賢者の石
「多分、これとこれも賢者の石?違う?」
ハルが秘蔵のお宝コレクションから石ころを探し出す。
形が丸くて綺麗だった、とか、ルルリンの横顔っぽい、とかそんな理由で何となく拾ってきた石である。
蓮と煌華が一つずつ魔力をこめてみる。
「これは違う。これも、違う。どんだけガラクタ拾って来たのよ!」
同時に知らせを聞いた直後からカリオン、ベルド、ヨンが幻獣の棲へ向かっている。
足手まといのいない三人なら、ものの数日でたどり着くだろう。
「あった!これはそう。」
「賢者の石ではないがオリハルコンの鞘もあったぞ。」
「あ、それそれ。焔さんに叱られて探して来たんだよ。」
「とりあえずその二つを持って行こう。」
ナーダルが言う。
「私も行くわ。」
「俺も!」
「お主らは行かぬ方がいい。下手に関わると互いに不幸ぞ。」
「何故です?」
ハッタが止めるのを耳聡くナーダルが問う。
「彼奴は高位魔術師のくせに自由に魔力が使えぬよう制限されておるらしい。そこへ密輸の賢者の石を持って高魔力の幻獣がのこのこ現れる。」
「あちゃー。鴨葱だ。」
ハルが悟って、あきらめる。ハルに魔力は無いが、それを信じてもらえるかどうか試す気にはなれない。
「悪辣な奴では無さそうだし、実際、主らを寄越せとは言わなんだ。かと言うてもの。目の前に金の卵を産むガチョウが現れたら中々見逃せる人間はおらぬじゃろう。」
「そんな虫ケラ、撲滅よ!」
「ウーは見殺しか?あれは高回復魔法が必要じゃ。余にもう少し力が残っておればの。すまぬが、堪えてたも。」
「…ハッタ様。何を、しでかして来たのです?」
ハッタが、やけにしおらしい。ムイが皆の疑惑をずばり訊く。
亀の姿でのこのこ戻って来るなり皆を呼び寄せて。
ウィラードが人質に取られた。解放は賢者の石と交換だ。大怪我もしていて、治療の為にも賢者の石が至急必要。
嘘は言っていない。
いないが、ムイに問い詰められて渋々白状する。
「あー。余はウーを護ろうとしたのじゃ。」
「それで?」
「奴が火球で脅してきての。」
「それで?」
「こう颯爽と手にしていたのを盾がわりに投げてやったのじゃ。」
「それで?」
「…菓子鉢が爆ぜて破片がちょっと?おお、そうじゃ、中身の菓子はちゃんと貰って来たぞ。」
「「「ハッタさんっっ!」」」
男爵の機嫌取りと看病の手を兼ねてモナも連れ、城域にあがる。
召喚もない上に、禁制の賢者の石の密輸である。
ナーダルとイサーフが商人スキル全開でなんとか男爵への取り次ぎをもらい、御門を抜けられたのは翌日も日の暮れる頃であった。
「モナさんじゃないですか。これはこれは、ようこそいらっしゃいました。」
家令が居ないわけではないのだが、男爵自ら門戸を開いての歓迎である。
「ウーは何処にゃ。ウーを返すのにゃ!」
「モナさん、落ち着いて下さい。どうぞ、奥へ。」
「いえ、我々は至急、宮廷魔術師様のもとへ参上いたしたく。どうか男爵様からお取り次ぎいただけないでしょうか。」
ナーダルとイサーフがモナを背に隠し、口上を述べる。
モナは釣り餌である。そう容易く手渡してなるものか。
警戒を読み取り、男爵が苦笑する。
「侯爵城にはそうそう、あがれませんよ。ご公務の手が空きになられたら此方へお立ち寄り頂くよう使いを出しておきましょう。中で待たれますか?それとも、お品を預かりましょうか?」
ナーダルは目まぐるしく考える。
「イサーフ、お前は戻れ。追加が届いたら、知らせろ。男爵様、わたくしは待たさせていただきたく存じます。」
「随分と早い来訪で御門に触を出しておりませんでした。ここまで、ご苦労されたでしょう。召喚状をお渡ししておきます。次はこれで。」
