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王都の流行り病

 花祭りから半月程過ぎた頃、ここしばらく王城内で働く人々が咳きこんだり、体調を崩して休んだりしている人が増えた様子に、コーデリアは顔を曇らせていた。


「ジル、最近咳き込んでいる人が多いと思わない?」


「はい、私も気になっておりました。花祭りでも、時々いましたね」


 ジルラートの言葉にクラリッサも頷く。


「私達は、コーデリア様に魔法を掛けてもらっていますから、病を移されることはそうないと思いますけど」


 コーデリアは、同行した帝国の者達に、最低限の防御魔法を掛けている。一般的な毒に気が付いたり、最初の一撃の物理や魔法攻撃に対する防御だったり、風土病を貰わないための浄化だったりだが、風邪などの感染症にはそう有効でもない。


「クラリッサ、それでも感染予防は意識してやってね。ジル、貴方や他の騎士たちにも気をつけるように伝えて。

 魔法は移りにくいだけで、完全に防ぐなら予防対策は必要なことよ」


「かしこまりました」


 感染症がこの王都で流行り始めているなら憂慮すべきことだ。

 帝国では、昔からコーデリアが皇帝達に働きかけて、時間を掛けて上下水道を整え、国民への衛生環境を整える為の啓蒙活動や教育も行き届いているが、この王国ではそうではない。

 重篤な感染症はいったん流行が始まれば、型を変えながら多くの人々の生命を脅かし、更に徐々にその範囲を拡大して、やがては帝国にも波及していくだろう。

 このまま見過ごすわけにはいかなかった。




 翌朝研究所にやってきたコーデリアは、カイルディーンに尋ねてみる。


「カイル、最近王都で流行り病の話を聞きませんか?」


 医療魔法について学び始めていたカイルディーンは、彼女の憂慮を悟り、最近耳にしている情報を彼女に伝える。


「ええ、花祭りの後から、患者の増加が気になっていたところです」


「そう。原因の特定は出来ているのかしら?」


「咳や高熱を伴い、悪化すると呼吸状態が悪くなって死に至る、と。実際、貧民街などでは患者が増えていると聞きました」


 曲げた人差指を唇に当て、コーデリアは思考に沈む。

 やがて顔を上げたコーデリアは、ノートに何かを書き込みながら、カイルディーンに尋ねた。


「……流行り病を管轄しているのは、どこなのかしら?」


「医師と薬師ですね。王太子殿下が彼らに様子を報告させて、対策を考えているそうですが」


「そう……カイル、こちらの薬に、この魔法式を付与させて、魔法薬を作ることは出来ますか?」


 やがて書き上げたノートをカイルディーンに見せながら、コーデリアは彼の反応を窺う。


「元来の薬に、魔法を付与して効果を増強させる?」


 カイルディーンは一目見て、すぐにそれに気が付いた。


「ええ、今回のような呼吸器感染症を引き起こす原因に特化して、治癒効果を発揮します。発症してしまった患者に、症状を軽くする効果があるわ」


「なるほど……ええっと、魔法式はこれですね? はい、出来そうです」


「流石ですね。こういう付与魔法って、魔力コントロールが上手くないと、一定に付与出来ないんですけど。

 では、お願いします。他の研究員にも協力してもらっていいかしら?」


「もちろんです。所長と話して薬師にも協力してもらいます」


 カイルディーンはどうやら魔力操作に長けているらしい。そして魔法式に対する理解度も高く、付与魔法も問題なさそうだ。

 それに、ちゃんと周囲の人達を動かせる。

 魔法薬に関しては彼に任せて問題なさそうだ。

 ならばコーデリアは、もっと上の方に踏み込める。


「私は、王太子殿下と話をしてきます。ジル、先触れを出して、一緒に来てもらえるかしら?」


「かしこまりました」


 コーデリアは、感染症の拡大を阻止するべく、彼女を侮っているであろう王太子を、さてどう動かそうかと思案しながら、研究所を後にした。





 案の定、ベルン王国の王太子レオンハルトは、警戒と自身の多忙を隠すことなく、顔だけは笑顔を作ってコーデリアを迎えた。


「皇女殿下、魔法使いである貴女がなんの御用でしょう」


 そんなレオンハルトに、コーデリアは単刀直入に告げる。


「王太子殿下が、王都での流行り病の対策をされていると伺いました」


「ええ、ですが医師でも薬師でもない貴女が出来ることは無いと思います。病を得ないよう、部屋に籠っておいていただけると助かるのですが」


 レオンハルトは「邪魔だから引っ込んでろ」という圧をかけてコーデリアに答えたが、彼女は意に介すことなくいつもと変わらぬ笑顔を浮かべて、レオンハルトに答えた。


「私、帝国で、流行り病収束の為の施策を行っていた経験があります。殿下のお手伝いをさせていただけないでしょうか?」


「貴女が? まさか」


 意外な申し出にレオンハルトは目を見張るが、俄には信じ難い。

 すると彼女の後ろに控えていたジルラートが、スッと前に出て礼を取った。


「失礼します、王太子殿下。発言の許可をいただけますか?

