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老師キシン

「師匠、客人です。リュヘル様の紹介状をお持ちの方です。入りますよ?」

 返事を待たずにがらと扉を開けて中に入って行く。

 続いて扉をくぐった途端に。

「あれ。脱落者無しかよ。」

 案内の剣士が舌打ちする。

「この気迫はお師匠様のですか?」

「返しても構わぬか?」

「しかも返せるのか。師匠ー、全く効いてないですよ。顔色ひとつ変えてません。」

 ちら、とコウとヒースも見るが片や涼しい顔で飴を舐め、片や何かあったかと首を傾げているだけである。

「このチビ、何者だ?」

「ヒーちゃん虐めたらダメ。」

 コウがヒースの手前で気迫を散らしたのに気づき溜息をつく。

 ついと奥の間に進み、そこで初めて扉を叩く。

「入れ。」

 中から返事が返る。

 剣士に続いて入ると中には老人が独り立っていた。

 大男というわけでも、筋骨隆々というわけでもない。

 眼光鋭いという風でもない。

 背筋は伸び矍鑠としてはいるがその眼差しは柔和で先程感じた殺気を発した主には到底見えない。

「師匠、リュヘル様の紹介状です。読み上げますか?」

「坊の事だ、上っ面だけの麗々しい挨拶が書いてあるのだろう?」

「えー、時候の挨拶、師匠を気遣い、不義理を詫びて、つきましてはこの書状を持つ者の入門をお認め頂きたく、後はご領主様と宰相様にお力添えをお願いしますと、テンプレかよ。」

「一分の隙も無いな。近況ぐらい書いて寄越せば良いのに。さて、挨拶が遅くなりました。私がこの道場主のキシンと申します。この者は弟子の、」

「ライカです。」

 シロ達もそれぞれ名乗る。

「この度は私どもの勝手をお聞き届け頂き恐縮に存じます。リュヘル様におかれましてはイズールにて御健勝であらせられ、」

 シロが口上を述べ始めたところでピシッと再び空気が凍った。

「…何かお気に障りましたでしょうか?」

 涼しい顔でシロが聞く。

「ふむ、動じぬか。」

 キシンが詰まらなそうに呟く。

 空気も、ふ、と緩む。

 ヒース独りが胸に手を当てて浅く息を吐いていた。

 コウがヨンの剣を抑えていた手を離し、ヒースの背を撫でる。

「ひっ、」

 身を捩って手を振り払われ、少しだけ哀しそうな顔のままコウが離れた。

「師匠、このでかい兄さんは手合わせを希望だそうです。こっちのお二人は修行で、チビさんは、飯?」

「もー、お腹いっぱい。眠い。」

「ヨン殿は遊んでいる幻獣兄妹と手合わせしてもらったら良い。ライカ、お前も胸を借りて来い。ヒース殿は一の間へ案内せよ。シロ殿は…。」

 老師が難しい顔で睨む。

「男、に違いな?」

「はい、そうですが…。」

「昨今は男でも、孕むのか?」

「は?」

 返事のしようもなくぽかんと口を開いたまま固まる。

「師匠、呆けましたか。いや、残念だなあ。御引退の段取りは任せて下さい。」

 心から嬉しそうにライカが手を擦り合わせた。

「煩いわ若輩が。お主、何故腹を庇った?」

「庇って、おりましたか?」

 無意識に腹を守っていたらしい。

「石、だろう?」

 ヨンが笑いを含んだ声で看破した。

「石って。まさか…、」

「ええ。魔力封じは懲りたのでヒースさんの真似を。ああ、でもあんなに沢山はちょっと無理なので小石をひとつ忍ばせてあります。」

 照れ臭そうにシロが笑う。

「いつの間に?いや、シロさん。笑い事じゃないから!」

「孕んでいるのは魔鉱石か。腹を庇って心の臓を貫かれたら本末転倒だ。」

「そうですね。少し臆病になっておりました。ご教示頂けますか、老師様。」

「老体呼ばわりか。面白い。」



「で、楽しくなって熱出して寝込むまでやり合って来たのか。」

「うん。」

 意識が朦朧としたままヒースに担がれて宿に戻って来たらしい。

「アホだなあ。」

「ご老人に体力で負けるって、悔しい。」

「あっちは本職だろ。」

「でも、悔しい。」

 世界屈指の剣士とろくな修行もせずに渡り合うだけで充分にチートレベルなのだが、スタミナ切れで剣を握りきれず落としたり、足は縺れ、最期には発熱で意識を飛ばしてしまうわでシロとしては不満しか残っていない。

 保険をかけるような姑息な真似がいけないのかな、などと呟きながら腹中の賢者の石を取り出そうと小刀を持ち出したところで慌ててハルに止められる。

「何をするつもりだ、何を!」

「え?お腹を捌いて石を取り出すつもり。」

 きょとんとシロ。

「やめれ。頼むからやめれ。俺が卒倒するわ。」

「別に見てなくて良いけど?」

「聞いてるだけで痛い。痛すぎます、やめて下さい。」

「麻痺させるし、ほんの少し切るだけだから出血もたいして無いよ?」

「聞きたくなーいー。」

「ハルは医者にはなれないねえ。」

 やれやれ、とシロは肩をすくめた。

「いや、俺の反応が普通だから。普通だよね?ヒーさん。」

「…。」

「ヒースさん?」

 二度、名を呼ばれてびくっと我に帰る。

「お疲れのようですね。修練が厳しいですか?」

「厳しい、のは構わないのですが…。」

「どうかしましたか?」

「…俺の居る一の間って、入門したての初心者向けで…。」

「物足りない?」

「っ俺以外は、皆んな未成年なんだよ!」

 ぶはっとハルが吹き出す。

「笑ってないでハルも参加したらどう?」

「だが、断る。俺はハッタさん達とゴロゴロしてるよ。好きなだけ修行して来てね。そういえばヨンさんは?」

「翔龍の長、覚えてる?ハヤテさんとヒクウさん。」

「あの人達、まだここに入り浸っているのか。」

「師範のライカさんと組んで二対二で戦っているよ。そうだ、明日はハルも駄剣になって参戦しようよ。」

「駄剣言うな!俺は体力馬鹿とは違うの。剣は不燃物。萌えません。温泉に浸かって酒飲んでダラダラ昼寝するんだ!」

 ハルはキリッと碌でもない自己主張を決めた。

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