黒猫隊長、落涙す
林の手前に馬車が止まっていた。
窓は無いが荷馬車ではなく席が設えてある。護送車だ。
ここから先は機密、という事なのだろう。
秘密を見せぬ、つまりは用が済んだら解放して貰えそうだとシロは密かに息を吐く。
魔力は充分。
いざとなったら魔術で無双して逃げ出すつもりだが、その為にも仲間にはひとところに固まっていて欲しい。
前回は肉親の情や領民の身を案じているうちに魔術まで封じられて随分な下手を打ってしまった。
今なら逃げ出すのは容易だが、イズーリアでもお尋ね者になるのは面白くない。さて、どうするか。
そんな逡巡を、あざ笑うようにさっさとハルとハッタが馬車に乗り込む。
「狭いね。」
「うむ。狭いの。皆乗れるかの?」
はい、乗れませんでした。
ハルの縄が引かれる。
「えー。俺、疲れたよ!乗せてよ。」
「あんたは歩き。俺も歩くんだから我慢しろ。」
「むー。俺、目隠ししながらなんて歩けないよ?」
「目隠し?アホか。そんな事して歩けるわけないだろ?」
兵に突っ込まれるが、馬車の中の面々なら多分、出来る。ヒース以外は。
「でもさー。馬車、窓無しでしょ?秘密色々あるんでしょ?俺、用済みのあと口封じとか嫌なんですけど。」
「あー。機密は機密だけどな。あんた見たもの覚えられる?」
「え?」
「確かにこの先は迷路になっているし罠の仕掛けとかもあるから機密はあるさ。でもあんた、どう見ても兵の訓練とか受けていないだろう?見て、わかんの?」
「はっ。シーフとアサシン、レベルマスキルマだぞ?ちょろいわ。」
アルバイトで夏休みを注ぎこんだ、とあるゲームのβ版テストキャラである。
本当は居酒屋で和気藹々とバイトしたかったのに、顔見せたとたんに落とされた。哀しい思い出だ。
「シーフ?アサシン?」
鼻で笑われる。
「見抜けなかったー。一個も分からんかったー。」
「だからそう言っただろ?」
「罠なんてあったの?怪しいとこ、一つもなかったよ?!」
「怪しかったら罠にならないだろう?」
「色が違うレンガとか、壁のタペストリーとか、花瓶とか、何か無いの?おかしいよ!」
「あからさまに罠だろ、それ。」
「だって見つけて貰えないと作り損じゃん。少しは手をかけようよ!」
「見つかったら罠の意味が無いから作り損、だろう?なんで通用門に花なんか飾るんだ?」
冷静に指摘されてしまう。
諦め悪く、壁をつんつんしてみるがただの壁だ。
槍が飛び出して来た、りはしない。
「ハル?早く進んでくれよ?もうお仲間着いてるぞ。心配されているんじゃないか?」
先に進んでいた兵が振り向いて文句を言う。
慌てて追いかける。
「いけね、叱られる。ってかさ、首の、外していい?」
「それは駄目。首に縄つけて引っ張って行けって上官命令だから。」
「でも、縄持ってんの俺ですが?」
ふりふりと縄先を振り回す。
「縄つけてるし、持ってるし?命令は違反していない。」
うん、と兵。
「意味ねー。独りドナドナって変態さんじゃん、俺。」
「しっ。この先だ。」
「ほい、縄。うん、この方が普通っぽい。」
縄先を兵に持たせてポージング。
「黙れって。」
「解放されたら、酒奢ってね?配食給仕の彼女も紹介してね?彼女の友達も出来たら紹介してね?」
「はーるー?」
「はいはい。お口にチャック。」
扉の前に立つ兵に神妙な顔でハルを引き渡す。
ハルも最後の嫌がらせで首を絞められたような変顔で引き渡される。
ぶはっと吹き出しかけた兵が、慌てて去って行く。
「お入り下さい。」
促されて扉を開けると。
ぱたん、と開けた扉を閉める。
「俺、入る部屋、ここじゃないと思う。」
「ここです。」
「ちょっと待って。何処から突っ込むか考えるから。」
ばんっ、と扉が中から開いた。
ヒースがハルの縄を持って引き摺り込む。
「遅い!一体どうなっているんだ?これは。」
「いや、それ、俺が聞きたい。ヌコ、なんで裸なんだ?シロ?なんでヌコの腹なでてんの?オトーサン、知りませんでしたよ?そんな関係。」
ヒースを押しとどめて当人達に聞く。
「バルー、ジロンざまが…。よぐおもどりで…。」
ヌコは感涙中でそれ以上答えられない。
「ハル、遅かったね。ヌコはそんなにマッチョじゃないじゃない。これなら追いつけそう。」
シロは触診して満足したのか立ち上がる。
「ハル殿!隊長は賭けに負けて身ぐるみ剥がされておるのであります!」
「情報収集の為に挑んだのであります!見事な負けっぷりで相手を油断させたのであります!」
黒猫隊の勇士がハルに果敢に報告した。
総勢七名だが、残りの面々は壁にはりついて幻獣怖いとぷるぷる震えている。
とりあえずやる事も無いので茶を飲みながらヌコが落ち着くのを待つ。
部屋は牢というものではなく、どちらかといえば貴賓室だ。
用意されている茶も高級茶葉で、菓子鉢まで添えられている。
湯は頼むと扉に立つ兵が運んで来た。
その間に外を覗いてみたが、代わりに立つ者もいない。
「ここに居れば、シロン様に会えると言われたんです。」
ごしと目を擦って、ヌコが言った。
「皆んにゃ、迷惑かけたにゃ。このお方が俺の主人、シロン様だ。」
「隊長のご主人様、ですか?」
黒猫隊のありますさん一号(仮)が胡散臭そうにシロを見る。
無理もない。
ヌコの感動の再会もそこそこに腹筋見せてと撫でまくる変態青年だ。
「まあねー。こんな奴だけど、ご主人様なんだよー。宜しくしてやってね?」
「首から縄ぶら下げた君にこんな奴って言われたくないよ?」
「あー。これ、餞別に貰った。固結びになっていて解けないんだよ。」
ぴっ、とシロが風刃を飛ばして切ってやる。
「蛍光ペンを、貸してくれ。」
「え?」
「いや、JKの筆箱みたいに便利だなと思って。」
ぽりぽりと頬を掻く。
刃物は没収されているのに、鋭い切り口である。
魔術師が混じっていると知れていいのか?と目線で問う。
「ヌコにも何か着るものを出してあげてよ。」
「うーん。」
悩ましい。
ハルとしては春人が幻獣だとバレるのは困るのだ。
仲間内でこそ気軽に使っているが、外部へ対しては彼の数少ないアドバンテージなので、なるべくなら密室状態で使いたくはない。
その服はどうしたのだ、と問い詰められたら真っ先に白状してしまいそうだ。
ぱかっと扉を開いて、立ち番の兵に服を用意してもらえぬか聞いてみる。
「服、返してもらえるって。仕方ないから付き合ったけど、別に身ぐるみ剥ぐつもりは無かったってさ。」
「…あ、そうなんだ。」
「隊長は頑張っていたのであります!」
「扉の人は迷惑そうだったのであります!」
「無事解決したのであります!ヌコさん、無理してたんだな。」
ハルも付け加える。
「もう、いいんですにゃあ。」
「隊長!泣かないでくださいっ。」
「隊長!鳴いては駄目ですっ。」
黒猫隊、別名ヌコさんを支え隊。
因みに時々合流する幻獣達はヌコさんに萌え隊である。




