贈り物
領主館に着くなり執務室へ通された。
壮年の領主と、リュヘルの父である宰相、他重鎮と思しき男達が蒼ざめた顔で待っていた。
「その荷物は、」
ヒシャが机の上の箱を見て顔をしかめた。
「知ってるの?」
「急ぎの荷で、馬車が出るというので便乗して来たのであります。」
「…見ても?」
少し、腐臭がする。
嫌な予感しかしないが、領主が頷いたのでシロはそっと箱を覗き込み、しばし眺めたあとパタンと閉めた。
「何?」
「ハルは見ない方がいい。ヒシャさん達も荷物の一部だね。一緒に運ばれて来た。」
「え?」
はあ、とシロは息を吐いた。
「ねえ、ハル。これに本気で関わるつもり?」
「ええと。それ、何?」
「成年男性の身体の一部。ここに届くという事はリュヘルさんの、でしょう。痣や刺青などの特徴はありましたか?」
「確定出来るものは無いが、私の、型に似ている。」
宰相が自分の掌を見つめて言った。
「ハル、倒れそうだよ、座って。どうする?僕が話を進めていい?」
「て、手遅れって事?そんな、」
すとん、とハルは床に座りこんだ。
「生死でいうなら生かされていると思う。状況は分からないけど生身から斬り落とされている割に防御創も拘束痕も無い。あの人、僕の事、織り込み済みだね。」
凄く嫌そうに、また息を吐く。
「申し遅れました。私はウィラード商会の客分、の様な者でシロと言います。リュヘルさんとは少し縁がありますが、正直あの人にもジャムス殿下にも関わりたくありません。」
「ちょ、シロ。」
「分かってる。この、ハルやウィラードはご子息を助けたい様なので尽力します。だから、サーリフの皆さんは動かないでいただきたい。これは、リュヘルさんの指示でもあります。」
「動くな、とはどういう事だ。」
夜中に呼び出した割に、シロに主導権を握られたままの領主が漸く声を出した。
「この気持ち悪い物を捨ててくれませんか。」
「なっ、」
「僕は高位魔術師です。命さえ繋いであれば、欠損は治せます。だから、コレに感傷的にならないで下さい。そもそも、コレは寧ろリュヘルさんが思惑通りにした結果でしょう。ここまでされてしまえば、確かに手も足も出せないと思いますよ。でも、ここに至るまでにはあの方ならどうとでも出来たと思いませんか?どこまで傲慢なんだ、あの人は。リデルの内紛がほぼ確定した以上、自分の身とついでに僕を使って、サーリフを、貴方方を大義名分持たせて動けなくしたんですよ。内乱から距離を置かせるように。」
嫌悪感たっぷりに一気にまくし立てて、シロは鼻を鳴らした。
「まあ、想定以上に酷い目に遭っているようですが。ざまあ。」
うわあ、とハルは頭を抱えた。
思っていたよりシロはリュヘルを嫌っているらしい。
シロの呟きに、ライカがぎょっと目を剥く。
「ではリュヘルは、」
「二つ名はサーリフの至宝、でしたか。その名の通り、己が身一つでサーリフを安全圏に置こうとしていますよ。ついでにウィラード商会も、早々にリュヘルさんを放出したおかげで随分と身軽になっているよ。」
「其方は一体…。リュヘルの思惑は、おそらくその通りだろう。至宝なら、そう動く。だからこそ我らは見捨てる事など出来ぬ。」
「だからこそ、僕が説得にあたるよう指名されたんでしょう。本当に、腹立たしい事に。あの人の考えは。」
だんっと箱を殴りつける。
「僕と同じだっ。」
厳密に言えばシロの根は真面目で思いやり深いし、リュヘルは怠惰かつ面倒臭い一辺倒で行動原理が異なる。
ただし、自分や他者の身を危険に晒しても最小のリスクと最大の結果を求める合理主義で一致する。
「リュヘルさんは救出します。ソレ、どなたから届いたか手紙など付いていませんでしたか?」
