サーリフ
産物は剣士、と言われたサーリフはリデル配下の小領でよく言えば風光明媚、平たく言うとど田舎だった。
この時代、余程の都でもなければ大抵街を出ると直ぐに野趣溢れる風景が当たり前に広がっている。
つまりはサーリフがリュヘルの推すほどに美しい景色かと言うとのんびりと寛げそうなとこだよね、というあたりで止まるくらいの場所だ。
だが、温泉ともてなす宿は悪くない。
リデル以上に面倒くさかった入領の手続きをリュヘルの書状で通過してウィラード商会の定宿に入る。
格なら中の下、安宿ではないが格式ばってもおらず獣人や幻獣の客を疎む事もない。
「良い宿を見つけたね。」
「シロさん、疲れたでしょう?俺、下で茶を貰ってきますね。」
なんちゃって転移で距離を稼いできたので別に疲れてはいないのだが、ヒースが甲斐甲斐しく世話を焼こうとするので甘える事にする。
「湯なら出せるんだけどな。」
「ここは飯も美味いし、俺たちだけでも良くして貰えるよ。リュヘルさんが睨みを利かせてくれているしね。」
ハルは初めてサーリフを訪れた時を思い出してニヤニヤした。
ウィラードの奴隷という身分だったので家畜同然の扱いだったのが、リュヘルの危機を救う手助けをした者だと判ったとたんに貴族も泊まるような上宿へ連れて行かれてかえって居心地が悪かった事。お互い妥協の末にこの宿を定宿として使わせて貰えるようになった事。ここはリュヘルの実家の料理長の兄が営んでいる事。
そんな事をつらつらとシロへ語り聞かす。
「リュヘルさんって上位貴族だったよね?」
「宰相家の嫡男だって。普通なら領主の身内が実質人質としてリデルに出向のところをね。血縁の薄い幼児とかが来るよりは切れ者宰相の将来有望そうな若者なら良いだろうって向こうからも乞われてリデルに行かされたらしい。」
旅装を解きながらのんびりと話していると。
「た、大変です!ご領主様の迎えの方がいらっしゃいました。」
慌ただしくヒースが駆け込んできた。
「あー、またか。シロどうする、行く?」
「どういう御用か知っているの?」
「商会の者が立ち寄るとリュヘルさんの近況報告を求められるんだ。あの人、里帰りくらいしてあげればいいのにね。」
「僕が呼び出された訳でないならご遠慮したいなあ。ハル独りでも大丈夫そう?」
「うん。ご領主様と宰相様にリュヘルさんの様子を話して、二人から子どもの頃のリュヘルさんの話を延々と聞かされるだけだから大丈夫。もしかしたら向こうに泊まって来るかも。三日経っても戻らなかったら探しにきて。」
「状況がちょっと想像つかないんだけど。」
「デレデレですよ。領主の幼い身内の代わりにリデルへ行きたいと奏上するくだりなんか何度聞かされても感動もの。鬼畜な本人を知っててもね。因みにリュヘルさん的には家を出る丁度良い口実だったからだって。」
本人曰く半分死んだ目のやる気のない少年だったらしいが、領主達に聞かされる少年は思慮深く落ち着きのある聡明、ついでに見目麗しいまで添えられてとことん美化されている。
現況を部屋にこもってだらだら本を読んでいると報告したら、寸暇を惜しんで書を繙き未だ研鑽惜しまず、と解される。
一度酔っ払ってルルリン娘と踊ってた、と報告したら、市井に関心深く貧しきに厭うことなく膳を共にし、典雅な舞を披露せしめた、となった。
「それは重症だね。」
くつくつ笑いながらシロが言った。
ヒースは笑い過ぎで涙まで流している。
「わかった、そちらは任せるよ。僕達は一休みしたらリュヘルさんに紹介してもらった道場へ行ってみる。」
ムイとハッタとユアは宿でのんびりと過ごすというのでヨンとコウを連れ立ってリュヘルお勧めの道場へ向かう。
入り口に半眼の剣士がもたれていた。
目の前で立ち止まると、眠気を振り払うかのように二、三瞬きしてからこの門を通りたくば、と、口上を述べ始める。
その剣士へ嬉々としてヨンが剣を抜き、切っ尖を突きつける。
相手は慣れているのか、突きつけられた剣の上にどさっと紙の束を置いた。
「これに記入をして、ここに記してある物を用意してから参られよ。書類代は独り銀貨五枚だ。提出の際に別途選考料を金貨一枚ずつ支払って貰う。合格の上、入門規模の際は入門料と月々の月謝がかかる。その辺りはこの書類に書いてあるから読んでおいてくれ。読み書き出来ない場合はこの道の先に代読代筆屋があるから利用すると良い。何か質問はあるか?」
話に聞いていた通り面倒であった。
「これで、お願いします。」
リュヘルの紹介状をささっと渡す。
「あんたら、また商会の人か。くそ、小遣い稼ぎにもならねぇ。ついて来い。」
いきなり態度が砕けてシロがそっと添えた賄賂も投げ返される。
「これは納めていただいても良いのですが。」
「バカ言え。坊ちゃんの身内から小銭巻き上げたなんて宰相にバレたら首が飛ぶ。」
「身内ではありません。」
「客人か?なら尚更だ。で、どいつが修行したいんだ?つうか、あんた必要ないだろう。」
ヨンに胡乱な視線を向ける。
「うむ。修行は要らぬが手合わせを願いたい。」
「うは、一番面倒くさい奴だ。あとは?」
「是非ご指導を賜りたく存じます。」
「俺も、お願いします。」
「コウはご飯食べたい。」
「ここは飯屋じゃねえっつーの。最近見かけないがウィラードは元気か?」
ぶつぶつ言いながらもポケットから飴を取り出してコウに渡す。
「猫のにいちゃんに聞いてもニャーニャー言うだけでちっとも分からん。」
「ウィラードさんなら蜜月で多忙です。」
「何が竜殺しだ、きっちり敷かれやがって。会ったら真面目に修行しに来いと言っておいてくれ。」
「彼の筋のお見立ては?」
「…あれはなあ。筋は良い。鍛え甲斐もある。」
「ご不満そうですね。」
「あいつを鍛えるより、俺が付いて行って剣を振るった方が手っ取り早い。」
「それは。」
「兄弟子に先を越された。何が坊ちゃんの護衛だ。リュヘル様放ったらかしてウィラードについて歩いているそうじゃないか。」
どう聞いてもウィラードに付いている兄弟子とやらに妬いているようにしか聞こえない。
どうやらただの門番ではなさそうな壮年の剣士のぼやきをシロとヒースは苦笑して聞き流す。
敷地は随分と広く、その後も剣士の世間話を聞きながらしばし進みようやくここだ、と小さな屋敷に案内された。




