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ディーンの事情

 大通りの入口辺りには、いくつか花屋が並んでいる。

 カイルディーンはそのうちの一つにコーデリアを伴うと、蒼色の花々で編まれた花冠をコーデリアの頭に乗せた。


「はい、これをデリアに」


「素敵な花冠ね。貴方の瞳の色の花だわ」


 嬉しそうに瞳を緩ませ表情を綻ばせたコーデリアを、満足気に眺めるカイルディーン。

 花屋の店主は、そんな二人を微笑ましい気持ちで見ながら声を掛けた。


「お嬢さん、王都の花祭りは初めてかい?

 この祭りでは、夫婦や恋人の間で自分の色の花を贈り合うんだ。女性には花冠、男性には胸元に飾る花飾りを。で、花祭りでは、それを着けて1日過ごすんだよ。

 ちなみに家族や友人同士は、白い花を贈りあうよ」


「え〜と、じゃあ、私はこれを下さい」


 店主の言葉を聞いて、コーデリアは紫色の男性用花飾りに手を伸ばす。コーデリアの瞳の色だ。

 そして、カイルディーンのベストの胸ポケットにそれを挿した。カイルディーンは、それを見て、少し照れたように笑う。

 そして、コーデリアは幸せそうに微笑むのだ。


「似合いの二人だね、毎度……ゴホッ」


 店主は銀貨を受け取って、釣銭を渡そうとするがやんわりと止められてしまう。

 雰囲気のよい二人に充てられたのか、思わず咳き込んでしまったが、その時にはもう彼らは背を向けていた。


「ふふっ……」


「楽しそうで良かった。あれ? 花冠に魔法を掛けた?」


 コーデリアが上機嫌で笑いながら、軽く指先で花冠に触れる。そこに魔力が動いて、魔法が発動したのを感じたカイルディーンが、首を傾げた。


「ええ、状態維持の魔法。だって、萎れたり枯れたりしたら、勿体ないもの。あ、カイルの花飾りにも掛けていい?」


「もちろん良いけど。すごいな、この魔法。いろいろ使えそうだ」


 カイルディーンが胸飾りに触れて、彼女の掛けた魔法を解析してみると、複雑な魔法式がいくつも重ね合わされている。

 それは、彼女が詠唱も無くサラッと掛けたにしては複雑な魔法で、ただの植物の劣化を防ぐだけではない。花飾りが瑞々しく新鮮な状態で、時を止めたように現状を維持する魔法。研究を進めて応用すれば、人の老化さえ防げそうな魔法だ。