 私は、ジルラート・ゼレンディア。帝国皇帝陛下の側近で近衛騎士隊長を務めております。

 コーデリア皇女殿下のお言葉は事実です。

 早く対応しなければ、手遅れになってしまうことを皇女殿下は危惧しておられます」


 武を尊ぶこのベルン王国に於いて、帝国のジルラートの名声と強さは知れ渡っている。王太子であるレオンハルトさえも、彼には一目置いていた。


「ジルラート殿の武功は聞き及んでいる。だが、我が国の流行り病対策に皇女殿下の意見が有効だとは……」


 それでも躊躇う様子のレオンハルトに、コーデリアは畳み掛ける。

 あくまでも感情を乗せずに淡々と。


「このままだと、王都では約三から四割の人口を失うでしょう。平民貴族関係なく。

 そして、諸外国にも病は蔓延し、やがては帝国も巻き込まれる。

 私はそれを看過出来ません。

 ここで食い止めたい。

 レガート公子には、すでに魔法薬の作成を依頼しました。こちらの生産が安定し、更に感染防止のための施策をうてば、感染拡大を防ぎ、死者も一割以下で抑えられます」


「……死者、四割を、一割以下だと?」


 具体化された数字に、レオンハルトの表情が動く。コーデリアはやっと興味を持ち始めた彼に、もうひと言付け加える。


「試算も対策案も作成してあります。後ほどご覧下さい。

 お願いです、殿下。時間がありません。一刻も早く手を打ちたいんです。貴方の施策として、私の意見をお聞き入れいただけませんか?」


 別に自分の手柄になんてことは少しも望んでいない。ただ、この状況を止めたいのだ。あまり友好的ではない帝国の手を借りたなど、レオンハルト的にも面白くはないだろう。だから、そんなことはどうでもいい。むしろ王太子の手柄だと誇ってくれていい。

 コーデリアがかつて訪れた異世界で得た知識と、それを生かした効果的な政策は、この世界の人々、巡ってはカイルディーンを助ける一助になるのだから。


「ほう? 俺の手柄にするということか……いいだろう、で、見返りに何を求める」


 コーデリアの意図を聞き、レオンハルトは口角を上げ、ただ視線は鋭いまま彼女に問う。


「何も……と言いたいところですが、帝国に借りを作りたくはないですよね? 

 今後、私に何も強要しないこと。これを条件と致しましょう」


「随分と謙虚なのか、自信がありすぎるのか? まあいい。あと一つ、成功報酬として、俺個人でどうにかなることなら考えてやろう」


 コーデリアの条件に、レオンハルトは呆れた表情を隠しもせず、そう言った。

 先程から、将来為政者になるなら、もう少し表情を隠すことを覚えた方がいいとコーデリアは思うが、帝国民である彼女には関係ないことだ。

 この政策の効果が明らかになった時に、その実績を買われて、この国の為に働けと強要されなければ、それでいい。

 今回は、たまたま、このタイミングで王国にコーデリアが居合わせただけなのだから。


「充分です。それでは、こちらを……」


 しっかりと予防線を張ったコーデリアは、王国の流行り病の蔓延を防ぐべく、王太子の持つ情報も共有しながら、その対策案を彼に説明していくのだった。





 特定された感染経路は、飛沫感染とノミ等による咬血感染。そのことを周知し、鼻と口を覆う飛沫防止の魔法を付与した布の着用を徹底。

 衛生環境の改善をして、媒介するネズミなどの駆除。同時にノミも。

 手洗いや消毒の指導をし、皆で行うこと。

 感染者の隔離対策と薬物投与。

 免疫力の向上の為の、生活指導や食料の配給。


 それらを基本においた施策が、コーデリアの指導のもと次々と実行に移されていく。


 医師は感染者の特定と患者の治療。薬師はレガート公子指導のもと薬剤の生成を行い、出来た薬剤や衛生用品の各魔法付与には、魔法使い達がそれぞれあたった。

 軍は、衛生対策と咬血感染防止の為に、民達の衛生環境改善や患者の隔離を主に、食事の配給や、治安維持などを請け負った。


 結果、三カ月程で流行り病は収束。死者は、初期の感染者のみの数百人程だった。

 コーデリアは今回の施策とその評価をまとめ上げ、ベルン王国の王太子に提出。今回の成果を王太子の偉業として国民に周知することになったのである。



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