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帝国の魔女に会いに行く

コーデリアが帝国に帰って、3年が過ぎました。

 3年後、カイルディーンは21歳になっていた。


「久しぶりだな、カイルディーン。

 ここ3年ほど、明けても暮れても研究と鍛錬ばかりだったらしいが、今度は帝国へ留学したいと言い出したと、ザイデルがこぼしていたぞ?」


 レオンハルトは1年半ほど前に、ベルン王国の国王に即位した。

 そして今、執務室にやって来て机を挟んで立つカイルディーンを、面白そうな表情を隠すことなく見上げる。


「はい、今日はそのことで陛下にお願いがあって参りました」


「ほう? 俺に、か?」


「ファリザート帝国皇帝陛下宛に、紹介状を用意していただけないかと」


「紹介状だと?」


 予想外の申し出に、レオンハルトが問い返す。

 ザイデルフォルトからカイルディーンの様子を聞いていたレオンハルトは、てっきり婚姻の申し込みの仲介を頼まれるのかと思っていたのだ。


「私を、王国の魔法使いとして、推薦していただきたいのです。

 2年前の魔法薬の他に、先日、農作物の成長促進と土壌改善の魔法薬についても成果を得ることが出来ました。

 その実績を持ちまして、帝国の筆頭魔法使いと補佐殿のもとで更なる研鑽を積みたいと考えております」


「ほう? それで? その後、お前はどうしたいんだ?」


「……私は……」


 少々意地の悪い聞き方に、カイルディーンは言い淀む。

 その様子に軽いため息をついたレオンハルトが、続けた。


「3年前の功績授与以降、お前に舞い込む縁談も、全て断っているそうだな」


「はい、私には、ただ一人と決めた女性がおりますので」


「……帝国の魔女、コーデリア皇女だな?」


「お察しの通りです」


「……あれは、お前には些か荷が重いのではないか? 俺の求婚も、あっさり断って帰ったぞ?」


「やはり、求婚……されていたんですね」


 ジトリ、とカイルディーンの視線が恨めしげにレオンハルトに向けられた。

 レオンハルトは、肩を竦めて首を横に振る。


「考える間もなく、断られたな。まあ、だからこその今があるが」


 レオンハルトは、2年前に国内の公爵令嬢と結婚し、その後国王に即位した。気心の知れた相手との結婚で、そこそこ幸せだ。


「あれが、婚約したとか結婚したとかいう話は聞かないが……独りだという保証もないぞ?」


 レオンハルトはカイルディーンの覚悟を問う。3年も経ったのだ。レオンハルトと同年代のコーデリアが、独り身であるという保証はない。


「私が彼女に足りていない事は、百も承知です。それでも、もう一度、コーデリアに会いたい。会わなければ、何も、変われない。

 たとえ、彼女の側に既に誰かがいたとしても」


 終わらせられないし、何も始められない。


 治療のあと、黙って姿を消したコーデリアに何故?と思いつつ、フェリミナが彼女に、カイルディーンとの婚約を匂わせて惑わすなと忠告したと聞いたときには、自分の迂闊さに怒りが湧いた。

 コーデリアは帝国から期限付きで来ていた皇女で、国内の侯爵家の令嬢に、彼女の存在が公子婚約の障害となるからと言われれば、素直にそう納得したのだろう。

 いや、本音では、そこは関係ないと突っぱねて欲しかったが、コーデリアに何も伝えていなかったのは他でもないカイルディーンで。

 それでも、いつもコーデリアから感じる感情に、好意を感じられていたから、きっと自分は自惚れていたのだ。彼女もきっと自分の手を取ってくれるはずだ、と。


 コーデリアは多分、カイルディーンよりもずっと大人で、彼自身が見えているものよりも多くの事が見えていて。

 きっと、これがカイルディーンのためだろうと考えて、何も言わずに姿を消したのだ。


 でも、彼女は知らなかった。

 カイルディーンが、コーデリアをどれだけ想っていたか。

 伝える機会を無くした想いが、どれだけ大きかったか。大きくなったか。


「……セシル皇弟殿下の補佐役ならば、筆頭魔法使いである彼の下に、彼女はいるはずですから。それに、皇帝陛下とも本当の家族のようだと言っていました。彼の執務を助けているかもしれません」


