サーリフの至宝
後半に残虐な記述があります。
苦手な方は読み飛ばして下さい。
「つまらん話だな。」
意外にもミルガルムはたどたどしいヌコの話を黙って聞き終え、一言感想を述べた。
それきりじっとヌコを見つめたまま何か考えこんでいる。
別にヌコを見ているというよりは、考え込むあまり視線が一点に留まり、そこにたまたまヌコが立っているだけだろう。
「くそっ、眠くて考えがまとまらん。」
「あの。」
「なんだ?」
「砦を通して貰えませんか?ウィラードに伝えたいんです。」
「まあ、待て。それより、貴様は何者だ?」
低い声にぞくり、と毛が逆立つ。
誰何されたフェルクは平然と所属と名乗りを上げる。
「何者か、と聞いている。それとも猫を鳴さないと喋らんか?」
「おお俺、関係にゃいです!」
がたがた震えるヌコの頭をよしよしとフェルクが撫でる。
「本当に関係にゃいんですってば。」
「何者というほどの者ではありませんが、私はサーリフの出で本来ならリュヘル様にお仕えする立場でした。」
「リュヘルの間諜か。」
「いえ、リュヘル様は私の事などご存知無いと思います。至宝様のお役に立てれば光栄なのですが。」
「至宝?あー、そんな渾名もあったなあ。じゃあサーリフの手の者か。」
「手の者という程でも。単に兵役で配属されただけです。」
「うん?じゃあお前は誰の紐付きでも無い?いやでも兵役で来た奴が門兵とは言え隊長になれるか?やはり誰かの差し金が、」
「いえ、普通になれました。」
フェルクとしてもその辺りは苦笑するしかない。
生粋のサーリフ剣士で、模擬戦とは言え前任の隊長を軽くあしらいはしたが。
「おお、そうか。良し、今日から俺の直属になれ。」
「それは光栄ですが、もう少しで兵役が終わります。」
「副司令の寝所に殴り込みをかけた罪であと十年兵役な。」
「うっ。く、国に残して来た子どもが。」
「おー。育ったらここで雇ってやろう。」
「ネズミ取りしか出来ませんが、直ぐに連れて来ても良いですか?」
「猫みたいな子どもだな。」
「はい、猫の子です。」
あれ?とミルガルムは首を傾げた。
そういえばこいつは護衛兵叩きのめしてまかり通るような奴だった。
しまった、また変な奴をスカウトしてしまった。
「あのう。俺、通して貰えますか?」
おずおずと主張する黒猫をミルガルムはまたじっと見る。
獣人にしては人に慣れているし、よく躾られてもいる。
少々臆病だが言動はしごくまともだ。
何より、猫耳だ。
「よし、お前も今日からフェルクの部下だ。」
「いっ?い、嫌です!あ、そうだ。俺はウィラードの奴隷、主人持ちです!だから無理です!」
ここぞとばかりに奴隷証紋を見せびらかす。
にたり、とミルガルムは笑った。
「そうか。では、後でウィラードに金を払っておこう。黒猫、お前は今日からここの飼い猫だ。」
「ね、猫じゃにゃいー。」
「いやあ、最近ネズミが多くてなあ。丁度良かった。お前達は扉の前で朝まで不寝番をしてろ。俺は少し寝む。」
「はあ。あの、リュヘル様の件は?」
「あん?番頭が消えただけだろう?これでサーリフが動けばネズミも減るか。あの阿呆にしては上出来上出来。どんな下手を打ったか知らんが冷酷が拉致られるなんて笑えるな。夢見が良さそうだ。」
はあ、とフェルクが不満そうに返事を返す。
「リュヘル様を阿呆呼ばわりされる方にお仕えするのは流石に承諾出来ません。」
え、問題にするのそこ?とヌコがフェルクを振り返るのを見て、ミルガルムは満足気に頷く。
やはり猫は常識人。こいつらはセット飼いがいい。
「わかった。俺もど阿呆呼びごときで敵を作る気は無い。サーリフの至宝お坊ちゃんの件は起きてから考える。兎に角今は眠らせろ。俺はすごーく、眠いんだ。」
言うだけ言って、目を瞑ると本当に寝てしまう。
「今、ど阿呆って、こいつ言ってたよな?」
フェルクの笑顔が、怖い。
「き、聞こえにゃかったにゃ。しほーって言ってたにゃ。」
「そうそう。リュヘル様はサーリフの至宝と呼ばれていてな、」
結局、相変わらずミルガルムは一方的に話を決めつけてくるし、フェルクの不寝番に、というよりも朝までリュヘルの素晴らしさを滔々と語るのに付き合わされて、ヌコは心底から疲れ果てたのだった。
その頃のリュヘルは非常に不本意ながら虜囚の身にあった。
