孤高のレシーバー
「それは誤解をしておりました。ですが、ハルを奴隷のように引っ立ててきたのはこの目で見ております。」
「ああ、それは。すまん、それは俺のせいだ。門に貼り付かせておいた部下からジャムスの免状を使った奴が来たと報せを受けてここへ連れて来るように命じたんだが。」
「人質取ってつれて来い、と?」
冷ややかにシロは聞く。
「血の気の多い奴らだから、貴様らの正体を教えておいた。高位術者と獣人戦締結の幻獣が混じっているから扱いを間違えるな、と。」
「間違えてるよ?めっちゃ間違えてるから!」
ハルが剣のままぴょんと跳ねて抗議する。
「そうしたら、連中がとてもそんなモノは連れてこれないと言いやがるから、首に縄巻いて引きずって来いと怒鳴りつけたら、このざまだ。全く使えん。」
「ちゃんと部下は躾けてよ。俺が迷惑だから、うぎゃ!」
足元でぴょんぴょん抗議を続けていたハルを踏みつける。
止める間もなくそのまま三度足蹴にし、ハルがくたりと大人しくなった所で拾い上げ、手馴染みを確かめるように振るった挙句に自分の腕で試し切る。
「見た目より凡剣だが、なまくらではないな。ヒール。」
「…あまりハルに人の血を吸わせないで欲しいのですが。」
「血を吸わせるとどうなる?」
「…ええと。びっくりして、気絶?」
「使えん、いや、ぐにゃぐにゃしなくなるならむしろ使える、か。おい、幾らだ?言い値で買うからリュヘルに付けとけ。」
ハルを鷲掴みにしたまま、部屋を出ようとするのに、シロが扉へ立ち塞がる。
「人を攫って逃げるのがお得意ですね。お返し下さい。」
「商人がけちを言うな。剣の一振りぐらい売ってよこせ。」
「物でも、手駒でも無い。ハルは私の友人だ。」
「では、当人に尋こう。ハル、と言ったか。お前、俺のモノになれ。」
しん、と部屋が鎮まりかえる。
ハルは応えない。
「よし、うんと言ったか。」
「言ってない!言ってませんから!」
「なんだ、気絶していないじゃないか。」
くたり、と剣が気絶したふりをする。随分と器用だ。
「ハル、竜型。その形では連れ攫われそうだよ。それとも、その方にお仕えする?」
ばんっ、と竜形になる。
「えー、どーしよっかなー。俺の物になれだなんて。うふん、プロポーズ?」
竜としてはちっさくても牛並みにはある巨体だ。
余裕が出来たのかミルガルム相手にくねくねシナを作っておちょくり始める。
「平時は三食昼寝付き。メイドもつけるぞ。」
「え、まじすか?」
「菓子が好きか、酒が好きか?両方でもいいぞ。」
「もう一声!」
「獣人も狩ってきてやろう。」
「ふご。」
「その、猫でもいいぞ。そうだ、そうしよう。決まりだな。小僧そこを、どけ。」
はあー、とシロがため息をつく。
「ハル、退いていい?自業自得だからね。」
「いや、お願い、退かないで。ドナドナは嫌だーっ。」
我に返って竜型のまま土下座。
「ちっ。」
「面白い男よの。そんな駄剣を拾って行って何になる。」
枕を頭に乗っけたまま、くつくつとハッタが笑った。
「…それも、そうか。」
「そこ、否定。否定しよ?」
「ハル。少し黙って。」
真顔でシロに叱られて、とぼとぼ壁際の黒猫隊の横に並び座る。
シロを相手に引けを取らぬ、いや、それ以上の無理矢理な交渉力の御仁である。
すっとミルガルムが息を吸ったのに合わせてシロが動く。
「次は誰を口説かれますか?」
「蒼龍は居ないのか?」
「蓮さんならお帰りになりましたよ。」
「なんだ。それでは…、」
視線が一同を舐める。
