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帝国の医療魔法

 病気に対する治療は、一般的に医師による診断と薬物投与による治療が行われている。薬剤は薬師が生成し、医師の診断と治療方針に基づいて、投与されているのだ。

 これは医術と呼ばれ、殆どの病には、その方法が効果的であり、これは帝国をはじめ王国やその他の国々で普及している。

 ただ、人体の仕組みを始め、異世界での科学的な医療に関する知識を持つコーデリアは、感染症や各疾患に対する対処法を、魔法で可能にしてしまった。

 もちろん、コーデリアの未知の知識の辺りは秘匿情報になるのでカイルディーンに告げてはいないが、前提として人体に対する詳しい知識が必要なことには触れた。

 そして今、帝国では、コーデリアが直接指導して試験に合格した者達に、医術では対処できない病に対して、魔法の行使を許可している。皇弟であるセシルもそのうちの一人で、表向きは彼が成した制度という形を取っているので、カイルディーンに伝える際には、指導者はセシルということにしておいた。

 だが、現在の医術による治療も確かに効果はあり、医療魔法使いがごく僅かにしか存在しない現状で、魔法は最後の砦にはなり得ても、一般的に普及させることは不可能だ。

 そこで、ある程度の情報統制を敷いている。


「病の治療に関する魔法は、高度な専門知識を必要とする為、治癒魔法ではなく、医療魔法と呼ばれています。帝国では、特定の教育を受けて資格を持つ、限られた者にしか扱うことは出来ません」


「⁉ コーデリアはその魔法を?」


 カイルディーンは、期待に満ちた目を隠すことなく、思わず前のめりでコーデリアに尋ねていた。


「ええ、もちろん扱えますよ。カイル、お母様の病状を詳しくお伺いしてもよろしいでしょうか?」


 大丈夫、と安心させるように笑顔で答えたコーデリアに、カイルディーンの目頭が熱くなる。

 医術では対処できない病と、彼女は言った。

 それならば、母の病にも、もしかしたら効くかもしれない。

 帝国内でも情報統制が敷かれるような魔法の存在を、外国人であるカイルディーンの為に明かしてくれて、尚且つ、彼女はそれを使ってくれると言う。

 昨日出会ったばかりのカイルディーンのことをそこまで信じてくれて、助けてくれる。

 その気持ちが嬉しかった。


 カイルディーンは、母親の病について、コーデリアに話し聞かせていく。彼女は途中、いくつかの質問を挟み、紙にペンを走らせながら、カイルディーンの話に耳を傾けた。

 彼が全て話し終えると、コーデリアは目を伏せて思考した後、瞼を上げた。まるでアメジストの様な瞳が、真っ直ぐにカイルディーンを捕らえる。


「……実際に診てみなければハッキリとは言えませんが、おそらくは可能かと」


 コーデリアは、慎重を期して明言を避けたのだろうけど、その言葉には、確かな自信があった。

 母の回復は、カイルディーンの、いや家族全員の切なる願いだ。


「ああ!ありがとうございます! 早速両親に話をしても?」


「ええ、ただしこのことはご家族だけに留めておいてください。情報に制限をかけていることもありますが、私は王国に医療魔法の行使に来たわけではないので。

 もちろん、貴方が学びたいなら、その知識を共有することは、可能なのですけれど」


 彼女の言う事はもっともだ。

 コーデリアは、医療魔法行使の為に王国に派遣されてきたわけではない。彼女の技量が周囲に知られれば、それこそ彼女はその対応に忙殺されてしまうし、それが帝国の知るところになれば、即座に帰還命令が出てしまうだろう。

 王国では、医療魔法使いの保護の為の法案もなければ、制限もないのだ。いくら皇女といえど、情と権力に訴えられれば無下にも出来ない。

 今回、カイルディーンの為に特別に彼女がその魔法を使ってくれるのは、おそらく彼がそういう諸事情もちゃんと理解出来て、かつ、この分野の学びを母の為に続けていた事を、コーデリアが受けとめてくれたからだ。


 だから、その信頼を裏切らないように、カイルディーンは家族にもちゃんと伝えることを、彼女に約束した。





 数日後、内密にレガート公爵家にやってきたコーデリアとその護衛は、人払いのされた当主の部屋に通された。

 そこには、レガート公爵とカイルディーンが待っていた。

 互いに簡単な挨拶を交わすと、コーデリアは早速本題に入る。


「最初に、制約魔法の行使に同意していただきます。この医療魔法は、なかなか習得が困難なため成り手が少なく、医療魔法使いの保護と、現行の医師達の立場を守る為、公開はしておりません。ですので、その守秘の為です」


「承知しました。殿下の意向に従います」


 レガート公爵とカイルディーンは、何も聞かずに制約魔法を受け入れる。

 秘密を守らなければ、最悪生命を落とすこともある程の魔法にも関わらず、だ。


「カイル、いくらなんでも、何も聞かずに制約魔法を受け入れるのはどうかと思いますけど。

 せめて、どういう影響があるか位は確認して下さいよ」


「コーデリア、貴女が私を信じてくれたように、私も貴女を信じていますから」


 カイルディーンの言葉に、コーデリアの動きが一瞬止まる。

 全く同じ言葉を、遠い過去にディーンファルトに言われたことがあった。まだ恋人ではなく師弟関係にあった頃だ。あの時と状況は違うけれど、それでも彼の声で、同じ表情で告げられたその言葉に、コーデリアは泣きたくなるのを、咄嗟に表情を取り繕って誤魔化す。


「駄目ですよ。ちゃんとこういうことは、確認して下さい。

 今回の制約魔法は、医療魔法に関することを他者に伝えようとすると、口が開かず声が出なかったり、書くことも出来なくなります」


「あの……コーデリア?」


 カイルディーンが訝しげに首を傾げたが、コーデリアは作った笑顔でそれを流した。

 一方、公爵は小さな驚きをその顔に浮かべる。


「その程度で、いいのですか? 皇女殿下」


「ええ、充分ですよ。それに、あなた方が無闇に他人に話したりしないことは、なんとなくわかってはいるので」


 それより、奥様の治療をしましょう、とコーデリアは二人にサッと制約魔法を掛けて、患者との面会を希望したのだった。


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