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花祭りへ

 花祭りには、お忍びで行くことになった。

 コーデリアが皇女としてではなく、普通の王都の民として、祭りを見てみたいと望んだからだ。それならば、若い男女が二人でまわっても不自然ではないように、恋人同士ということにして、民達に紛れて楽しもうということになったのだ。

 王国ではコーデリアの顔は知られていないし、カイルディーンも学生時代に街に出る事はあったが、公爵家の者だということが知られている訳でもない。王都の治安は良く、街歩きに危険もないだろう。

 いざとなれば、カイルディーンも自衛出来るほどの魔法は問題ないし、コーデリアに於いては攻撃魔法、防御魔法も自在に使える。カイルディーンの知るところではないが、鬼畜仕様の防御結界もある。

 加えて、近衛騎士達と公爵家の騎士達も隠れて護衛してくれるという話になった。


 そしてジルラートは、クラリッサと恋人に扮して、近くで護衛してくれるらしい。


「二人とも、今日はありがとう」


 部屋で朝食を済ませたコーデリアは、クラリッサとジルラートが今日の為に変装して護衛に付いてくれることに感謝していた。


「コーデリア様、私、こんな時のために付いてきたんですよ。それに、ジルラート様の恋人役なんて、役得ですから」


「ジルは、ご令嬢達に大人気だものね」


「そんなことありませんよ、コーデリア様。クラリッサ、今日はよろしく頼む」


 にこやかに「は〜い」と頷いて張り切っているクラリッサに対し、ジルラートはいつも通り真面目な態度を崩さない。

 そんな彼はすでにいつもの騎士服ではなく、髪型もラフにして少し着崩した平服で、帯剣していても不自然じゃない傭兵姿だ。

 王宮では結構浮いているが、品の良さや端整な面立ちは隠せていない。

 まあ、でも許容範囲だろうとクラリッサは判断した。

 そして、昨晩部屋に届けられた箱を、コーデリアの許しを得て開けてみる。


「ところで、このドレスは公爵家からですか?」


「ええ、カイルがイリス様に今日のことを話したら、用意して下さって」


「カイルディーン様って、不器用な方ですね」


 箱に入ったドレスを手に、クラリッサは思わず小声で呟いていた。

 お母様からだなんて言わないで、自分が選んで贈ったのだと、コーデリア様に言ってあげれば良いのに……と彼女は思う。


「え?」


「いえいえ、なんでも。じゃあ、街娘風に着付けてしまいますね」


 クラリッサは、コーデリアが聞き返したのをサラッと流して、隣室へと促す。

 淡い蒼色のドレスだ。コーデリアの清楚な雰囲気に良く似合うだろう。スカートの丈は少し短めで膝下、石畳を歩きやすい様に踵の低い編上げのショートブーツを合わせると、下級貴族か裕福な商人の娘に見えるかもしれない。その美しい顔は目立ってしまうだろうが、それでも連れがいるのなら心配することもないだろう。