マルと炭が来た事で商会の仕事を押し付けてのんびりと平穏な日常を取り戻したのだが、ゆったりと散歩になど出ている間に事は起きてしまった。
イズール在留のリデル貴族の屋敷にルルリンが召喚されて送り出してしまったというのだ。
迎えの馬車がやって来て半ば攫うように連れて行かれたらしい。
商会仕事には関係なかろうと、リデルの継承権争いやリデルとサーリフの力関係、そして自分とサーリフの繋がりを説明しておかなかったのが裏目に出てしまった。
危惧した通り、ルルリンの少女達は釣り餌で難癖をつけてリュヘルを呼び出しにかけて来た。
「参ったな。リデルの継承権争いが飛び火してきた。」
珍しくリュヘルがマルと炭、ヌコに相談をしてきた。
「俺が出ないと、獣娘達は良くて皆殺しだな。」
「良くてってどう言う意味にゃっ!」
「言葉通りだ。黙って聞いていろ、黒猫。」
「リュヘル様が向かわれると、どうなりますか?」
マルが尋ねた。
「商会としては居候一人処分出来て、金蔓が戻って来る。近いうちに戦いもおきるし稼ぎ時じゃないか?」
ため息をついてリュヘルが展望を述べる。
「戦い?」
「五年前の獣人達との手打ちの時にな。俺は詰め腹を切らされそうになったんだが、俺を助命する為にサーリフがリデルに弓引いたんだよ。あの時はなんとかウィラードと軽薄殿下が鎮めたんだが。」
あまり話したくなさそうにリュヘルが言う。
「何でかしらんが、俺はサーリフの重鎮とされていてな。俺の身に何かあったら今度こそサーリフはリデルに戦争を仕掛ける。」
「なんで、そんな奴がここで居候しているんだ。迷惑な。」
炭がもっともな感想を述べた。
「全くだ。俺の事など放って置けば良いのに。」
他人事のようにリュヘルも頷く。
「まあ、そういう訳で俺の身柄を抑えてサーリフを手駒にという思惑だろうなあ。サーリフがキレてリデルと戦うか、サーリフを手勢にしてリデルで内乱を起こすか、どちらにしても戦いだ。」
「いったい誰が…。」
リデルの継承権争いについては周知なので、ルルリンを抑えている貴族がどの陣営の手の者かと首をひねる。
「ジャムスならこんな悪手は打たないだろうが、あれの手の者はどうだかなあ。さてと。」
話している間に考えがまとまったのかリュヘルが手を叩いた。
「どのみちリデルの継承権争いは一触即発だろう。ヌコはウィラードを呼び戻して商会の対策をさせろ。タンは今すぐ幻獣の棲へ飛んで、獣人どもの護衛を頼め。カクヒシャはサーリフへ走らせろ。彼処にはハルが居るだろう。あいつにシロを使わせてサーリフを抑えつけるように言え。マルはタンが戻るまで他の手が伸びないようここを守れ。」
「リュヘル様は?」
「小娘達では時間稼ぎも出来ないだろう。仕方ないから出かけて来るさ。」
「…独りさぼる言い訳にしか聞こえんな。」
ぼそり、と炭に言われて苦笑する。
「さぼると言うよりはこちらが本業なんだが。元々俺はサーリフがリデルに差し出した人質だからなあ。俺の奪還にサーリフが動くのは本末転倒だ、全く。」
そうして、不本意ながらも獣人娘と身柄交換で拘束されイズールに留められるかという淡い期待も即時砕かれてリデル本国へ護送という名の拉致、保護という名の監禁で今に至る。
リデルについて早々にサーリフの出でエリムの将なら腕が立つのだろう危険だ、と両手足が斬り落とされる。
頭も、弁も良く回るらしいな、と視力と聴覚を潰されて舌も切られた。
おかげで黒幕を探る手段が無い。
敵ながら徹底していて、感心する。嬉しくはないが。
身の回りの世話は誰がしているのか分からぬが以後は丁寧に扱われ、傷跡は疼くが他に嬲られる事は無かった。
全く本意ではないが、これはこれで楽だな、とリュヘルは思う。
ここまでされてしまったら、文字通り手も足も出ない。流石に炭でもこの姿を見たらさぼっているとは言わないだろう。
とりあえず、昼寝、いや昼かどうか分からないが惰眠を貪り放題だ。
うん。これはある意味理想的生活だ。全く不本意だが、仕方ない。
これ程残虐な仕打ちを受けながらも平然と口元に冷笑を浮かべるリュヘルを見て、最初に彼を捕らえたリデルの貴族は悪夢に取り憑かれ不眠になり痩せ衰えて代替わりをする羽目になったのだが、無論リュヘルは知らない。




