大山鳴動幻獣沢山
炭は飛んだ。
幻獣としては並、とリュヘルに言われたが実際には下の下であり竜の力はあまり無い。
人を運べるほど大きくもなく、イズールから休みなく飛べる距離も短い。
速さで言えば、風をきって走るヌコの方が速いかもしれない。
それでも関所にとらわれずに進める分、棲へ戻ったのは炭の方が早かった。
「ルルリンの、護衛ですって?」
あらー、何しに戻って来たのー?とゆるく声をかけてきた友人に事の次第を話したとたん。
肩を鷲掴みにされて、今まで聞いた事もない低い声で反復された。
「ああ。リデルがキナ臭くなってきたので護衛をつけようという事になり、手を借りに来た。」
「それは何人くらい必要?女でもいいの?何か特別な条件はあるの?」
「に、二、三十人くらいいると助かる。女だろうが男だろうが獣人にしてみれば怖いのは同じだろう。そこは我慢させるからどちらでも。条件も、護衛の任だから強ければ強いほどいいが、そうは言っても人間相手の客商売だからお前のように程々そつなく出来る者の方がいい。」
「そうかー。うっふっふー。あたしの出番かー。よし、親友。心の友よ!手伝ってあげるわっ。」
これまた聞いた事のついぞない有頂天な声で言って、炭の両手を握りしめてブンブン振ってくる。
大体同じようなやり取りを繰り返し、あっという間に幻獣護衛隊三十名が勢ぞろいした。
「もう、全く。そんなに暇なら商会の仕事も手伝ってくれたらいいのに。」
「はあ?何で人間の手伝いをしなきゃならないのよ。」
最初に名乗りを上げた蒼龍の凍流が嫌そうに言った。
「そんなに嫌うものでもないと思うけどな。」
「あのねえ。どんだけ人が良いのよ、あんな目に遭っておいて。」
ふらふらと人間のところに遊びに出で百年ばかり奴隷落ちしていた炭であった。
身体を病んで奴隷商に戻され大特価のセール品にされていたのをたまたま通りかかったリュヘルに買われ、助けられた。
手持ちの金額まで値切るから血でも吐いてのたうち回れと耳打ちされた時には笑ってしまった。そんな必要も無いくらい正真正銘の死に体だったというのに。
「あんな目から助けてくれたのも人間だし。それに恩というだけでなく彼奴ら面白いからなあ。まあ、退屈したら手伝ってくれ。」
「面白いねえ…。」
ふん、と凍流は鼻で笑い捨てた。
「まあ、いいわ。ルルリンちゃん達の事はあたしに任せなさい!さあ、直ぐにイズールへ行くわよ!」
「「「おー!!!」」」
今にも飛び立とうとする仲間達を慌てて宥める。
「ちょっと待った。一応長老様に話を通してくる。」
「うー。仕方ないわね。早くしてよ?」
着の身着のまま、せっかちな者は既に竜化してしまって出立しようとしているのをなんとか押しとどめ旅支度をついでに促しておく。
しぶしぶ、一旦解散し各位が必要な物を取りに行く。
とは言っても大体の者は異空間収納に着替えなど突っ込みぱなしであるので部屋に戻って持ってくるのは愛でて眺める為に飾ってあるような物。平たく言えば、ルルリン等身大抱き枕とか、そんな感じの物なのだが、自身の収納空間が狭く日頃から人間と同じように箪笥やら鞄やらを活用している炭は気付かずに肌着の替えくらいは用意して欲しいとかぶつぶつ言いながら長老の部屋に向かう。
「焔様、いらっしゃいますか?」
「ああ。」
力無い返事にため息をついて扉を開ける。
中には黒龍の長が堂々とした竜形で横たわっていた。
いや、堂々としているのは体格で、態度はむしろしおっしおだ。
「いい加減立ち直って下さいよ。人間の寿命なんて短いし、お嬢もすぐに戻って来ますから。」
「…何用だ?」
「あー、ええと。ルルリンの護衛に三十名ばかりイズールへ連れて行きます。」
「またあの商会絡みか。護衛というが何かあったのか?」
「はい。実は、」
リュヘルがぼやき混じりに推察したリデル継承権争いとばっちり説を話す。
「リュヘルが投降したからこの先ルルリンに危害が及ぶとは思わないのですが、念のためにと。」
「わかった。」
「皆には自身の安全を優先するように言い置きますので、」
「リデルを壊滅させれば済むな。行ってくる。」
「はい?」
のそり、と焔が立つ。
めらめらと紅蓮の炎で焼かれるような幻視。
止めなければ、と思うも声が出ない。
気魄に当てられて、声どころか呼吸すら危うい。
はくはくと喘ぐが段々と意識が遠のきふらついた時、ばたんと扉が開いて誰かが炭の身体を抱きとめた。
「落ち着け焔!炭を呑み込む気か。」
「貴方という人は、全く。」
べしんっ、と耀華が持っていたお玉で焔を叩いた。
蓮は蒼白の炭に回復を施す。
幻獣の例に漏れずささやかな効果だが、しばらくすると血色も戻り炭が目を開けた。
薄眼を開けると、正座した竜が妻に説教をされていた。
これ、見てはいけない奴だ。
慌てて目を瞑る。
蓮が苦笑して、炭を外へ連れ出した。
「大丈夫か?」
「はあ、ご迷惑をおかけしました。」
「お前はもう少し自分を大事にしろ。力無いのだから、焔に喧嘩を売るような真似はよせ。」
「そんな恐ろしい真似はしませんよ。人間の内乱に巻き込まれそうな旨をお伝えしたらリデルを壊滅させてくるとお怒りになって。」
「どういう事だ?」
蓮に訊かれて再度説明をする。
これで、蓮まで壊滅とか言い始めたらどうやって鎮めようかと、後ろ暗い事もないのについ上目遣いになってしまう。
「そうか、それは大変だな。それでは後から来るヌコを手助けしてあげよう。」
危惧した態度のかわりに余計な手伝いを申し出られる。
「それは私が行く。」
後ろから焔の声がかかり、びくっと炭は振り向いた。
人型に戻り、耀華に未だぽんぽんとお玉で叩かれている焔が居た。
「ええと、あの、それは。」
「婿殿の手伝いをするだけだ。悪かったな、炭。」
「それでは私は炭を手伝いましょうか。」
蓮が涼やかに言った。
「はあ。」
「私だけでは心許ないですか?水無を呼んできましょうか。」
「滅相も無い!やめて下さい。」
慌てて炭は懇願した。
幻獣は俺くらい並みの奴が良いと言っていたな、リュヘル。
炭は心の中で謝る。
特上の長老達がまた出張ってしまったよ、すまん。俺の手には負えません。




