おとしどころ
「なんだ、バレていたのか。久しいな、シロン卿。」
入ってきた兵へ、ヨンがにっと笑う。
剣が無くとも彼の間合いに入ったのだろう。
「つけ髭と髪を染めたぐらいで変装ですか。そもそも立ち番が一人なのも、勝手に扉の前を離れてしまうのも一介の兵としてはおかしいでしょう。」
「そうだったかな?俺は叩き上げなんだが昔から一人でさせられていたような…。まあ、なんでもいい。髭は我慢のし損か、痒くてたまらん。」
べりっと毟り、ハルに投げてよこす。
「あの人は?」
ひそとヒースが耳打ちする。
「俺もちゃんと会うのは初めてだけど。ナーさんとリュヘルさんの元上司。」
「うげ。」
と、ヒース。
「おい。そこの幻獣、」
「しかもカリオンさんと散々やり合った宿敵で、そこそこの魔術師らしいよ。」
「おい。」
「ハルさん?呼ばれているみたいだよ。」
「うぇ。お、俺?」
「アルゴの非番は明後日だ。アレは殿下の手飼いだからな。せいぜい縁を結んでおけ。」
「アルゴって誰だ?」
「あー。さっきの俺を連れてきた兵。」
「髭は付けていけよ。酒場に入れて貰えないからな。」
ハルは手中の髭を顎に貼り付けてみる。
「こう?」
「ハル、子ども姿で行くなということだよ。変化がバレてる。」
シロが指摘する。
「うそーん。まじか。」
「相変わらず面白い手駒を揃えているな。」
「手駒ではなく、仲間です。どうやってお知りに?」
「短気も相変わらずだな。なに、だいぶ前にナーダルを締め上げて聞き出した。」
ヒースとハルが頭を抱える。
「ナーさんなんて、どうやって締め上げるのさ。」
「それはだな。こうやって、だ!」
にぃ、とヨンが笑ったままミルガルムの剣戟を避ける。
「丸腰の相手に容赦無いな、人間。」
「貴様を相手にするつもりは無かったがな、化け物。いちいち、ちょっかいを出してきやがって。」
ぶあ、と剣圧で風が起こる。
「シロ、解説して。速すぎてよく見えない。」
「近くで見てきたら?」
「ひゃっ?!」
シロに突き飛ばされてミルガルムの剣が眼前にせまる。
「ハル、駄剣っ!」
「ひぃぃぃっ!!!」
「…話には聞いていたが、本当に…ふざけた体だなっ!」
「全くだ!」
ミルガルムの剣と、間一髪駄剣に転じたハルがぶつかる。
振るうは闘神ヨン。
「ごわいーっ、やーめーてー!」
「こら、ぐにゃるな!ちっ。」
駄剣がぷるぷるガタガタ震えるので、ミルガルムの剣を捌ききれずヨンの頬を掠める。
「 何故お主が舌打ちをするのだ?」
剣を拭って納めてしまうミルガルムにヨンが不思議そうに聞く。
「そんなハンディをつけられて真面目にやれるか。」
じろりとシロを睨む。
「そんなに弱く見えたか?小僧。」
「いえ、お強いと思います。ハルが足を引っ張っていたとしても、ヨンさんに僕が一太刀浴びせるのはとても無理でしょう。お流石です。」
「腰抜けたー。足引っ張るってなんだよー。助太刀じゃないのかよー。」
「ごめん、ハル。ヨンさんが楽しそうだから本気になられると拙いなと思って。」
「拙いんですか?」
いつのまにかシロに庇われていたヒースが立ち上がる。
「拙そうだよ?だって神人の方達、亀になっているもの。」
ハッタは枕を頭に、ムイも双子と壁際の獣人をまとめて背に庇っている。
ヨンの近くに居たヌコはありますさん達が床に引き倒している。
その足元にはざっくりと剣の撫でた跡が刻まれていた。
「部屋の中で剣を抜くなんて非常識ですよ。」
「魔術の方が良かったか?」
「同じです。ミルガルムさんの方が余程短気ではないですか。」
「詰まらぬ。もう、終いか。次は表で魔術込みでやろう。」
にこにこと、ヨン。
「やり合いたいなら、エリム砦を攻めて来い。幾らでも相手になってやる。」
「いいんですか?そんな事を言って。」
にこにこしたまま、うむ、と頷くヨンを見てシロが他人事ながら心配して言う。
「軽薄が長だからな。あいつに相手をさせる。」
こちらもにこにこと、ミルガルム。
リュヘルが居れば肩を竦めるところだ。自分の貧乏クジの引きっぷりを過信した方がいい。
「で、肝心の御用はなんですか?先だっては殿下御本人、今はエリムの智将に足を運んで頂いたのです。御用件ぐらいは伺わせていただきますよ。お掛けになっては?」
「得体の知れないのも相変わらずか。年相応の可愛げがなければ幾ら美形でも女は寄り付かんぞ?」
「ご忠告いたみいります。若輩ゆえ、貴方が相手だと、つい歳を忘れます。」
「安い挑発に乗るふりか。まあ、いい。軽薄がお前を所望している。待遇は、ウィラード商会のエリム砦優遇通過。リデル傘下の十三領にも口利きを下さるそうだ。」
「ご遠慮いたします。お聞き及びと存じますがブライデルにて厄介事を抱えた身、宮仕えの器ではございません。」
「断るなら一夜街道は通さぬ、が?」
「隊商を通さぬ関など、商人の方から敬遠するでしょう。私自身は、どうとでも。飛べますので。」
「多少開墾は要するが小領を賜るそうだ。殿下が後ろ盾になる。幻獣でも獣人でも自由民として領民にすれば良い。」
「重ねてご遠慮いたします。一度領民全てを流浪の民にさせた私に付き添う者は居ないでしょう。」
「では、傭兵として事ある時のみ参ぜよ。」
「お断りいたします。兵として剣を振るう気はございません。魔術師としても同様です。」
「ならば、敵にはつかぬと、それだけは確約しろ。」
シロはため息をついた。
「随分と買っていただきましたね。」
「当たり前だ。一夜街道を目の当たりにしたんだぞ。」
「今後、ヌコ達を人質にとるような真似をなさらないとそちらが約束して頂けるのなら。次は無いぞと、殿下にお伝え下さい。」
「人質?お前が来るからここに残ると居着いたのはその猫の方だぞ。居るなら居るで、大人しくしていれば良いのにうろちょろしやがって。挙句に賭け事で服までおしつけてきた。お陰でずっと立ち番だ。さっさとリュヘルに引き取らせろ。さもないと、奴隷商へ売っぱらうぞ?」
「…そうなの?ヌコ。」
にっこりと、シロは笑みを浮かべてヌコに聞く。
床に這いつくばっていたヌコがぴょこんと起立した。
「シロン様!その男は嘘を言っていにゃいのにゃっ!」
上から目線で肯定した。




