軍政都市リデル
朝一番に着いたリデルの門を昼過ぎてくぐる。
「結局、殿下の免状を使ってしまったね。」
蓮が一行から抜けたのでハルが春人バージョンに変身すると、見た目だけは一応人間だけのパーティに見える。
しかし。
シロとヒースはブライデル人。ハルは胡散臭い東方人。神人達も容姿は東方系だが、幼児姿の双子も含めて常人離れしている。
「この面子が来たら俺だって停めますよ。」
「だよねー。だから異空間入っていてって言ったのに。」
ちゃんとウィラード商会の者としてギルドの身分証も持っていたし、イズールの関を抜けた通行証もある。
が、すんなりとは通して貰えなかった。
仕方なしにジャムスの印籠を使ってしまう。
「歩かなくて済むし、何で入ってくれないの?」
ハルが首を傾げると、ムイが眉を顰めた。
「臭うのよ。」
「ふぇ?」
「その服も、」
「え、臭い?」
すんすんと袖の匂いを嗅ぐ。
「なんかいい匂いがする。」
うわ、とシロが片手をあげる。
「風呂の始末を忘れてた。」
「どう言う事?」
かくかくしかじか。
「まじか。それが何でいい匂いすんだよ。」
「すん。あ、本当だ。シロさんの牢の匂い。」
「ごめん、悪かったってば。二人で嗅がないで!」
乙女のようにシロが赤面する。
「で、この後どうしますか?まだ日は高いですけど、宿を探しますか?」
くすくす笑いながら、ヒースが聞く。
「ハルは来たことあるの?」
「あるけど、ウーさんやヌコに付いて歩いただけだからなあ。」
「ちゃんと歩いてた?」
「う。剣でした。でもここね?兵ばかりで歩き辛いんだよ。」
ガタイの良いヨンの後ろを歩きながらハルがぼやく。
「そもそも私達が忍んでもねえ。ハル、貴方変化するならもう少し愛想の良い顔に出来ないの?」
「へー、すんません。生まれつきですよー。どうせキモくて怪しくて眼つき悪くて。」
「じゃあ、この人達も、ハルさんのせいですか?」
「え?」
後ろを振り返ると、さっきまで並んでくすくす笑っていたヒースが兵に取り押さえられて涙目になっていた。
隣で剣を突きつけられたシロも様子見か、抵抗もせず捕まっている。
前ではハッタと双子も囲まれているが、そちらは何故か楽しそうだ。
「食べ放題?」
「食い倒れ!」
とりあえず聞かなかった事にしておく。
「どうする?」「どうしましょう?」
「え、俺?」
ヨンとムイにとんと背を押されて兵の前に立つ。
「あ、あのう?何か、俺達しましたか?」
無視。
兵達がごそごそと荷を改めはじめる。
「あのう?何かご入り用ですか?」
無視。
つんつんとムイが肘でつつく。
「声が小さいのよ。」
「これ以上は無理だよ!絶対どつかれるって。」
一層声を小さく反論する。
「あったぞ。ジャムス殿下の印に違いない。」
「あー、それのせいか。ムイさん、俺のせいじゃなかったよ!あ、痛っ!」
嬉しそうに声を上げたとたん、イラッとした兵に小突かれてしまった。
「うーん、これはどういう事だろうね?」
剣は取り上げられたが、あとは別段捕縛されるような事は無く慇懃無礼に同行を求められる。ハル以外は。
「何で俺だけドナドナなんですか?」
雑に首縄巻かれて連行されている。
おそらく。
丁重に連れて来るように指示が出ているのだろうが、あまりの面子にこれは無理、との現場判断があったのだろう。
急遽一番弱そうなハルを人質に、一同を誘導してきた。
急遽、とか、現場判断、と断ずるには根拠がある。
下っ端とおぼしき兵が上官に囁かれて近くの出店で荒縄を買っていたのだ。
それが、ハルの首に燦然と巻かれている縄である。
「何で俺だけ?一番戦闘力無いのに。絶対五以下の自信あるよ?」
ずっとぶつぶつ言っているハルを連行している兵がうざそうに睨んでいる。
「これ、どこまで歩くの?休憩無し?ってかさ、誰も助けてくれないん?薄情者!」
ぐい、と縄が引かれる。
