エリム砦の悪夢
「あの、俺はただ開門を待っていただけです。」
急ぎではあったのだが流石に夜中にエリム砦の門をくぐるのは無理だろうと、閉ざされた門の脇に腰掛けて、ここまで駆けてきた疲れを癒すために目を瞑り夜明けを待つ筈が。
何者だと誰何されて、引きずり立たされ門の中に連れ込まれた。
運悪く暗殺者の襲撃があった直後で砦の中は慌ただしく殺気立っていて、完全な不審者扱いで問答無用に縛り上げられる。
自分はウィラード商会の者で、至急ブライデルに行く所用がある、怪しい者ではない、と必死に訴えるが商会なら何故空手で単身なのかと更に問い詰められる。
ひしひしと身の危険を感じたところに馴染みの内門衛兵隊長がやって来て、じっとヌコを眺めた。
疚しい事は無い。
ぐっとヌコも睨み返す。
見つめ合う事数分。
疚しい事は無いのだが、何でここでにらめっこをしているんだろう?
俺、愛想笑いでもした方が良いんだろうか?
あれ、それとも挨拶しなくちゃいけなかったかな。
なんで、この人じっと見てくるんだろうか。顔になんか付いてたかな?魚節?
そわそわと目を細めて、縛られているから両手を揃えて口元を拭う。
「おー。猫っぽい。」
隊長が初めて口を開いた。
「猫じゃにゃい!」
「久しぶりだなヌコさん。今日は独りか?」
全く意に介さず耳の付け根を掻いてくる。
たまに人間には猫狂いな奴がいて、失礼にもヌコを猫呼ばわりして遠慮無しに撫でくる者がいるのだが、この男、フェルクもまさにそれだっだ。
「尻尾、治さないか?不便だろう。」
「猫じゃにゃいと言ってるだろう!」
「おー、ごめんな。実家のクロを思い出して…。で、ヌコさん。こんな夜更けに開門待ちだって?」
穏やかに言われてほっとする。
「はい。至急ブライデルに居る商会主の指示を仰ぐ必要があって。あの、開門まで外で待ってます。」
「今日は余程の免状持ちでも無ければ通行許可は出ないぞ。それもな、解いてやりたいけど今はちょっとな。出直すか牢でよけりゃ泊めてやるが?」
手の縛を指しながら物騒な事を言ってくる。
「そんにゃ。ああ、そうだ、まさかここに番頭さん来ていませんよね?」
「他に誰か来るのか?」
隊長の目がすっと細まる。
「え?いえ、そういう訳ではにゃいです。実はうちの番頭さんがどうも誰かに攫われたらしいのですが、あの、もしかして、こちらに連れて来られてにゃいかなと。」
妙な話に隊長は首を傾げる。
「いや、人攫いはしていないが?」
「す、すみません。そういう意味ではにゃくて。うちの番頭さん、ここの出にゃんです。先日も殿下が遊びに来て、戻るように言って来たらしくって。」
「番頭さんとは、まさかリュヘル様の事なのか?」
「は、はい。」
「リュヘル様が番頭…。で、攫われた?え?あの方を攫う?」
「た、たぶん。ルルリン隊の子がリュヘルさんの剣を持って帰って来て。」
リュヘルの名が出た途端に顔色が変わった隊長に問われるまま、経緯を話す。
リデルの貴族からルルリンの召喚があった事。
何故か因縁をつけられて、リュヘルが呼び出された事。
そのまま、リュヘルだけ留め置かれリデル本国に連行されて後は行方知れずな事。
留守番の者ではどう動くべきか判断が出来ずにブライデルにいるウィラードへ指示を仰ぐ為にヌコが走っている事。
ついでに此方へ来ていないか訊いてみるようリュヘル同様にエリム砦に居たことのあるマルに言われていた事。
フェルクは何やらふむ、と頷いた。
それから、ちょっとここで待っていろ、と言い置いて何処かへ行ってしまった。
ヌコは見張りに残った兵に手縄を解いて貰えないか伺うがにべもない。
仕方なくそのまま床に腰を下ろして目を瞑る。
疲れたし、ひもじい。
砦を抜けれたら大蜥蜴を借りて最速で森を抜け、幻獣の酒場でバニィの飯をたらふく食べたい。
うと、と寝落ちかけた所で耳を引っ張られた。
「うにゃ!」
「ミルガルム様が話を聞きたいそうだ。」
「みったんが?」
「みっ?…お前、副司令とどういう関係だ?」
「え?」
寝ぼけて要らぬ事を口走ったらしい。
「どんにゃ関係もにゃいです!」
「…まあ、いい。ついて来い。」
腕を引いて立たせられ、そのまますたすたと歩き出す。
「はあ。本当に話を聞いてくれるのかにゃあ。」
ミルガルムといえばいつも一方的に喋り倒してどっかに行ってしまう印象しか無いのだが。
「心配するな。正直に話せば無体な事をするお方ではない、と、思う。」
ヌコの憂鬱な表情を連行される不安と読みとったフェルクが安心させようとして、余計に不安を煽る。
「よしよし。大丈夫、その時は俺が止めてやる。だから耳撫でていいか?」
「いいも何ももう撫でられてます。俺は猫じゃにゃい!」
「うんうん。いいなあ。はー、猫飼いたいなあ。」
「だから猫じゃにゃいって!」
「戻ったら魚節やるな。」
「猫じゃ…魚節は貰ってやってもいい。」
「はー、猫飼いたい。おっと、ここだ。」
ようやく耳から手が離れた。
それにしてもこの男。
獣人並みの速さで走り抜けつつ片手でヌコの毛並みを堪能し、片手で止めに入った衛兵を殴り倒して息もきれていない。
こういう奴を何というか、ヌコは知っていた。
変態だ。
ドンドンドンとフェルクが扉を叩く。
「入れ。」
と、中から返事があった。
この声は、変態の親玉だ。
独りの方が速く走れるとヒシャカクさんを置いて来てしまったのを今更ながら後悔する。
尻尾が無くて本当に良かった。
あったら今頃足の間に入り込んでいただろう。
耳がぺったり頭に貼り付いていて、フェルクには怖がっているのがもろバレしている事にヌコは気付いていない。




