの所で足を止めた。

 カイルディーンも後に続いて止まったが、そこには何もない。ただ壁があるだけだ。

 カイルディーンは訝しげに眉間に皺を寄せる。


「あの、ここは、ただの壁では?」


「ああ、公子は傍系になるからな。やっぱり遺伝情報と魔力は、異なるのか」


「遺伝情報?」


 また、意味不明な答えだ。

 遺伝自体は分かる。コーデリアの残していった本にあった。だが、その情報と自分と壁がどう繋がるのか?


「ああ、こっちの話。さあ、どうぞ」


「これは……」


 セシルが壁に手を触れると、そこに扉が現れる。カイルディーンは目を瞬いて、セシルの顔と扉を見比べた。

 セシルはそんな彼を見て、肩を竦める。


「師匠の部屋は、ファリザートの直系しか認識できないんだ」


「あの、殿下。先程から、師匠と言っていますが……」


 カイルディーンは、とうとうこらえきれなくなって、セシルに尋ねた。


「ああ、コーデリアは兄や俺達にとって、師であり、大切な家族でもある。詳しいことは本人に聞いてよ。とりあえず、どうぞ。この書庫のある部屋までなら、俺達が入ることを許されているから」


 セシルの答えは、どうも彼女の年齢にそぐわない話で、結局すっきりしないまま自分はコーデリアと会うことになりそうだ。

 ため息をつきたい気分で、招かれて扉の中へと入ったカイルディーンは、その瞬間僅かな違和感を感じるが、すぐに目に入ってきた光景に絶句する。


「ここは……」


 大きな窓がある広い部屋に、いくつもの本棚が並んでおり、どうやら図書館のようだ。ただ、本を閲覧できるような机や椅子は、壁側の一画に置かれている大きめの机と椅子が1セットのみ。そのすぐ横にも、小さ目の本棚が一つだけ置いてある。更にその奥には、螺旋階段があって、どうやら上階に続いているらしい。

 一体どれだけの蔵書があるのか、見当もつかない位の量だ。


「なかなかでしょ? ここが師匠の部屋。ここで本でも読みながら、待っててよ。手が空けば師匠は戻ってくるからさ」


 カイルディーンは圧倒されて部屋を眺めていたが、セシルを見て、確認する。

 コーデリアの部屋だというこの場所に、自分が居ても良いのかと。


「……よろしいのでしょうか?」


「公子なら、問題ないよ。ああ、机の隣の棚は師匠の日記が置いてある棚だから、流石にあそこは許可貰ってからね。あと、螺旋階段の上は、寝室とかのプライベートスペースだから、勝手に入らないように、ね」


 セシルは、カイルディーンの背を軽く押して部屋の中へと進むと、指で示しながら、そう説明した。

 本当にコーデリアの家族であるかのような彼の物言いに、いや、見た目だけなら自分の方がよっぽど家族のようだ、とも思う。


「あの……」


「何?」


「いえ、銀色の髪に蒼色の瞳は、本当に貴方達の色なのだと思って」


 セシルはそんな彼に、優しげに笑う。


「そうだね、君の身内みたいでしょ? だからまさか、王国に君が生まれたとは思わなかったよ。アルトのお手柄だね」


「え?」


「うちの外交官のアルトは、人を魔力で識別出来る特殊能力の持ち主でね。王国に行ったときに君を見つけたんだよ。で、師匠が王国に行くことになったというわけ。

 君が前世の記憶を持っていたことは、師匠に聞いたでしょ?」


「ええ。それは、彼女に消してもらいましたが」


 確かにカイルディーンは皇家の血筋のようだが、どうも肝心のことが曖昧でわからない。

 アルトが認識したというのは、カイルディーンの魔力なのか?

 先程から、コーデリアは先生や師匠と呼ばれ、皇帝や皇弟は、彼女を目上の師だという。帝国皇帝は確か御年32、だったか?