 こんな魔法が存在することにも驚いたが、それを簡単そうに使いこなす彼女に、自分との実力差を思い知る。

 そのことにちょっと落ち込みそうになったカイルディーンに気付くことなく、コーデリアは彼の手を取った。


「そうね。でも今は、あれを観に行きたいわ!」


 コーデリアが指を差した先には、大道芸人が何やら大きな輪っかをいくつも投げながら、出し物をしているようだ。

 まるで少女のように目を輝かせるコーデリアに、カイルディーンは彼女の矛盾を不思議に思いながらも、花祭りを楽しむことにする。

 魔法使いとしてはとても優秀で大人びている彼女が、今はまるで同年代の女の子のように、自分との時間を過ごしている。

 それがすごく貴重なことのように感じられて、カイルディーンは、落ち込む気持ちを追い払って、コーデリアの手を引いて群衆の中へと進むのだった。





 花祭は盛況だった。

 人混みで逸れないようにと、カイルディーンはコーデリアの手を引いて歩いてくれる。

 彼女が人にぶつからない様に、歩きやすい様に歩幅にも気を遣って。

 彼女が屋台でつい目を惹かれたものにも気がついて、立ち止まってくれた。


 それは、アクセサリーを扱う露天商だった。

 華奢な銀色の地金に、蒼色の小さな宝石の欠片を組み合わせて、雪の結晶のようなデザインをしたブレスレット。

 コーデリアは、思わず視線を留めて、それに魅入っていた。

 昔、ディーンファルトがコーデリアに贈ってくれた物によく似ている。

 あのブレスレットは、もうずいぶん前に壊れてしまって、今は彼女の宝石箱の底で眠っている。

 その懐かしさと儚さを思い出して、「あの頃から遠くかけ離れた時間まで来てしまった」と湧き起こる感傷を、目を伏せて宥めていたときだ。


「綺麗だね、デリアによく似合いそうだ。今日の記念に、贈ってもいいかな?」


 カイルディーンがいつの間にか露天商から買い上げて、コーデリアと繋いでいた方の手首にそれを嵌めてくれていた。

 左手首に光る雪の結晶に、滲みそうになる視界を何度か瞬いてやり過ごし、感傷が歓喜に変わって溢れたのを、コーデリアは抑えることが出来なかった。


「……嬉しい。ありがとう。大切にする」


 コーデリアはそれを胸に抱き、今度は壊れないようにと、強固な防御結界を掛けた。





 カイルディーンは、そんなコーデリアを見ながら、不思議な既視感を覚えていた。

 自分からの贈り物を大事そうに胸に抱えて、嬉しいと言う彼女……どこかで?

 と考えた瞬間、カイルディーンを激しい頭痛が襲う。

 思わず頭を押さえて蹲りかけたカイルディーンを支えたコーデリアが、彼を覗き込んだ。


「カイル?」


「ごめん。ちょっと、頭痛。すぐ治まるから」


「あの、いいかしら?」


 そう断って、コーデリアがスッとカイルディーンの額に手を当てると、波が引くように彼の頭痛は治まっていった。


「どう? 少しは楽になった? ちょっと座れるところで休みましょう」


 コーデリアに促され、二人は人混みを離れた木陰にと移動し、並んで座り込んだ。


「あの、その頭痛なんだけど、詳しく診てみてもいいかしら?」


 コーデリアは、心配そうにカイルディーンに問うが、彼は首を横に振った。


「……お願いしたいところだけど、これは多分、病気とかでは無いから」


「え?」


 意外そうに目を瞠った彼女に、カイルディーンは少し諦めたように笑って、でも、彼女には伝えておいた方が今後も誤解されなそうだと、事情を話してもいいか尋ねてみる。


「……話を、聞いてもらっても? その少し信じ難い話かもしれないけど」


「もちろん」


 カイルディーンの前置きに、コーデリアが戸惑いなく頷いたことに少し背を押された気分で、カイルディーンは話し出す。


「数年前からかな、悪夢を見るようになったんだ」


「悪夢?」


「そう、まさしく悪夢……最初は断片的に見ている夢だったけど、まるで、夢の中で別の人生を送っているような感じかな。断片的に見ていた夢が繋がって、まるで誰かの人生を、自分が体験しているようだってことに、最近気が付いた」


