お互いを知るところから
翌朝、魔法研究所に到着したコーデリアとジルラートは、職員の案内でカイルディーンの研究室までやってきた。
カイルディーンが二人を出迎えて、コーデリアは室内へ、ジルラートは扉の外に護衛として立つ。
研究室には大きめの机が設置され、椅子が2つ並べてあった。
「おはようございます、皇女殿下。昨日は、良くお休みになられましたか?」
昨日とは変わって、カイルディーンは穏やかな笑顔で、コーデリアを招き入れ、彼女の為に椅子を引いた。
サラサラとした銀色の髪に、透き通った湖のような蒼い瞳を持つ秀麗な彼の顔は、コーデリアの記憶の中にある夫のものより、少し若い。
18歳だという彼は、コーデリアが初めてディーンファルトと出会った時と同じ位の年頃だ。
「おはようございます。はい、お陰様で。お気遣いありがとうございます、レガート公子」
優雅な所作で腰掛けたコーデリアの前に、カイルディーンはまだ立ったままだ。
その場で胸に片手を当て、頭を下げる。
「あの、昨日は失礼な態度を取ってしまい、申し訳ありませんでした。お恥ずかしい限りです」
予想外の謝罪を受けて、コーデリアは目を瞬かせた。
どうやら昨日のカイルディーンの態度に、コーデリアを厭う意図はなかったということか?
「いえ……突然、ファリザートからの共同研究の提案でしたものね。治癒魔法に関して、こちらでは公子が研究を進めていると聞いていたので。あの……お嫌でした?」
恐る恐る尋ね返したコーデリアに、カイルディーンはハッと顔を上げて、首を横に振った。
「とんでもない! むしろこのお話は、私にとって、幸運だったと思っています。
昨日は、その、言い訳に聞こえるかもしれませんが、時々起こる頭痛のせいで余裕がなくて、申し訳ありませんでした」
「そうだったんですね。良かったです……あの、頭痛って、頻繁なんですか? 私でよろしければ一度診ましょうか?」
「ありがたいお言葉ですが、医師には診てもらっているので……」
まあ、そうなるよね……とコーデリアは、小さく笑った。
カイルディーンにとってコーデリアは、見知らぬに等しい魔法使いだ。彼女の力量も、魔法使いとしての実力も、そして、彼女自身のことも、まるっきり信用が足りていない。
まずは、お互いを知ることから……シェリーヌもそんなことを言っていたような気がする。
「そうでしたか。
ではどうぞ公子もお掛けください。早速お互いの知識の擦り合わせから、始めて参りましょうか。
あ、その前に、私のことはコーデリアと呼び捨てて下さいませ。これから半年間、共に研究しながら議論も交わすことになります。出来るだけ話しやすい言葉遣いで、変に畏まらずに、ということにしませんか?」
コーデリアの提案に、カイルディーンは軽く目を瞠って、だがすぐに了承の意を返す。
「殿下がそれでよろしければ、ぜひ。
私のことは、カイル、と。周囲の者達は皆そう呼びますので」
「ええ、カイル。殿下は、やめてくださいね」
「ハハ……慣れるまで、時間がかかりそうだ。コーデリア、これでいいですか?」
コーデリアの指摘に、軽く肩を竦めてカイルディーンは笑った。
そして、ちゃんと「コーデリア」と呼んでくれた。
それだけで、彼女は涙が出るほど嬉しくなる。
互いに名前を呼び合うだけで、少しだけ距離が縮んだ気がして、胸がふわふわと温かいもので満たされていく。
「ええ、じゃあ、始めましょうか」
カイルディーンが席に着いたのを確認して、コーデリアは持参してきた用紙を広げた。
そこには、治癒魔法に関する習熟過程が測れるよう、項目が書き連ねてある。
二人はまず、その項目について意見を交わしながら、互いの持つ知識を測ることから始めたのだった。
