ヒシャカクが行く
「開門たのもー。」
「ハル殿ー!」
夜中である。
ドンドンドンっ。
傍迷惑極まりない。
新参の門下生、ヒースが仕方なく起き上がり門へ向かう。
ハウンゼルで衛兵の訓練を一通り受けた筈だが、サーリフではお子様剣士と同等の扱いで、実力的にも同等。毎日修行しながらも気分はぺこんぺこんである。
「一体なんなんですか。朝に出直して下さい。」
「その匂いはヒースだな。」
「ここにハル殿が居ると聞いたぞ。至急の用だ。」
「ハル殿ー!お話がありますー!」
「リュヘルとリデルが大変なんですー!」
ドンドンドンっ。
「分かりましたっ、今開けますから。ええと、」
ありますさんじゃなくて…と、寝起きのぼんやりした頭で二人の名前を思い出そうとする。
「ヒースさん、どうかした?」
暗闇からすっとシロが現れて声をかけた。
「あれ?ヒシャカクさん。どうしたの?ヌコに何かあった?」
眉をひそめて問いただす。
「隊長とは別行動であります。」
「ハル殿に話があるであります。」
ピシッと背筋を伸ばしてご報告。
さっきまでと随分態度が違う。
「わかった。今ハルを起こしてくるから、ライカさん?どこか話せる処はありますか?」
「キシン様の処へ案内しよう。今、リュヘル様が大変だと叫んでいたな?」
こちらもまたすっと現れる。
俺、起き出す必要無かったよね?これ。
ヒースはしみじみ悲しかった。
「リュヘルがリデルに連行されたであります。」
「至急ハル殿に話があるのであります。」
ライカへもピシッとした言動で返事を返している。
でも、番頭さんは呼び捨てなんだな、とヒースは気がつき、この態度の差は力関係では無いのかと密かに安堵する。
ヒースには残念な事に、黒猫隊の態度の差は彼らとの力の差であった。
リュヘルに関しては大分前に労いの上膳へ酢をふりまかれて以降、意趣返しに呼び捨てにしている黒猫隊で、もちろん陰口である。
本人の前で呼び捨てる勇者はヌコだけだ。
しかも毎度手酷くやり返され、その都度ハルが取りなしヌコを守った。
結果、黒猫隊はハルを異質な幻獣ながらも仲間だと信頼している。
そんな話はさて置き。
暇なので、シロの修行を見学に来ていたハルだが、途中から眠ってしまった。
今迄の旅の疲れが出たのか、夜になってもぐっすりと起きないので宿にはもどらず修行組と共に今夜はここに泊まっていた。
「ハル、起きて。カクさん達が至急の用だと来ているよ?」
「うぇ?」
焦点の定まらないまま、ぬぼーっと起き上がる。
春人の頃から眠りは長かった友人をシロはもう一度ゆり起こす。
前世の過労死もメンタル的なものより睡眠不足による体調異常が原因だったようだし。
「何だろう。番頭さんでも怒らせて追い出された?」
「違うのであります!」
「リュヘルが拉致されたのであります!」
ずずいと布団の上にあがりこんでヒシャカクさんが言う。
「うぇえ?」
見ればシロとヒシャ、カクだけでなくライカやキシン、ヒースまで取り囲んでいる。
「や、優しくして、ね?」
お約束のボケをかましてから、ぱんっと頬を叩き目を覚ます。
ちょっと只事でない感じ。
特にキシンとライカの眼差しが、尋常でない。
「で、何事?つうか、その前にトイレ。」
夕方から寝落ちでお子様体型なんですもの。もう膀胱限界です、ごめんなさい。むしろ起こしてくれてありがとう、な感じ。
すっきりして戻ると、業を煮やしたカクさんがもう話を始めていた。
「それで、リュヘルがリデル本国へ連れて行かれた。そこまでは追跡出来たのでありますが、その後は行方がわかりません。」
「え。ちょっとどう言う事?」
「投降前のリュヘルの指示で、隊長はブライデルへウーを呼び戻しに行ったであります。」