 なんだか、カイルディーンの知るコーデリアと先程から話題に上る彼女は、少し違う感じだ。

 それに、先程見た廊下の壁に施された魔法は、カイルディーンの理解の範疇を超える魔法で。


「師匠は、君をずっと待っていたんだよ……この先は、本人に直接聞いて」


 セシルの声と視線が真剣味を帯びて、カイルディーンにまっすぐに注がれた。

 しかし次の瞬間、それがスッとカイルディーンの後方に逸らされると、今度は笑顔に変わる。


 そして、急にカイルディーンの後ろに現れた、人の気配。

 思わず振り返った彼の目の前にいるのは、カイルディーンが最後に見たコーデリアと全くと言っていい程、変わらない姿の彼女で。


「ディーン?……じゃない。カイル?」


 そう、相変わらず20代前半から半ば位の容姿で、成長したカイルディーンと、今はそんなに年の頃も変わらないように見える。

 そんな彼女が、紫紺の瞳を瞠って、驚きを隠すことなく、カイルディーンを見て固まっている。


「コーデリア?」


 カイルディーンもまた、事態を把握できずに硬直していた。

 今まで、確かに、そこには誰も居なかった筈なのに。

 何故? 幻? などと自答する。


「師匠、彼、わざわざ帝国まで訪ねてきたんだよ。ちゃんと全部話をするまで、ここから出てこなくていいから。じゃあ、公子、あとはよろしく」


 セシルは、混乱しているカイルディーンの肩を数回軽く叩き、コーデリアに向かって声を掛けると踵を返す。


「あ、セシル、ちょっと!」


 コーデリアが慌ててセシルを呼び止めるが、彼は振り返らずに軽く手を振ると、部屋を出ていってしまった。

 そして、部屋には沈黙が落ちる。


「……コーデリア?」


 やっと、目の前のコーデリアが幻ではなさそうだと心を落ち着けたカイルディーンが、確認するようにその名を呼んだ。

 コーデリアはその声に、一瞬泣きそうにその美しい顔を歪めたが、目を伏せて大きく息を吐くと、カイルディーンのよく知る穏やかな笑顔を浮かべて、瞼を上げた。


「……久しぶりですね、カイル。え……と、すごく立派になっていて、一瞬、見間違いかと」


 確かにカイルディーンは、3年前より背も伸び、細身ながら筋肉もついて、鍛えられた身体であることがひと目でわかる。そして、その表情も大人びて、落ち着いた雰囲気を纏う青年になっていた。


「君は……変わってないね。3年前と同じ、綺麗なままだ」


 懐かしそうに瞳を緩ませて、穏やかな口調で答えたカイルディーンに、コーデリアは少し混乱する。


「⁉ あの、カイル? ですよね?」


 カイルディーンは、こんなふうに照れもなくサラリと女性を褒める人だっただろうか? まるでそれは、記憶の中にあるディーンファルトのようで。

 それともカイルディーンも、既にあの侯爵令嬢と結婚して、妻帯した男性としての落ち着きを持つようになったのだろうか。それはそれで寂しいものね、とコーデリアは思う。


 だが、カイルディーンはそんなコーデリアの様子に気付くことなく、じっと彼女の左手首を見つめていた。


「うん……そのブレスレット、着けていてくれたんだ?」


「あ……ごめんなさい」


 コーデリアは思わず右手でそれを隠すと、反射的に謝った。彼が結婚しているのなら、こんなふうに妻ではない女性に贈った装飾品をずっと着けていたなんて、不快だろう。


「どうして謝るの? 嬉しいよ。君が、私のことを忘れていなくて」


 だが、続いた予想外のカイルディーンの言葉に、コーデリアは動きを止めた。

(嬉しい? それは、どういう意味?)

 コーデリアは、渦巻く疑問と期待を落ち着けるように、花祭りのときの別れ際の言葉を反芻する。


「忘れたなんて……私は、ずっと覚えてるって、言ったでしょう?」


 カイルディーンの脳裏に、3年前の花祭りのときのコーデリアの姿が浮かぶ。

 どこかかみ合っていなかったあの時の会話。そして、この国に来てからの皇帝達の言動。

 決定的なのは、今目の前のいる、コーデリア。

 カイルディーンは、そっと彼女のブレスレットに手を伸ばすと、指先でそれに触れる。


「うん、花祭りのとき、君はそう言っていた。でも、そうじゃないんだろう? 君は、何を隠している? いや、違うな」


「カイル……」


 カイルディーンは、まるで覗き込むようにしてコーデリアの瞳を捕らえた。深いアメジストが、揺れている。


「君がずっと待っていたのは、誰?」


 大きく見開かれたコーデリアの瞳が、期待と怖れを湛えて、カイルディーンをじっと見つめた。


「カイル? 前世の記憶が?」


 確かめるように尋ねられたそれを、カイルディーンは否定する。


「いや。前世の記憶とやらは、君が消してしまったんだろう? 