「殿……コーデリアは、様々な分野に造詣が深くていらっしゃるのですね。これでは、共同研究というより、私が一方的に教えを請う立場のようです」
「もともと今回の私の派遣は、共同研究というよりも、国の意向で魔法技術共有の意味合いが強かったので、それも良いと思いますけど。
カイルの治癒魔法に対する理解は相当だと思いますよ?」
けっこうな時間二人は議論を交わし、カイルディーンは、コーデリアの知識量に舌を巻いた。
これが、ファリザート帝国筆頭魔法使い補佐の実力なのかと、自身の至らなさが情けなくなるくらいだ。
もともとファリザート帝国の魔法技術は、最先端をいっており、常に新しい知見や論文が発表されている。その環境の中での、筆頭の補佐役がどれだけ優秀なのか、彼女と出会って初めて思い知った感じだ。
カイルディーンも、この国の魔法使いとしては優秀だと自負していただけに、結構プライドが圧し折られた気分だ。
だがコーデリアは、その能力を鼻にかけることも無く、彼のことを尊重する物言いを決して崩さないばかりか、足りないところは分かりやすく解説してくれた。
コーデリアはおそらく20代前半から半ば位の歳の頃に見えるが、一体ここに至るまでどれだけの努力を積んできたのだろう。そして、彼女と治癒魔法について存分に語り合える幸運に、カイルディーンは浮き立つ気分を止められない。
「コーデリアは、どのようにして魔法を学んできたのですか?」
カイルディーンの問いに、コーデリアは柔らかく微笑んだ。
彼女の穏やかな所作が心地よく感じられて、カイルディーンは、気が付くとついつい彼女に目を向けてしまう。
「私はこれまで、多くの本を読んで、いろいろ試してみたに過ぎないんです。魔法は、そうですね……昔、師事していた方に教わりました。
カイルは、なぜ魔法使いに?」
「なぜ……ですか? 生まれつき魔力が多かったのと、魔法が好き、だったからでしょうか」
「魔法が好き?」
小さく首を傾げて問い返したコーデリアが可愛らしい。頷いたカイルディーンは、幼い頃を思い出しながら、彼女に答えた。
「ええ。私は幼い頃なかなか腕白でして、お恥ずかしいことに怪我も多くて。その度に、母が血相を変えて、治癒魔法を施してくれました。その優しい魔法が、私が魔法を好きになったきっかけなんでしょうね」
コーデリアは、懐かしそうに語るカイルディーンを見ながら、ディーンファルトとの過去を思い出す。
初めて彼に出会ったとき、虐待され痩せて傷だらけの少女だったコーデリアを、ディーンファルトが優しい魔法で癒してくれたことを。
そして、大きな魔力をコントロール出来ず、怪我を繰り返すコーデリアに、根気強く制御を教え込みつつ、治癒魔法を使い続けてくれた彼のことを、師として尊敬し慕っていたことを。
カイルディーンの母親との優しい記憶は、自身のディーンファルトとの記憶とも重なって、コーデリアの心を温かくした。
「……素敵なお話ですね。お母様も魔法使いなんですか?」
すると彼の視線は、哀しげに下を向いた。
「以前は、そうでしたが……
母は、最近病に伏せがちで。医師の話では、病状も芳しくなく。
私はせっかくそれなりの魔法使いと呼ばれるようになったのに、治癒魔法は病にはほとんど効かず、私には母の苦痛を取ることしか出来なくて……自分の不甲斐なさが情けないです」
そう言って肩を落とした彼に、コーデリアはおずおずと声を掛ける。
「あの……カイルディーン様」
「はい?」
「帝国では、病に対する治癒も、一部は魔法で行われているんです」
「え?」
目を瞠って驚きの表情を浮かべたカイルディーンに、コーデリアは話し始めた。
ファリザート帝国が魔女を派遣する為に、無理やりこじつけた共同研究名目ですからね。
研究に拘る必要はあんまりないんです。
それに魔女は時間がありましたからねえ。