「………アレは手に負えん。女子供は面倒。獣人は論外。強いて言うなら…。」
ヒースがどきりとするが視線はスルー。
「手が居るなら貸してやろうか?」
視線を止めたミルガルムに、にっ、とヨンが笑って言った。
「酒、飯、あとはコレの相手で手を打つが。」
わきわきと両手を握る。
「酒、飯、女か。」
「あの手つきは麻雀だね。きっと。」
うっかりハルが訂正を入れ、ミルガルムの一瞥に慌てて下を向く。
「ついていけば魔術込みで試合えるのだろう?」
「う。いや、俺はそんなに強くないぞ?」
「では鍛えてやろう。」
「要らん。俺は将だ。剣を自分で振るう必要は無いんだよ。」
「エリム砦では最前線にいらっしゃったようですが。」
シロがちくちくと嫌がらせを言う。
「あの時は兵役の入れ替え直後でまともな奴が居なかったんだよ!少し考えさせてくれ。」
考えながら、つ、とシロを押しのけて部屋を出てしまう。
「シロさんや、」
とことこハルがやって来て、シロの腕を鼻で押す。
「何?追いかけたいならどうぞ?」
冷たく、シロが扉を指す。
「うん。いや。これ。…逃げられた?」
「…ああっ、また!あの人はっ。」
有耶無耶のうちに歯向かわないと言う確約だけさせられて逃げられたのに気づく。
「シロを相手に韜晦して遁走って、凄いね。」
「二度目だよ、しかも。相性悪い。」
「シロは真面目だからな。」
「惜しい。」
ヨンが呟く言葉もハルが拾いあげる。
「何が?麻雀の相手?」
「乱世であれば名を残す英雄だろう器だのに、使い走りとは。」
心なしかうずうずとした物言いに、再びシロが気を張る。
「…貴方は、本当に何と闘ってこられたのですか?」
「ちょ!シロ。え、何?!」
ぶん、とハルを掠めてシロにアタックする人影。
「お腹すいたー!」
「シロ食べるー。」
ごん、と良い音を立ててシロが倒れる。
「大丈夫か?」
双子にのしかかられたまま、ちょっと涙目のシロにヨンが手を伸ばし、引き起こそうとする。
「だ、大丈夫では無いので、このままで。ユアちゃん、コウちゃん、いきなり飛びかかるのはやめてくださいね。頭ぶつけたよ。」
「痛いの痛いの、食べちゃうよー。」
「ヨンちゃんが戦ったのはヨンちゃんのおにーちゃんだよ。」
「そうそう、ハッちゃん達も降臨してねー。」
「おうち壊れたー。」
ハルとシロが顔を見合わせる。
「神様降臨?」
「ラグナロクやって来た?」
「シロ、次元が違うわ。土下座しとけ?」
「身動き取れないから、ハル代理でお願い?」
「よし、任せろ!土下座からの降参っ!」
小竜が仰向けになって腹を見せる。
「ハルよ、」
「な、何?」
「お主、乱世では、さほど役立ちそうに無いが平時では、」
「俺つえー?」
「…あまり、かわらぬな。」
にや、とヨンは今日一番の凄味ある笑みをハルへ向けた。
「ハル、気をつけてね。君、ヨンさんにも目をつけられたよ?」
あーあ、とシロが呑気に言う。
癇癪は双子にすっかり食べられてしまったようだ。
「俺、総受け?まじか。人生初のモテ期キター。大丈夫!ミッたんは仕事無茶ぶりだけど二人で残業の時はお願いちゃんな女上司、ヨンさんは全部ダメ出ししてくるクライアントで、本当は俺に会いたい構ってちゃんな美人さんに脳内変換するよ!」
「その社蓄スキルで過労死したの、忘れた?」
「古傷えぐりこむように打たれたよ、がくっ。」
そこまで、言葉を拾ってからハルはふーと息を吐いた。
殺伐としていた空気がいつしか緩んでいる。
独りでボケと突っ込み全回収はひどく大変だ。