 前世なんて、関係ない。私は君が、コーデリアが好きで、ここまで君に会いに来た」


 そう、例えコーデリアが何者でも、カイルディーンがここまで来た理由は、変わらない。

 それを伝える為にここまで来たのだ。

 彼女の事情はともかく、それを伝えなければ、何も答えは得られない。


「カイルが、私を、好き?」


 コーデリアはすぐには信じられず、自分に言い聞かせるように、彼の言葉を繰り返した。疑問形になってしまったが。

 だって、彼は国内の貴族令嬢と婚約したのではなかったか?


「なんで、3年前、黙って帰ってしまったんだ? まあ、あの頃の私は、まだ子供だったから、君には相応しくなかっただろうし、君に、他の女性との婚約なんていう誤解も与えてしまった。

 私は君が好きで、君の隣に立っても恥ずかしくない男になる為に頑張ったけど、ずいぶん時間がかかってしまった。

 やっと帝国まで来たら、さっきから陛下や殿下達に謎掛けのような事を言われて、これでも、結構混乱してる。

 ねえ、コーデリア? どういうことか、教えてくれる?」


 どうやら、カイルディーンの婚約は誤解で、彼がコーデリアを好きだというのは、本当らしい。

 それよりも、今、彼は、コーデリアの事情を知りたいと言う。


「あ……あの、カイル、私、あなたより、ずっと歳上で……」


 とりあえず、まずはそこからか?