「リュヘルの身は抑えたので、沙汰あるまで動くな、とだけ。」
「要請が来ても動くな、という事ですね。他領に指示出しが出来ない政治面での弱点持ち。剣を貸せ、でないなら自前の武力はある。軽薄殿下は除外。あの方はリュヘルさん本人も欲するでしょう。この仕打ちでは使い物にならない。少しは絞れそうかな?」
「ヌコを迎えに来た。」
ばさり、とエリム砦に竜が舞い降りた。
報せを受けてミルガルムとジャムスが向かう。
「ヌコって誰でしたっけ?」
「ウィラードの所の黒猫だ。リュヘルの使いで夜中に来たのをとっ捕まえた。」
「そんな話には呼んで下さいよ。リュヘルさんからは何と?」
「何だ、まだ情報が入っていないのか。」
「夜中に来たって事は獣人が走ったんすよね?オレの間諜が追いつけるわけ無いっすよ。」
「リュヘルがどこかの手に落ちたらしい。」
「あれま。ほんと、そういう話はまず知らせて下さいよー。えーと、ホムラさん、でしたよね?話があるので人型になって貰えませんか?」
「話など不要。ヌコを出せ。」
「まあ、そう言わずに。先に誰かそちらへ情報持って行ったみたいっすね。オレはまだ聞いていないんすよー。誰かさんが意地悪して。どういう状況なのか教えて欲しいんですよ。代わりにリデルの内情を漏らしますから。ぶっちゃけ、幻獣がオレについてくれると助かるんすけどね?」
お?とミルガルムは傍の殿下を見た。
こっちに押し付けないで自分で交渉する気か。
数時間とはいえリュヘルの件を知らせなかった事でミルガルムの信用が落ちたらしい。
そうそう、上に立つ者が骨身を惜しんだら足元を掬われるんだぞう?
にやにやとした笑みが浮かぶ。
そこへ。
「おー、ほんとに竜の迎えだ。じゃあヌコさん、道中気をつけてな。また遊びに来いよ。」
猫耳わしわし。
フェルクがとんと、ヌコの背を焔へ押し出す。
「背に乗れ。飛ぶぞ。」
「にゃあ。」
涙目でヌコは焔にしがみつく。
「は、ちょ、待った!」
「フェルクーっ!貴様、」
「すみません、懲罰は受けますんで。おっと、魚節!」
手にしていた荷を既に舞い上がった竜に向かって投げ上げる。
直後、激怒のミルガルムとジャムスにねじ伏せられる。
「一介の兵風情が横槍投げつけてただで済むと思うなよ。」
珍しく語尾を伸ばさず、ジャムスが凄む。
が、フェルクは顔色一つ変えない。
「一介の、ですかね?ミルガルム様の直属を拝命しましたが。」
「うっ。だが、猫も共飼いだと言った筈だが。」
「ヌコさんは、ウィラード商会に所有権があるでしょう?返さない訳にはいきませんし、あんなににゃあにゃあ鳴かれたら不憫で仕方ありません。」
「竜を逃した責は重いぞ。」
ジャムスの声は未だ厳しい。
「申し訳ありません。差し出がましい真似を致しました。」
「ミルガルム、そいつの首を落とせ。私の采配に口を出せばどうなるか。お前も、知っておくんだな。」
「御意。」
しくった。こっちのお咎めも有効のままだった。
しぶしぶ、ミルガルムは剣を抜き獲得したばかりの使えるんだか使えないんだかわからない男の前に立つ。
「私の首は安いんで、それよりは高い腕の方を買って頂きたいのですが。」
などと断りながら、フェルクも剣を抜く。
懲罰くらいなら黙って受けるが、ただ処刑されるつもりは全く無い。
むしろ。
リュヘル様を救ける為に二人の将の格を見る。
フェルクのやる気を見て、ミルガルムは剣より先に攻撃魔術を連唱した。
炎の壁が立ち上がり、フェルクを四方から包み込む。
剣士に魔術は卑怯だろうが、刃向かった以上は容赦しねえ。
にやりと口元を歪ませた時。
ざむっと炎が割れた。