「ぐえ。痛い痛いです!痛いから!ちゃんと歩いているのに何で引っ張るんですか?」
多分、うるさいからだ。
「ねえ?何でです?俺、あなたに何かしましたか?もしもし?」
ドナドナしている兵に一生懸命に話しかけている。
しばらくして、ついに兵が根負けして怒鳴る。
「煩い!」
「あ、うるさかったですか?何の返事もしてくれないからどうしたのかなって、心配したんですよ?仕事中は喋ってはいけないとか、決まりがあるんですか?俺もよく静かにしろって言われてました。辛いですよねー、黙っているの。あの、シーンとしたなの嫌なんですよ。転職とか考えません?だいたい、男を縄で引きずって歩く仕事なんてやり甲斐もないでしょう?俺、こう見えてもイズールの大店の者なんですよー。まあ、荷運び要員ですけどね。あ、あんまり変わらないかー。でも、色々旅が出来て面白いですよ?『道に落ちているものコレクション』、結構貯まりました。ちょ、だから何で引っ張るんですか!」
「煩い、黙って歩け。」
「え?でも黙ると俺、死にますよ?東方でそんな呪いにかかってしまって。仲間からも見捨てられたみたいだし?少し話し相手になって下さいよー。」
「そんな呪いがあるか!」
兵が思わず突っ込みを入れてしまう。
「それが有るんですよー。そんな、馬鹿なって思うでしょう?まあ、聞いて下さい、」
最後尾を歩いていたヒースがつんつんとシロをつつく。
「あれ、遊んでるつもりかな?兵に斬られる前に止めてやろうか?」
「完全にあの兵士さんで遊んでいるね。大丈夫じゃない?統率は行き届いているからいきなり斬られる事はないでしょう、多分。」
「ああ、ここからが本領なんだね。話には聞いていたけどまさに鉄壁だ。」
随分と歩かされた。
途中、旅籠やら様々な店があり行き交う人々で賑わっていた。
イズール商人を始めとする旅人達はここを通り抜けて次の町へと向かうのだろう。
だが。
その喧騒を抜けて更に進むとエリム砦を思わせる、否、それ以上の黒々と鈍く光る堅牢な要塞の壁が木立の向こうに現れた。
「木々も植林だな。道を間違えれば騎馬隊が抜けられない。よく出来ている。」
一瞥して、ヨンが言う。
「凄いですね。」
シロの感嘆はヨンに向けたものである。
「うーん、やっぱり僕にはわからない。人工林なのは判りますが…。」
「ヨンに対抗しようとは、お主も中々業腹じゃの。あれは闘神と呼ばれた漢ぞ。」
「一つお尋ねしても良いですか?」
「うむ?」
「神人の皆さんは、何と戦って逃げていらしたのですか?」
ぞわり。
空気が変わり、兵達が何事かと剣に手をやる。
「シロ、地雷踏んでる。」
「え?」
ハルに言われて足元を見るが、特に何もない。
「お前、ハッタさんの話聞いてた?闘神相手に逃げて来たって、訊く?ちょっと言葉選ぼうよ。」
「あ。失礼しました。ええっと、」
「戦略的撤退。総員逃げちゃえ。」
「もう、いい。」
ヨンが少しだけ情けない顔でハルのおでこを弾く。
「痛い!」
「足を止めるな。行くぞ。」
「あ、はーい。ところで、さっきの話の続きだけど。給料安過ぎない?いくら衣食住手当付きだからって。え。あ、そうなん?あー。じゃあ辞められないねぇ。多いの?職場結婚。」
とことこと縄を持った兵と下らぬ話をしながらハルが先行する。
「仲良くなってますね。」
ヒースが目をぱちくりして後ろ姿を見送る。
「ハルのコミュ能力はね、ある意味チートレベルだから。…もう少し確認しておきたかったんだけどな。」
「聞こえるように呟くな。人の形をして地を歩いている。これでもまだ不満か?」
人間へ敵対の意思はない、そう言いたげにヨンは憮然と足音を立ててハルを追う。
「重ね重ねご無礼いたしました。」
「ヨンちゃん虐めないでね?」
「ヨンちゃん泣き虫だからね?」
兵に抱っこして貰っているコウとユアが傷口に塩を塗り込んでケラケラと笑った。