 自分達も護衛につくのだ。

 コーデリアは、何も気にせず楽しめばいい。

 クラリッサは、帝国では一度も見ることのなかったコーデリアの嬉しそうな表情に、今日も彼女が一番綺麗に見えるようにと、ドレスに似合う髪型や化粧を施していく。

 ジルラートの複雑な胸中を察しながらも、約千年越しのコーデリアの恋が実ることを願って。

 ベルン王国の花祭りは、民達が春の訪れを祝うものだけではなく、恋人達の幸せを願う祭りでもあるのだから。




 王城の敷地内には、王宮の他に、軍の施設や、職員の寮や、王城内で働く魔法使い達のための施設などがあるが、魔法研究所はその東門の近くに位置している。

 東門を出たところが、今日の待ち合わせ場所だった。


 ベルン王国の王都は、外郭の中に街があり、中心の王城周囲に貴族の住む屋敷が建っていて、その外側から外壁までの範囲に民の生活する街が広がっているのだ。

 花祭りの間は、外郭の門から王城の正門まで延びる中央大通りの両側にも多くの屋台が並び、また広場では大道芸なども行われている。

 今日は貴族の住む区画を出て街の手前まで馬車で行き、そこから歩いて廻る予定だ。


 コーデリア達が待ち合わせ場所に到着すると、大き目の馬車が待っていた。

 公爵家の馬車だ。

 カイルディーンと彼の護衛が、馬車の前で待っていた。


「おはようございます。今日はお忍びでの花祭りなんて、我儘を聞いてもらってありがとうございます、カイル」


「おはようございます、コーデリア。

 時々は私も身分を隠して街に出ているので、どうか気にしないで下さい。

 あの、いつもとは違う雰囲気ですが、そのドレスも、とても似合っています」


「ありがとうございます。イリス様にもよろしくお伝え下さい」


 互いに挨拶を交わしながら、カイルディーンは眩しそうにコーデリアを見ている。

 だが、遠慮がちに彼の護衛に促され、ジルラートやクラリッサも一緒に馬車へと乗り込んだ。

 公爵家の護衛は馬で並走するようだ。





「ところで、今日は街に出て、その、恋人のフリで歩く予定だから……言葉遣いは、もっと崩せないかな? 庶民のように」


 馬車に乗り込み並んで腰掛けると、カイルディーンは、少し遠慮がちに申し出た。

 その言葉に、コーデリアは稚気満々な様子で返す。


「そうね。こんな感じでいいかしら? ついでに今日、私のことは、デリアと呼んで?」


「驚いた、意外と慣れてる?」


 全く淀みなく切り替えたコーデリアに、カイルディーンは驚きの表情を浮かべた。


「お忍びは、たまに私もやるの。それに、帝国ではいつもこんな感じ。割と気楽なのよ、皆。ね?」


「確かにうちはそんな感じですね」


 コーデリアが向かいに座る二人に視線を向けると、苦笑したクラリッサが肩を竦め、隣のジルラートと顔を見合わせた。


「なにせ陛下が、執務室内や私的な場所で気を遣うとか疲れるとおっしゃられて、非常にだらけてますから。外面を整えておけば問題ないだろう、と」


「え?」


 真面目なジルラートからすれば、「非常にだらけて」になってしまうのだろう。目を瞠ったカイルディーンに、コーデリアはクスクスと笑いをこぼす。


「ダリウスも、セシルも一応は義兄達だけど、側近達も皆、幼馴染みたいなものだから」


「それって皇帝陛下と皇弟殿下か。ずいぶん仲がいいんだね」


「カイルだって、家族と仲はいいじゃない」


「それは、まあ」


「ダリウスやセシルの奥様方にも、すごくお世話になってるわ。彼らの子供達もとても可愛いの」


 コーデリアは当たり前のように言うけれど、「ちょっと違うんじゃ……」とカイルディーンは思う。

 ベルン王国では国王陛下は言うまでもなく、王太子でさえ、言葉は崩すことはあってもきちんと上位者だ。彼の兄弟達もきちんと兄上と敬い、王太子をファーストネームで敬称なく呼んだりはしない。コーデリアは確かに皇女だが、皇家に入った養女という立場だ。側近達も含めて、幼馴染という括りで気を抜いて付き合っている関係が、カイルディーンには意外だった。

 そんなことを考えていると、コーデリアは軽く首を傾げて、続けた。


「ところでカイルは、私と恋人のフリしても大丈夫? その、悲しむ方はいない?」


 え?とコーデリアの言葉の意味を考えて、カイルディーンは慌てて否定した。


「そんな人がいたら、誘ってない!」


「そう? 良かったわ……まあ、見て!」


 つい勢いが過ぎた物言いになってしまったが、コーデリアはあまり気にした様子を見せずに、窓の外へと視線を向けた。

 街が近づいて来たのだ。

 花飾りがあちらこちらに目につき始め、大通りの街への入口に、色とりどりの花で装飾された大きな門が見える。


「ああ、この辺りで馬車を降りて、歩こうか?」


 カイルディーンは馬車を止めて扉を開けると、護衛達が先に降りるのを確認して、コーデリアに手を差し伸べた。


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