闇の中で
イズールの関をブライデルとは反対側に抜けると、すぐにジャムスの国リデルの国境である。
最後に抜けて来たイズールの一の関とリデルの外門は、昼であれば見てとれるほどに近接している。
だが、今は。
背後のイズールも先のリデルも闇に沈んでいる。
まがりなりにも幻獣の棲に隣接し、そこから採石した賢者の石を使って明かりを灯していた帝都ブライデルや暁の宮ハウンゼルと異なり、イズーリア連合国では魔鉱石は北の鉱山で採れるオリハルコンに頼っている為、魔光灯を街灯に使うまでには至っていない。
その闇の中で。
「ハルよ。」
「うぇ?」
半分眠りながら最後尾を歩いていたハルが名を呼ばれて目を擦る。
「なあに?蓮さん。」
「お前達の身上は、大体ハッタから聞きました。」
「身上?ハッタさんから?」
「そう遠くないうちに、お前はあの者と死に別れるでしょう。その時は、」
ハルがびくりと立ち止まる。
「ハル、落ち着いて。人間としての僕は、君より遥かに寿命が短い。蓮さんが言ったのはその事だよ。」
側で聞いていたシロが言葉を添える。
「そう。その時は、我らの館に戻るがいい。」
「ありがとうございます。良かったね、ハル。」
「…。」
どう答えていいか、ハルは口ごもる。
明らかな好意だ。シロが代弁した通りに礼を述べるべきなのだが。
「なあ、シロ。幻獣並みに長寿の魔術とか無いのかな。」
「不老不死とは言わないんだね。まあ、それくらいなら出来そうな気もするけど?」
「それじゃあ、」
「でも、やらないよ。」
きっぱりとシロは言う。
「君に言うのも何だけどね。ああでも元々君は人でないし、」
「人でなしって。」
「人では、無いし。もう話すのやめる?」
「聞いとく。」
暗闇の中、ハルはシロの真面目な顔に続きを促す。
「そう?…君に言うのも何だけどね。僕は人間を辞める気は無いよ。人として、全うする。転生も、出来ればもう遠慮したいなあ。」
「…そうか。うん、俺の事は心配すんな?友達はいっぱいいるし。闇堕ちしかけても、ハッタさんや水無さんも居るから。」
「それはちょっと出来れば自己制御して?」
魔王を倒してきたせいか、ハルの魔族としての潜在能力は恐らく幻獣の長老達を凌駕している。
「案ずるな。」
シロの懸念を蓮が汲み取り、請け負う。
いざとなれば、幻獣総がかりでハルを鎮めてみせる。
滅するから別れを言えとかつては囁かれたが今は一族賭して鎮めると、そう蒼龍は頷く。
幻獣には瞬きに等しい程の短い間に、ハルは持ち前の人懐こさでちゃんと仲間を作っていた。
ひとの事を誑しだ何だと言う割に、自分も大概じゃないか。
シロは闇の中で微笑む。
「…よろしくお願いします。それはそれとして。」
ぽかりとハルを小突く。
「あうち!お前、この暗闇で見えてるの?」
「暗視の魔法。いくらなんでも、気の察知だけじゃ石に躓くよ。それよりもね?」
「うん?」
「僕はまだぴちぴちだよ?人の死後の算段をしないでくれませんか。」
「気にするのか?」
驚いたように蓮に言われて苦笑する。
「当たり前です。人並みに、いい気はしませんよ。」
「人並みに、か。では、シロよ。人並みに、不老不死の秘術を使いたくなったら、お前も居候に来るとよい。」
笑いを含んだ声で蓮がいい、ふわと竜型に転ずる。
「だから、しませんって。…お戻りに?」
「あの双子に食いたいだけ喰われて、そろそろ辛い。サーリフでは疾風と飛空が遊んでいる筈。言伝を一つ?」
「なあに?」
欠伸をしながらハル。
「『次の子守はお主らの番』」
そう言い残して、蒼龍は空に飛んでいく。
闇を羽音もたてず、ひっそりと。
「子守だってさ。」
「仕方ないよ。ハル、どう見ても子どもだもの。眠い?」
「眠いよ。子どもだから。おんぶして?」
「なんで?君も竜になって走ったらいいよ。大分置いていかれちゃった。ヒースさんが心配するから、先に行くね。」
「この、流れで、それ?待って置いていかないで!暗い!広い!怖いからっ。」
慌ててシロを追いかける。
イズール攻防ではこの辺りも戦場になっていたと聞く。
命からがら逃げてきて、リデル間近で討ち取られたイズーリアの兵達の怨念歌を思い出す。
イズールに数多ある美しくも哀しい旋律とそれにそぐわぬ生々しい詞の歌を聞いて、ハルはルルリンの陽気な曲を流行らそうと思いついたのだった。
「待って。まじ怖いから。怖いからっ。変身っ!」
暗闇の中を飛べない竜がドタドタと。
夜は更けてゆく。