「感謝いたします。イサーフ、」
「ああ、お待ちを。侯爵様から伝言です。ハウンゼル公領から内密に呼び寄せた客人がウィラード商会を訪ねる筈だそうです。見えたら商会の方としてこちらに連れて来てください。」
「そんなお話は…?」
「しようとなさったが、この騒ぎ。巻き込まれて私も良い迷惑ですよ。くれぐれも内密に願います。じゃないと、これ。」
首がキュッと締まる仕草。
思わずナーダルとイサーフが顔を見合わせる。
「あれ、こっちだったかな。」
首がすとんと切り落とされる仕草。
どっちにしても、嬉しくない。
「るんるんルルリン、」
「思ったより、元気そうですね。」
忌々しげに歌声を遮る。瀕死というから駆けつけたのに、なんでルルリンの歌なんか歌っているのだ。
「その声はナーダルか。男爵様が魔香を焚いて下さったんだ。おかげで痛みは感じないのだが、ルルリンの歌が回ってしょうがない。あの方もご一服されたが、その間中ずうっと歌いなされて。」
通りで男爵もいつもの倍増しでへらんとしていたわけだ。
大怪我、というのは嘘では無いようでウィラードの見た目はかなり痛々しい。顔までぐるりと布を巻かれている。
最近、商売に本腰を入れておざなりになっていたナーダルの悪癖がムズムズする。
あの瘡蓋をちょっぴり剥がすぐらいは、いいよね?
これでも随分とマシになっているのだが、される方はたまったものでない。
「っ!ちょっと待て。ナーダル、あんた独りか?」
「モナも連れて来たけど、男爵の機嫌取りに連れていかれたよ。」
「待て待て待て、なんでここに居るんだ、あんたは。」
「宮廷魔術師長様待ち。ハルのガラクタに賢者の石があったから取り急ぎ持ってきてやったんだ。貴方が瀕死と聞いて、ねえ。」
どかり、とウィラードの寝台に腰掛ける。
「瀕死なんだよ、俺は。瀕死の時くらい、のんびりさせてくれ。イタタタっ突くな!」
布団を頭から被って抵抗を試みる。
「苦労して駆けつけた甲斐があったなあ。エリム砦を思い出すよ。ああ、楽しい。」
「ふざけるな!くそっ、商会の方はどうなっている?」
言われてナーダルが真顔に戻る。
「ああ、そういえばハウンゼルの客人を連れて来いとか言っていたな。」
「…何の話だ?」
「さて。侯爵様に直接聞いてくれ。こういう話には関わりたくない。」
男爵がした、首を搔き切る仕草を真似る。
「その目じゃ見えないか。キナ臭すぎるだろう?ハウンゼルなんて。退屈はしなかったがそろそろ貴方とは縁の切り期のようだ。イサーフが荷を運んで来たら我々はイズールに戻りますよ。」
「イサーフは置いていって欲しいのだが。」
「あれは弟の乳兄弟なんでね。何かあれば出禁じゃすまない。トファトフェンとウィラード商会なら、まだまだあちらが格上だよ。のれんの一つも分けて貰って、東方で店を開くかな。」
にやり。
見えずともその気配を感じて、ウィラードはため息をつく。
「次は商売敵ですか。本当にあんたという奴は人の嫌がることを良くご存知だ。だが、今まで助かった。今後は商い仲間としてよしなに頼む。」
ぐっと頭を下げてくるのを、ナーダルは不思議そうに眺める。
助かったとか、これからも宜しくとか言われたのは初めてかもしれない。
大抵の別れの言葉は、もう勘弁してくれ、二度と来るな、そんな言葉だった。
「…いや、だから侯爵やイサーフが来て、貴方を店まで連れ帰って、餞別の一つも貰うまではまだ居るから。」
「…さようですか。」
複雑な胸中の男二人、あとは話すことも無く黙って時を過ごす。




