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戻ってきた日常

 王太子の執務室では、レオンハルトと側近の一人であるザイデルフォルト、そしてコーデリアとジルラートが、応接スペースに対面で腰掛けていた。

 ここ三カ月程の怒涛のような日々が過ぎ、やっとティータイムをゆっくり過ごせるようになったのだ。

 レオンハルトとコーデリアも、なんだかんだと互いに打ち解けて、言葉遣いも気安いものになっていた。


「素晴らしいな。これが帝国の魔女の実力か」


 片方の口角を上げニヤリと笑いながら、レオンハルトはコーデリアを見る。魔女と揶揄しつつも、彼の翡翠の瞳にコーデリアに対する称賛の色を見て取って、彼女は静かな微笑みを浮かべた。


「殿下の実践力と、関係各所との連携が取れていたからでしょう。素晴らしい采配でした」


 コーデリアが自然体で美しい所作で茶を飲み、音を立てずに茶器を扱う様は、生まれながらの皇族そのものだ。養女とはいえ、もとは伯爵家の出身と聞いている。視線の置き方や表情、物事の見方、どれをとっても一介の伯爵令嬢らしからぬそれが、才を理由に帝国の皇族として迎えられた理由だろう。

 そして、帝国の魔女の噂。レオンハルトが投げたその言葉を、コーデリアは否定しなかった。

 皇帝の相談役であり、皇位継承者の選抜にすら関与するという魔女の存在。情報を集めようにも、どうもその全体像は曖昧だ。

 だが、豊富な知識を政策に活かせ、尚且つ数字で物事を客観的に評価出来、論理的に思考し人に語ることが出来る。魔力もあり、魔法使いとしても素晴らしい才能を持ちながら、王太子やカイルディーンを表に立たせ、今回のことを収めてみせた。

 そして、自らを主張することもなく、レオンハルトを立てて、嫌味なく称賛の言葉を口にする。

 見た目は20代前半の美しい女性ながら、その才能と人物像は底が見えない。


「……お前のそういう身のおき方も、気に入った。俺のところに嫁に来る気はないか?」


「私は、帝国の魔女ですから」


 一瞬、ジルラートの視線が鋭さを隠すことなくレオンハルトに投げられたが、コーデリアは魔女の肩書きを盾に、読めない笑顔でレオンハルトの求婚をサラリと躱した。微塵にも動揺すらしていない。


「ふん。面白くない。

 ……ところで、お前は、なんで、この時期、こっちに来たんだ?」


 取り付く島もないコーデリアに、レオンハルトは不貞腐れた様子で返したが、ふと、コーデリアがこの時期に王国にやって来たのは、まさか流行り病のことを予測していたのかと思い立った。


「勘繰りすぎですよ、殿下。

 今回のことは、本当に偶然なんです。流行り病の対策は、200年ほど前に我が国で流行ったものと酷似していたので、すぐに対策が打てただけで。

 私は、レガート公子に会いに来たんです」


 は?とザイデルフォルトが目を瞠った。だが、コーデリアは彼を見てはいない。


「ザイデル……ではないな。カイルにか?」


 それを横目で確認したレオンハルトが尋ねると、コーデリアは悪戯っぽくアメジストの瞳を緩ませた。


「はい。彼、帝国皇室の特徴が強いでしょう? 不幸だったら、攫っていこうかと思いまして」


「ハハハッ……それは期待外れだったな」


 レガート公爵家の家族仲はとても良い。それは親戚であるレオンハルトもよく知っていた。

 だが、コーデリアの言葉には、カイルディーンに対する何か特別な想いも含まれているような気がする。それは色恋などというありがちな感情ではなく、もっと、奥が深い、何か。


「ええ、本当に……彼が幸せそうで、よかったです。ですから、私はそろそろお暇しますわ」


「まあ、そう慌てるな。ひと月後に、今回収束に尽力した者達を労う表彰式と夜会を開く。その後でもいいだろう。残念ながら、魔女を表には出せんが、カイルの晴れ姿位は見ていけるだろう」


