腹中の計
「全部揃ったか?」
黒衣の魔術師は部屋に入るなり言う。
先に届けた賢者の石とオリハルコンの鞘も、後から急ぎ運べるだけ運んだ賢者の石も魔力を充填済みで積んである。
客人、という男もハルが連れて待機している。
知らせは随時送っていたが、全て揃ってからも二日、待たされた。
ウィラードは段々と魔香も効かなくなりハル達が着いた頃には意識が無いか呻いているかのどちらかで、側で看病を続けてきたモナも憔悴している。
「遅すぎるっ!」
「後にしろ。」
ナーダルが怒りのあまり掴みかかるのをそのままに、賢者の石を一つ手にとり魔力を吸い出す。
「ヒール」
ウィラードの傷を癒す。
腹立ちの治らないナーダルに殴られて、もう一つ石を手にとり自分を癒す。
「無駄遣いをさせるな。気が済んだか?他の奴は?」
ハルとヒースはふるふると首を横に振る。
「ウー、目を覚ますのにゃ。ウー、」
モナが揺さぶるのに応えてウィラードが身体を起こし、もどかしく顔の布を取る。
身に覚えのある高位回復魔法。
まさか、シロン様?
「あ、」
黒衣の魔術師を、目前にシロンの名を危うく飲み込む。
「目は見えるか?」
「はい。」
「自分の名前が言えるか?」
「…それ、ほんとに何の意味があるご質問ですか?」
「よし、治ったな。時間が惜しい。次はお前だ。」
ヒースを指差して呼ぶ。
「シロン卿の看守で間違い無いな?」
「はい。」
話を聞かされていないウィラードが息を飲む。
「おい貴様、そいつを押さえていろ。」
ナーダルに命じる。
「早くしろ、俺はもう戻らないとならないんだ。もういい。お前、動くなよ。」
随時せっかちな物言いで、賢者の石の山の前にヒースを横たわらせる。
「何を、」
「喋るな。動くな。くそっ、苦手なんだよ。」
言うなり懐から抜き出した小刀で、ヒースの腹を裂く。
ナーダルがいち早く動いて、刀を取り上げようとするのに、
「石!早く詰め込め。」
と、また命じる。
今度はナーダルも逆らわずヒースの臓腑に賢者の石を隠す。
「三つ。これ以上は入らん。」
「どけ、ヒール!」
傷が癒えて、ヒースの絶叫が止む。
「立てるか?歩けるか?」
「…は、い。」
「よし。ああ、くそっ、服が血生臭い。」
「これを着ますか?」
一連の騒ぎを壁にもたれて眺めていた男爵が、自分の洒落た白い上着を指す。
「…裏返すからいい。残りの石は預けておくぞ。」
「手と顔にも返り血が付いてますよ。洗って行きなさい。」
「…ううう、気持ち悪い。」
よろめきながらも本当に急いでいるようですぐさま退室してゆく。
我に返ってハルが追いかける。
「あれはどういう意味なんですか?」
「意味?そんな事は知らん。俺が出来るのはここまでだ。あとはお前らで何とかしろ。だが、」
つかつかと小走りに歩いていたのが、つと足を止める。
「時間があると思うなよ。夏には死にかけていた。あそこの冬はもっと過酷だ。」
言うだけ言って、走り去ってしまった。
「何だって?」
置き去りにされて戻ってきたハルにナーダルが聞く。
「あとは何とかしろ、だって。ええと?」
一同が男爵を見る。
「私は何も知りません。見てもいません。傷が癒えたのなら、お引き取り下さい。ああ、モナさんはいつまでも居てくださって、勿論良いのですよ。」
「にゃ。こんなとこ、居ないのにゃ。」
「それは残念です。今宵の晩餐にはコール湖の虹魚のグリルをお出しする予定だったのですが。」
「にゃあ?ウーも治ったし?もちょっと居てもいいかにゃ。」
涎が垂れている。尻尾も揺れている。
「お嬢様、お手を。」
「にゃ?」
招き猫のポーズ。
男爵とハルが尊いものを見てしまいニマアと目尻を下げる。
「ハル、キモい。」
「ええっ。」
その隙に男爵はすまし顔に戻り、モナの手を自分の腕にかける。
「そうそう、あれが忙しいのは本当です。ブライデル帝とハウンゼル公の間で文字通り寝る間もなく駆け回っていて、ここへ来るのに相当無理した筈ですよ。怨みに思って暗殺者など雇われても面倒なので代わりに弁解しておいてやりますが。」
ちらとナーダルを見る。
「僕は待たされた分、きちっと気晴らしさせて貰いましたよ。あの人達は怨んでいるどころか感謝の舞を舞いそうだ。」
「いや、流石にまだ踊れませんが。」
「俺も、無理です。」
「踊ろうか?俺。」
ナーダルが肩をすくめ、男爵は相手にせずモナと退室。
「俺はこれをトン、シロン様に届けます。」
腹中を指してヒースが言う。
「貴方達はどう動かれますか?」
三人を見回して、先ずおしゃべりハルを除く。もはや関係ないし?とそっぽを向くナーダルも除外され、仕方なくまだ具合の悪そうなウィラードに尋ねる。
「詳しくは戻ってからにしましょう。男爵様にそこの、」
と、血溜まりの出来た床を指す。
「掃除を言いつけられる前に。ハル、なんか着替えになる物持ってないか?この人これじゃあ御門を通して貰えないだろう。」
「他人事みたいに言ってるけどみんな酷い格好だよ?ヒーさんとウーさんが被害者でナーさんが犯人で決まりだな。」
「おお、生きとったか。」
出迎えの挨拶にはいささかブラックな言葉で迎えられて、ヒースはウィラードを突っつく。
「貴方がたはいつもあんな修羅場を超えて来たのですか?」
命をかける覚悟はしていたが、それはそれとしていきなり腹を裂かれるとは思わなかったヒースである。
「あー。不本意ながら慣れた。」
「いや、俺はびっくりしたよー?ウーさんはまた死にかけてるし?あの魔術師さんは訳わかんないし?ヒーさんは、」
「…俺は?」
商会館までたどり着いてほっとしたのか、ハルが今更ながらスプラッタを思い出して卒倒する。
「あんた達は要領が悪すぎるんだよ。」
やけにツヤツヤのナーダルが一言でまとめた。




