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大きなお世話係

 驚いた。

 サーリフではもはや伝説となっている御仁がいる。

 そのお方は国を出てから程なく二十年になるが未だサーリフの至宝と敬われていて、五年前の彼のお方の危機には国を挙げて、いや国元を離れている者ですらお守りせんと剣を握ったという。

 讃えるべき逸話は多い。

 飢饉の年の事。まだ成年もされていない御幼少ながら、父君の宰相様を説得なさり国庫を空にしてまでも民草に食糧を配るよう図られた。

 おかげで他領では出た死者も皆無で乗り切った。

 そして、その翌年には剣にかまける武人達を叱責し、治水と耕地拡大を手伝わせて二年後には空にした国庫を元の倍にまで満たし、サーリフの至宝と渾名されるに至った。

 更には武人に対する手当も忘れなかった。

 玉石混交だった道場の格を外部の者でも分かるように年に一回試合う場を設けただけでなく、やる気のある者、見込みのある者には国に仕えるか否かに問わず援助をし、無論彼等を鍛える道場側も優秀な剣人排出に応じて手厚く褒賞を出すようご領主様と宰相、それに自身が師と仰ぐサーリフ随一の剣聖に進言し、了承させた。

 以降一層に、流石はサーリフで剣を学んだ者と他国でもサーリフの剣人は重用され、また他国の武人がサーリフにて修行を希望するようになった。

 他にもサーリフでの逸話は沢山残されているが、主国リデルへの人質としてご領主様の遠縁ながら当時は継承権一位の生誕間も無い御子に代わって宰相子息として身代わりを申し出られ、国を出られた。

 その後もリデルにて才を求められ、数多なる武勲をたてられたそうである。

 そのお方が。


 サーシャはサーリフの出自である。

 といっても只の農民の娘で読み書きも出来なければ作法を習った事もなく、サーリフの安宿で下女として働いていた。

 器量も気立ても悪くはないが、それは町娘としてのほどで貴族に見染められるようなものではない。

 見染められたのは、回復魔術の才であった。

 それもまた、才、というほど優れたものではなかったがリデル本国から来た剣人のささやかな傷を治癒したがために魔術が使える旨が知れてしまい、魔術士はリデル本国に仕えるべきという規律に従って召喚され、なんだかよく分からないうちにリデル貴族の館の下女として働く事になってしまった。

 少なくとも休みも給金もある自由民だが、貴族街から出で自由に振る舞う術もしらず下女には誰も教えてくれぬので、リデルに連れて来られてからのサーシャはまるで奴隷さながらに屋敷を出ることもなく働き続けいた。

 そんなある日の事。


 サーシャは虜囚の世話をしろと牢に連れて来られて驚きに息をのんだ。

 男が一人。

 激痛に耐えているのであろう。

 眉間に皺がより、荒く息を吐いて、乱れた髪が浮いた汗と流れた血にまみれて首に絡んでいる。

 それでもなお姿勢を正し、苦鳴の一つも漏らす事なくあまつさえ口元に笑みすら浮かべているのだ。

 やつれ傷だらけになっていてさえ、一目でわかった。

 このお方はサーリフの至宝様だと。

  国ではあちこちで見られる幼き頃のリュヘル様の肖像画の面影通りの方が目の前にいる。

 死なせぬ程度に世話をしろと任されたのはサーリフの者なら誰しもが敬愛するお方だった。

 ああ、それが何故!

 こんな処にこの様なお姿で囚われているのか。

 驚きのあまり立ち尽くしたのも一瞬の事。

 サーシャは慌てて回復魔術をかけ始めた。

 腹立たしいほど、ささやかな魔術だ。

 すぐ魔力も尽きてしまう。

 情けなくて涙が溢れる。

 せめて寝台に寝かせて差し上げたいが、サーシャの力では男一人を抱え運ぶのは無理であった。

 なんとかズルズル引きずっていると、察したのか自分から這って寝台に転がりこんでくれたので、水差しで水を飲ませておしぼりで身体を拭う。

 それくらいしか、サーシャに出来る事は無かった。

「ああ、リュヘル様。どうか死なないで下さい。」

 あとはおろおろとリュヘルの頭を撫でながら祈るしかない。


 喋れないのは辛いな、とリュヘルはぼんやり思う。

 ほんのりと回復魔術がかけられ、水も与えられてじっとりした身体も清めてくれた。

 それは良いのだが。

 何故かそのあとは頭を撫でられている。

 子どもじゃあるまいし正直鬱陶しいから止めさせたいのだが、舌足らずで多分言葉になっていない為に伝わらない。

 時々ポタポタと頬に水が垂れてくる。

 泣いているのだろうか。

 小さな手だから多分、女だろう。

 酷いなりをしているから怖い思いをさせてしまったか。

 身体の傷は事が終わって解放されたらシロに高位回復魔術をかけさせれば済む話で、少々痛みはするがそれ以上にこのゴタゴタ騒ぎの戦力外になれて幸運だと思っている。

 これだけ場が盛り上がればジャムスも動くだろう。

 イズールの二大商会、トファトフェンとウィラード商会の資金力を後ろ盾に、エリムと獣人、幻獣まで動員すれば分は良いはずだ。

 リュヘルがリデル本国に居たのは遥か昔になってしまったが、何名かの貴族は懐柔済みでいざ事あればジャムスに付くように頼み込んである。

 ミルガルムやジャムス自身もそれぞれに手駒を持っているだろう。

 鬼門はやはりサーリフか。

 座して動かぬが一番扱い易いのだが。

 一部の剣人がリュヘル奪還で暴れる分にはまだ良いが、国を挙げてリデルに牙をむけば。

 サーリフの至宝と呼ばれた男のせいでサーリフは滅ぶ事になる。

 流石にそれは、割りに合わない。

 かといって自害もこのなりでは出来そうにないし。いやあ、残念だ。

 本当に敵ながら、よくぞここまで思い切り良く追い詰めてくれた。

 こうなると出来る事もないから寝るしかないな。

 あと、頭撫でるのをどうにかやめさせられないか。

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