「考えておきます。

 それよりも、殿下、国民の識字率をもう少し上げてくださいませ。今回、施策の周知や実施、状況の把握に、ずいぶんと手間がかかりましたわ」


 レオンハルトは、コーデリアの想いをもう少し探ろうとしたが、あっさりと話題を逸らされた。

 これ以上は踏み込むな、ということか。

 彼は彼女の意図に従って、それに乗る。


「そうだな。ちなみに帝国はどのくらいだ?」


「九割五分以上ですね」


 識字率の高さは、帝国民の教育水準の高さを表す。一体どういう施策でそれを成したのか、ぜひ詳しく聞きたいところだ。


「…………今後、帝国との付き合いをより強固なものに変えていきたいところだな。代替わりしたら、まっさきに考えるか」


「それは私ではなく、ダリウス義兄上に言って下さい」


 今のベルン国王であるレオンハルトの父は、帝国に対しいい感情を持っていない。それでも、今回のコーデリアの働きには感謝はしている。

そして、レオンハルトの王太子としての実績も踏まえて、おそらく、代替わりもそう遠くはない。そうなった際には、レオンハルトの行う政策にも異は唱えないだろう。

 その時、もし、帝国の魔女が彼の治世を助けてくれたら、この国はもっと発展するのではないだろうか。


「……なあ、やっぱり、俺の嫁に来ないか?」


「イヤです」


「ハハハッ! やっぱり面白いな」


 二度目は、表情すら取り繕わずに思いっきり断わられ、レオンハルトは可笑しくなった。

 ここまで思いっ切り嫌そうな顔をしたコーデリアなど、そうそう見られるものではない。

 隣からザイデルフォルトの呆れたような視線をヒシヒシと感じるが、レオンハルトはそれもまた可笑しかった。





 魔法研究所も、落ち着きを取り戻していた。


 ここしばらくの間、コーデリアもカイルディーンも、互いの仕事が忙しく、姿は見かけても言葉を交わすことは殆どなかったが、今日は久しぶりにコーデリアが魔法研究所にやってきたのだ。


「久しぶりですね、コーデリア」


 意識せずともカイルディーンの声が弾む。

 昨日家に戻ってきた兄に、彼女が今日にはここにやって来るだろうと聞いて、会えるのを心待ちにしていたのだ。

 コーデリアも彼を見て、穏やかに微笑む。


「ええ、カイル、お疲れ様でした。こちらも大変だったでしょう?」


「まあ、確かに。最近は、夢を見る余裕もなかったですよ。でも、貴女程じゃありませんでした」


「え?」


 確かにコーデリアも王太子や側近達と、執務室で施策を練ったり適宜評価修正したりする合間で、現場に赴いて視察や指導を繰り返していた。それこそ、寝る間も惜しんで。

 だが、それを彼に知られているとは思わなかったのだ。


「兄から聞いていました。レオンハルト殿下と病収束の為に働いていたと」


「ああ、そういえば、ザイデルフォルト様もずいぶんとご活躍でしたね」


「殿下にこき使われたと、嘆いていました」


「ふふっ……仲が良くて、何よりです」


 ザイデルフォルトは現場を指揮する者として、結構な仕事量だった。確かに激務だったろうし、本来の職務とは違う仕事だったろうから、部下達を指導するのも大変だっただろう。

 だが、彼はレオンハルトの側近として、素晴らしい働きをした。時折愚痴を零すこともあったが。

 コーデリアはそんな彼のことを思い出して、小さく笑う。

 彼女を見ていたカイルディーンは、少しだけ不安そうな表情を浮かべて、コーデリアに短く尋ねた。


「貴女は?」


「私?」


 カイルディーンの意図がわからず、コーデリアがきょとんとして首を傾げる。


「その……レオンハルト殿下とは……」


 カイルディーンは、昨晩兄から「殿下が皇女殿下に2回も振られて」なんて話を聞いて、優秀な彼女のことを王太子が妻にと望んでも不思議ではないと感じたのだ。

 レオンハルトは燃えるような美しい赤髪に鍛えられたバランスの良い体躯、輝くような翡翠色の瞳を持つ、社交界では令嬢達にも大変人気のある美丈夫だ。

 2回も振られて……ということは、コーデリアは殿下から求愛か求婚をされたのだろう。兄いわく彼女は断ったらしいが、それは帝国の皇女である立場故か? コーデリアはレオンハルトをどう思っているのか? カイルディーンは気になったのだ。