「タンとマルは手分けして幻獣の協力を取り付け、他の商会員の護衛をするよう任されているであります。」
「我々はここに来てハル殿にシロ殿を焚きつけさせ、サーリフを牽制するよう動いて貰うよう指示されたであります。」
「えーと、既に俺の頭越しに話が進んでいるよね?寝なおしていい?」
ちらとシロを見ると難しい顔で何やら考えている。
「それは、リュヘルさんの指示ですよね?」
「そうであります。」
「ハル、君の意見は?」
「前提がよく分からない。何故リュヘルさんが狙われた?あんな人を攫う意味あるのか?」
味方ならまだしも、敵として囲おうなんて危険過ぎる人だ。
商会への嫌がらせなら、ルルリンを襲った方が効果的だ。
リュヘルへの個人的な因縁なら、あの人の人となりを知っているということで、自分なら絶対に陣地へは連れ帰らない。というか、そもそも犬にでも噛まれたと思って忘れる。
ウィラードも最初はそんなスタンスだったが、リュヘルやナーダルの方から擦り寄って来たからなあ、気の毒に。
「リュヘル様の身柄を抑えれば、サーリフを好きに動かせる、と思われたか。」
ハルの疑問を察したかのように、キシンが呟いた。
「前提はね、リデルの政権争いがいよいよ本格始動した、ということらしいよ。」
「うーん?でももうエリムの将、ジャムス殿下の配下という訳でも無いのに今更なんで。」
「それはリュヘル様がサーリフの至宝だからだ。」
「その二つ名は聞いた事があるけど…ご領主様や宰相様の身贔屓という話では無いのか?」
「身贔屓、と言えば身贔屓だが。国を挙げて、リュヘル様は身贔かれている。」
「え、待った。サーリフに来る度にご領主様に呼び出されてリュヘルさんの近況を聞かれるのって、もしかして公式の事だった?」
「無論。お主らからの情報で、都度リュヘル様にご不便が無いよう使いの者が色々動いている。気付かなかったか?」
「時々、すごーく腹黒い顔で出かけて行きますが、それかなぁ。」
もうね、身に纏う空気がやばいんですよ、番頭さん。
ところで腐れ縁の友人のオーラも少々穏やかならぬ感じになっている。
「ハル。僕は手を貸したく無い。商会には関係無い話だろう?」
「関係無くは、ないけど。あの人、番頭さんだから。」
「では、リュヘルさんを探して商会に連れ戻す手伝いはしてもいい。君やウィラードが望むならね。でも、」
冷ややかな眼差し。
「あの人の采配で動く気は無い。」
頑なな拒否。
多分シロはエリム砦でのウィラードへ対する仕打ちを許す気は無いのだろう。
シロが嫌がる事をわざわざさせるつもりもない。そもそも説得出来る気がしない。
ああ、だから先ず俺に話をして、俺からシロへ話をさせる気だったのか。
ハルは漸く納得した。
カクさん達が焦れてすっ飛ばしてしまったけど。
間の悪い沈黙が降りた最中。
「む、また来訪者か。」
ライカが気配を感じたのか立ち上がって、門へ向かい、またすぐに戻って来た。
「キシン様。ご領主様から至急の呼び出しです。リュヘル様絡みの様で、お主ら商会の者からも話が聞きたいそうだ。」
「…二度寝は無理かー。なあ、シロ。お前は友達だけど、リュヘルは仲間なんだ。悪りい、少し付き合ってくれ。」
親しき中にも礼儀有り。ハルは深々、布団の上で土下座した。
「それ、最終奥義じゃなかったっけ?」
「おう。俺の必殺技。お前にはあまり効かないんだけどなー。」
にへら、と笑ってちび幻獣が立ち上がる。
成る程、とキシンは心の中で呟いた。
リュヘルがどう見ても才気溢れる青年へではなく、この子ども幻獣へサーリフを託した事を。
では、老体はその意を汲んで、この子どもの後ろ盾になろう。
暗闇の中を一行は領主館へ向かう。