 だから今度は、カイルディーンがコーデリアに会いに行く。


「……ほう、なかなか良い顔をするようになったじゃないか。最近はザイデルと剣も合わせているそうだな」


「恐れ入ります。剣の腕は、兄やジルラート殿には及びませんが……」


 カイルディーンの決意が滲み出た表情を見て、レオンハルトは彼の変化と成長を改めて感じた。

 剣を学んだのは、ジルラートに対する対抗心だろう。

 あの男は、職務に関係なく、常にコーデリアを護る騎士だった。それをカイルディーンもよくわかっていたのだろう。


「いいだろう。書いてやる。ただし、条件がある。

 コーデリア皇女を娶り、我が国に連れ帰って来い」


「……お約束は出来ませんが、最大限に努力致します」


「……まったく、必ずや妻として連れ帰ります、くらい言っておけばいいものを」


 国王はブツブツとが呟きながら、その場で書状をしたため、王印を押した。

 カイルディーンは、その言葉を聞かなかったふりで退室すると、手の中にある書状を確認する。


『この書状を持つ、カイルディーン・フォン・レガードは、王国の魔法使いとして数々の功績を積み、優秀な魔法使いとしての身分を保証する。

 彼の者は更なる研鑽を積むために、貴国の筆頭魔法使いセシル殿下、及びその補佐役であるコーデリア殿下への師事を希望しているので、最大限ご配慮いただきたい。

 この交流を礎に、今後貴国との更なる友好な関係を築いていけることを願っている』


 まさに友好的なただの紹介状だった。


 レオンハルトが国王に即位してからは、帝国との関係もずいぶんと改善し、行き来も盛んになってきている。

 だが流石に、一応王国では有望な魔法使いと言われているカイルディーンの帰還条件位は付けられるだろうと思っていたのだが……彼のことを制限するようなものは何一つ書いていなかった。


 カイルディーンの気持ちを知るレオンハルトは、「後悔のないように思う存分やって、きちんとケリをつけて来い」と背を押してくれたのだろう。





 帰宅後、自室に戻ったカイルディーンは、旅立ちの準備をしながら、寝台の横に置かれているベッドサイドボードを見た。


 そこには、コーデリアからもらった紫色の花飾りがガラスケースに入れて置いてある。紫色の花は、あの時のまま今でも瑞々しく摘みたてのようだ。

 1日の最初と最後に目に入るそれを見ると、嬉しそうに微笑むコーデリアを思い出す。

 コーデリアの手元にも、カイルディーンの贈った蒼色の花冠が、まだ残っているだろうか?

 あの時贈ったブレスレットは、今も彼女の手首を飾っているだろうか?

 そうだったらいい。


 本当は3年前、カイルディーンはすぐにでもコーデリアを追いかけて帝国に行きたかった。

 でも、何においても彼女に劣る自分じゃ駄目だと思った。

 焦らなかったわけではない。

 だが、いつもコーデリアに付き従い彼女を護っていたあの騎士のように、少しでも彼女の支えとなり隣に立てるという自信が欲しかった。

 彼女に初めて出会ってからずっと、カイルディーンはコーデリアに与えてもらうばかりで、彼女の好意に甘えているだけだった。

 どんなに彼女を好きでも、想っていたとしても、そんな自分では、コーデリアの手を取れないと思ったのだ。

 たった3年だけど、カイルディーンは必死で努力した。

 コーデリアが残していってくれた医療魔法の本で知識も得て、使えるようにもなった。その他にも自身の研究成果も形にできた。少しずつ身体も鍛えて、魔法と剣を使い、他人を守れるようにもなった。

 今なら彼女の前に立って、自分の手を取って、一生を共に生きて欲しいと願っても許されるのではないか、と。


 悪夢はもう見ない。頭痛も無くなった。

 だけど、コーデリアを想うと、苦しいくらいの胸を焦がす恋情にズキリとその胸が痛む。

 これはこの3年間、カイルディーンがずっと抱えてきたもので、気がつけばそれはもう、彼だけではどうにもならない程コーデリアを求めてやまず、ドロリとした重いものに変わってしまった。

 彼女にもう一度会わなければ、きっと自分はこの先に進むことは出来ない……


 だから、会いに行く。


 コーデリアにもう一度出会って、今度はちゃんと恋をして、彼女と人生を伴にする為に。

 たとえ、今の彼女に想う男がいたとしても、必ず自分をもう一度見てもらえるように、必死で足掻いてみる覚悟も出来ている。


 だから、覚悟しておいてコーデリア。

 私は絶対に貴女を諦めたりしないと、決めているのだから。


 纏めた荷物の隙間に、保護魔法を掛けた花飾りのガラスケースを入れて、カイルディーンは部屋を出た。




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