「あの人にとって、私は便利な道具の一つですよ。

 ところで、カイル、貴方の悪夢と頭痛を治す方法を見つけました」


「悪夢を? 治せるんですか?」


 カイルディーンが割と必死な想いで尋ねたことをコーデリアにサラッと流されて、また続いた予想もしていなかった台詞に、今度は彼がきょとんとした。


「ええ」


 いつもの穏やかな笑顔で、コーデリアはしっかりと頷く。

 だが、彼女が再び口を開こうとしたその時、扉を叩く音が聞こえて、二人は揃ってそちらに顔を向けた。

 カイルディーンが入室の許可を出すと、一人の女性が入室してくる。

 輝くようなストロベリーブロンドの10代後半の美しい女性だ。

 彼女はそこにいるコーデリアに軽く目礼すると、カイルディーンに手に持った用紙を差し出しながら声を掛けた。


「あの、カイル様、よろしいですか?」


「ああ、コーデリア、ちょっと失礼します」


 カイルディーンが立ち上がり、それを受け取って、目を通しながら彼女と話しだした。


 それを見ながら、コーデリアも立ち上がる。悪夢の治療の話はまた後日でもいい。

 今日は挨拶に来ただけだ。

 明日からまた、コーデリアは毎日ここに通うことになるのだから。


「カイル、私はそろそろ失礼するわね」


「あ、すみません。あの、もう少しで……」


 顔を上げたカイルディーンが、慌てたような視線を向けたが、コーデリアは首を横に振る。


「ううん、ゆっくりどうぞ。また、明日参ります」


 そして、二人に背を向けて部屋を出ると、扉の前に立つジルラートを伴って、廊下を歩き出した。


「可愛らしい方だったわね」


「コーデリア様?」


 ぽつりと零したコーデリアの声を拾えなかったジルラートは、隣を歩くコーデリアに視線を移した。

 彼女は寂しそうに微笑んでいた。痛みを堪えているのではない。その微笑みの裏に、諦めと喪失を抱えて。


「最近、良く一緒にいるところを見かけたわ」


 誰のことを指しているのか、ジルラートにはすぐにわかった。コーデリアとはずっと行動を共にしていたのだ。時々すれ違うように遠目にカイルディーンの姿を眺めるだけで、コーデリアの表情は嬉しそうに綻ぶ。だがその時、カイルディーンが伴っていたのは、先程部屋を尋ねてきた女性だった。


「彼女はここの魔法使いです。おそらく今回の治療薬のことでしょう」


「そうね」


 ジルラートの言葉は事実だが、カイルディーンとその女性の関係性についてはわからない。

 だが、コーデリアには予感があった。

 前世の記憶を全て消してしまえば、彼はきっと今生の彼に似合う女性を伴侶に選ぶだろうと。


 初めてカイルディーンに出会ったとき、そして花祭りのとき、彼を襲った頭痛はコーデリア由来のもので、きっと前世の記憶の欠片が刺激になってしまったのだ。そして多分、その記憶の欠片が、彼にコーデリアに対する好意を抱かせているのだろう。

 しかし、激しい頭痛や悪夢に襲われながらも、その後、カイルディーンが完全にコーデリアを思い出すことはなく、彼女の存在がこの先彼の苦痛にしかならないのなら、きっともう潮時なのだ。


 明日こそ、カイルディーンにちゃんと話そう。そう決めて、コーデリアは王宮の部屋へと戻って行った。


コーデリアは、カイルディーンが彼女に好意的なのは、ディーンファルトの記憶がそうさせているのだと信じています。

そして二人はすれ違っていってしまいます。

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