 コーデリアは恐る恐る、カイルディーンを見上げる。


「そうみたいだね。とても、そうは見えないけど」


 カイルディーンは小さく息を吐くと、安心させるように微笑んだ。


「え……と、全部、話したら、その引いたり、しない?」


 まだ躊躇うように彼を窺い見るコーデリアに、カイルディーンは彼女の左手を取って、自分の胸に押し当てた。

 さっきから、コーデリアを前にして、落ち着かない鼓動を彼女に示すように。


「私が、どれだけ君のことを好きなのか……心を取り出して、君に見せてあげられたらいいのにね。

 今更、引いたり、君を嫌いになったりは出来ないよ。頼むから、本当のことを教えて欲しい。

 陛下達や、あのジルラート殿も、君の真実を知っているんだろう? それはかなり、面白くない」


 コーデリアの表情が、今度は取り繕われることなく泣きそうに歪む。

 そんな顔さえ、カイルディーンは美しいと思った。

 でも、すぐにコーデリアは俯いて、それを隠してしまった。


「……とても、とても、長い、話になるわ」


「うん、それでも、私は聞きたい」


 カイルディーンは、胸に当てていたコーデリアの左手をギュッと握って、答えた。

 コーデリアもそっと彼の右手を握りかえす。

 そうしてカイルディーンに背を向けると、その手を引いて、黙ったまま歩き出した。


 螺旋階段を上った先は、明るい廊下に繋がっていた。

 その先にある扉の窓からは、明らかに皇城ではない美しい花畑が見える。コーデリアはそのまま進むと、その扉を開けた。

 そこには色とりどりの花が咲き乱れ、大きな木の木陰には、小さなテーブルセットが置いてある。

 コーデリアは、カイルディーンにその椅子に腰掛けるように言うと、自分も向かい側に座った。


 指先が軽く動いて、テーブルの上に茶器が現れる。

 香りの良い茶が、コーデリアの魔法で、二人のカップに注がれた。


「……もう、千年位昔の話になるわ。昔むかし……の、お話」


 そうして、語られる、まだ人間だった頃のコーデリアの話。


 初めて出会った、彼女を助けた少年とのこと。

 やがてその少年は彼女の師となり、彼女の師への敬愛は、時間をかけて初恋に変わる。

 そして恋人同士になった二人が結婚し、そう時を経ずに、死別するまで。

 死に際の夫との約束と、始まった魔女としての永い時。

 ずっと続いてきた、帝国皇家と周囲の人々との関わり。

 コーデリアが夫との約束を待ち続け、再会するまで過ごして来た年月。


 その先は、カイルディーンも知っている。


「…………」


 長い長い話が終わったとき、カイルディーンは伏せた顔を上げられなかった。


「……カイル?」


 彼がじっと俯いていることに、コーデリアが不安に思って声を掛けると、彼はやっと顔をのろのろと上げて、コーデリアを見た。


「私は、前世も今生も、罪深い男だな。

 それでも、コーデリア、私は、君に愛されたいと、君の伴侶になりたいと思ってる」


 自嘲気味に零された声は、暗く沈んでいた。

 カイルディーンの前世だというディーンファルトのことを、今でも一途に待ち続け愛しているというコーデリア。

 彼は、コーデリアを自分に縛り付けながらも、彼女を忘れてしまった。

 そして、その記憶を完全に捨てることを選んだのは、カイルディーンで。

 自分ではない、その男に抱く想いは複雑だ。

 だけど、カイルディーンが望むのは、コーデリアの傍に在りたいという強い願い。

 それは、果たして全て自分だけの感情なのだろうか?

 そして、コーデリアが愛しているのは、ディーンファルトなのか、カイルディーンなのか。


「カイル。貴方も、ディーンファルトも、私にとっては、等しく愛しい大切な人。例え記憶が無くても、貴方は貴方だったし、どんな貴方でも、ずっと愛してる」


 カイルディーンに応えるように、紡がれるコーデリアの想い。

 それは、確かに、ディーンファルトと同じ魂を持ち、今を生きるカイルディーンに向けられたもので。


「私に記憶がないのが残念だよ。お陰で、前世の自分にさえ嫉妬してしまう。

 コーデリア、君を愛している。この先の残りの人生を、私と一緒に生きて欲しい」


 どこかで自分であるはずのディーンファルトに向ける複雑な感情を捨てることは出来ないながらも、コーデリアと共に生きたいというカイルディーンの気持ちは変わらない。

 そんな彼に、コーデリアは嬉しそうに幸せそうに微笑んだ。


「喜んで、カイルディーン。私も貴方を愛してる」


 立ち上がったコーデリアが、カイルディーンの腕の中に飛び込んでくる。

 それを軽々と受けとめて、彼は大事な宝物を壊さないように、その柔らかな体をそっと抱き締めた。


 潤んだアメジストの瞳が、彼の蒼く澄んだ瞳を見つめて、そっと唇が重ねられる。

 それは、971年ぶりの魔女の口づけ。

 その瞬間、コーデリアを覆っていた魔力が、サアっとカイルディーンへと大きく流れこんだ。


「え?」


「これは……」


 二人は思わず唇を離し、見つめ合った。


「貴方の魔力が、消えていく? 魔法がとけ……」


 コーデリアの身体から、急に力が抜けて崩れそうになるのを、カイルディーンは慌てて受け止めた。


「コーデリア!」


「……身体の……時間が、動き出した……」


 コーデリアの鼓動を止めていた心臓が、動き出した。その拍動が、煩いくらいにコーデリアの中で響く。

 そして、変化はカイルディーンにも。


「ああ、デリア、すまない、本当に、ずいぶんと長い間、君を縛り付けてしまった」


 その口調は、かつてのディーンファルトのもので、コーデリアは瞳を瞬かせた。


「ディーン?……なの?」


「いや、私はカイルディーンで、君に魔力を預けた時の、記憶を受け取っただけ。

 不思議だな、自分のようで自分ではない感じだ」


 そして、ずいぶんと重い愛情だ。今の自分もそう変わらないが。

 段々と受け取った魔力が身体に馴染んでいく。満たされた……感じがした。今まで、欠けているなんて感じたことはないのに。


「結局、私は君の傍にあるべき魂の持ち主だったんだろう。やっと、長かった放浪も終わる。君との何十年間を過ごす為だけに、ここに戻ってきたんだ」


 そう、やっと……とカイルディーンは、長い息をついた。腕の中に抱きこんだコーデリアを膝に乗せ、もう一度抱き締める。

 初めて触れる彼女の柔らかな身体と、ほのかに香る優しい花の香りに、どこか懐かしさを感じてカイルディーンは瞳を閉じた。



あと1話、明日で完結です。

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