「誰かの人生を、カイルが?」


「……上手く言えないな。

 私ではないけど、まるで自分自身が見てきたような……その人物が、まるで自分であるかのような。

 私は、ここではない、どこかの国にいるんだ。

 なぜそこにいるのか? どうしてそうなったのか? まるで分からなくて、混乱の中で辿り着いた答えは、そこの王族の1人として召喚されたらしいということ。

 自分ではない誰かの器に魂が囚われて、逃げることも出来ず、私は仕方なく、周囲の状況を把握することにした。

 王とはとても呼べない醜悪な人物が、父と呼ばれていて。自分の子をまるで使い捨ての道具のように扱っていた。そんな道具の1つが、私。

 酷い環境におかれながらも成長した私は、兄弟と呼ばれた者達を次々と手に掛け、自らが王となった。

 でも、そこは私の居場所ではないという強い想いと、現実感の伴わない空虚な感覚が、常に付き纏っていた。

 何か大切なものを無くしてしまって、自分が自分ではないような……そんな感覚。

 私は、そこで戦争を起こし、多くの屍と怨念に塗れた呪いを発動して竜となり、そうまでしても……ただ、そこではない何処かに帰りたくて、多くの民達を犠牲にした。

 だが、そこで、私は女神に救われた。強く願う場所に帰ることが出来る、と。

 そこは、世界を超えたこの場所で。

 でも私は、なんの為にどこに帰らなければならなかったのか、もう覚えていなかったんだ。

 この場所に帰るために、必死で足掻いたのに。

 ……そんな夢を、数年前から、断片的に見続けるようになって。

 夢に魘され、家族にもずいぶんと心配をかけてしまった。

 この頭痛は、おそらくその記憶がよぎったり、その忘れてしまった何かを思い出そうとすると、起きるものなんだ」


「嬉しい」と柔らかに微笑んだコーデリアの笑顔に、何かが引っ掛かったのかもしれない。

 大きな紫紺の瞳が幸せそうに笑んで、愛しいと思う気持ちが湧き上がり、無意識に彼女の頬に手を伸ばしそうになったのを戒めるように襲った頭痛。

 普段コーデリアと過ごしている時は何も起こらないのに。彼女のふとした仕草や表情や声が、記憶の欠片に引っかかると襲ってくる。


「そんな夢を……ずっと……」


「毎日、というわけではないんだ。それに、もう、慣れてしまった。

 だから、こればかりは、どうしようもないんだ。

 ごめん、却ってデリアに心配をかけてしまったみたいだ」


「ううん、そんなことは……」


「もう、私は大丈夫だから、あまり心配しないで? 

 さあ、今度は王都名物の焼き菓子が食べられる所に案内するよ」


 そう言って、カイルディーンは立ち上がった。


 コーデリアも手を引かれて、彼の後ろを歩く。

 その後姿を眺めながら、コーデリアは、ディーンファルトが戻ってこられなかった理由を知り、唇を噛んだ。


 彼は、千年近く前に亡くなった後、何らかの理由で別の世界に転生してしまったのだ。

 そして、そこで地獄のような経験をした。

 それが、この世界での彼の生まれ変わりの魔法を不完全なものにしてしまったのだろう。

 壊れてしまった魔法は、元には戻らない。

 何もしなければ、きっと彼は悪夢を見続けることになる。

 かと言って、彼の前世の記憶を封じれば、過去のコーデリアとの記憶も消してしまうことになる。彼がもう、約束を思い出すことはなくなってしまうだろう。

 だが、悪夢に苦しんでいるカイルディーンを、見捨てることも出来ない。




 春の陽も暮れかかり、花祭りを満喫した二人は、朝出会った東門で向かい合っていた。


「カイル、今日はありがとう。とても楽しかったわ」


「うん。私も」


 少しの寂しさをその表情に滲ませて、コーデリアはカイルディーンを見上げた。


「花冠もブレスレットも……嬉しかった」


 噛みしめるように呟いたコーデリアに、カイルディーンは少しの違和感を覚えて、アメジストの瞳を見つめ返した。


「コーデリア?」


「……たとえ……貴方が覚えていなくても、私が覚えてる」


「? 私だって、今日のことは忘れないよ?」


 カイルディーンとの少し噛み合わない会話に、コーデリアは小さく笑うと、ふっと表情を変えた。

 そして、いつもの別れの挨拶を告げる。


「そうね。じゃあ、また明日」


「ああ、また明日」


 そう言って、馬車へと乗り込むカイルディーンを見送って、彼女はジルラート達と王城へと戻って行った。


「もう少しだけ、私に時間を頂戴、ディーン」


 それでも、まだディーンファルトを諦めきれなず、あさましくも足掻きたいと思う気持ちを抑えられずにいることを、カイルディーンに心のなかで謝りながら。

余談ですが……

スピンアウトのお話で、ザルディア国王の腹違いの妹、第四王女のリリア姫が粛清を免れたのは、彼女がコーデリアに似ていたから、という理由だけです。

アルディオたちはいろいろと深読みしていましたが。

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