密命
また、お召しがあった。
ウィラードはすっかりトレードマークになった唐衣に袖を通して、取り寄せたばかりの反物や茶器を用意する。
案の定二日持たずに泣きついて来たうさ耳男、ロップがそそくさと荷を担ぐ。
「えー、抜けちゃうの?勝ち逃げは狡いよ。」
ハルが追いすがってくる。蓮まで後ろで頷いている。
忙しかったのでとりあえず応接室預けにしてしまったのは気の毒したかもしれない。
「 荷はこれだけか?」
残りの荷物をハッタが持つ。
「あれ。ハッタさん、ついて行くの?」
「うむ、たまには貴族の茶を飲んで来る。」
「うちは茶だけは特級物ですが…。」
荷物持ちに同行予定だったイサーフがぼやきながらウィラードの意向を伺う。
「あの、今日お召しのご貴族様は気易しいお方ではありますが、その、私らは商人でして身分が。あー、つまりご同行なさると頭のひとつも下げて頂かねばなりません。ご無理、ですよね?ではそういう事で。」
「旦那様、わちきも連れて行っておくんなんせ。」
傾国美女モードで枝垂れかかる。
「や、や、やめて下さい!イサーフ、しっかりしろ、これは化け亀だ。」
「なんて、お美しい…。」
イサーフが完全に魂を抜かれてしまっている。目が虚ろで口も半開きだ。
「ほんに、うぬは可愛げがないの。化け亀とは失礼な奴じゃ。」
「二度も同じ手にはのりませんよ。早くイサーフを正気に戻して下さい。」
「日暮れる頃には戻るじゃろう。ささ、行こう行こう。」
「ああ、ちょっとそれには割れ物が!いいですか、暴れるの禁止、『余』も禁止、出来るだけ黙って大人しくしていて下さいよ?」
「…ウーよ、この菓子は美味いぞ。土産に包んで貰うてくれ。」
もそもそ、ひそひそハッタなりに遠慮はしているのだろうが、ウィラードはともかく他の客人を差し置いて上座に陣取り茶菓子を独り占めている時点でもう色々アウトである。
本来であれば上座に座る筈の客人、一足遅れでやってきた黒衣マントの宮廷魔導師長が別段気にする風でもなく下座に掛けてしまったのでウィラードは仕方なしにハッタの隣に腰掛ける。
居た堪れない。
その上、お召しの男爵様が茶菓子のお代わりを持ってこようと言い出して自ら離席してしまった。
「あー。随分と朝晩は冷え込むようになりましたが、今日はまた一段と肌寒うございますね。」
答えずに魔術師は懐から石を取り出す。
淡く輝きが、すうっと消える。
と、同時に。
「ファイヤボール」
西瓜ほどの大きさの火球が現れ、屋内を温める。
「器用なもんじゃのう。」
菓子を頬張りながら喋るあんたの方がよっぽど器用だ、とウィラードは思う。
「驚かぬな。魔術は見慣れているか?」
しまった、と思ったが遅い。
「その、嫁が少々嗜みますので。」
どかん、とか、ばこん、とか採石場推奨のド派手な奴は時に身をもって、慣れている。
「確か、幻獣であったな。」
「お恥ずかしながら。山育ちの無作法者なので、良い機会かと帝都の作法を学ばせております。ご挨拶もさせませんで申し訳ありません。どうか御容赦下さいませ。」
「竜殺しを傅かせる幼竜、か。苦労しているみたいだな。」
ぐはあ。
取り繕っても、下調べは済んでいるようだ。
風向きが、非常に危険である。
茶菓子を取りに行った男爵閣下の戻る気配もない。
仕方ない、とウィラードは腹をくくる。
「御用の向きは何で御座いましょうか。私どもの商会は東方域との交易を致しております。そちらに並べさせていただきました、白磁や反物、特に今、私が着ておりますような絹織物を使いました刺繍衣などは他の商会さんとは一線を引く物と自負しております。」
「魔鉱石、賢者の石を買いたい。」
これは、いけない。
本気で顔色を読みきらねば、商会全員の首がとぶ。
「ご冗談を仰らないで下さいませ。私どもは、そのような品は、」
「一夜街道、幻獣の棲。そこら辺の石ころだ。伝のあるお主らなら幾らでも運んでこれるだろう。」
さて、何処から惚けようか。
そもそも、賢者の石が幻獣の棲の石ころなのは一介の平民が知っていてもよい事だったか。
シロンの荘園では、石ころどころか岩を使って呑気に風呂を沸かしていたが。
「ちっ。面倒くせえ。」
魔術師が侯爵らしからぬ舌打ちをすると火球がいきなりウィラードの顔面で爆ぜた。
ウィラードが、顔を押さえてのたうち回る。
「すまぬ、余計な事をした。」
面目無さそうにハッタが言う。
少し脅すつもり、のところへハッタが投げた菓子鉢が火球と一緒に爆ぜてしまい大惨事になっている。
「くそっ。足りるか?ヒール、」
子どもがポケットから小石を出すように、あちこちに仕込んであったらしい豆粒ほどの賢者の小石を出してきて、ようやく応急処置をする。
「貴様は使えんのか?神人だろう。」
「バレておったか。残念ながら余は魔術は使えぬ。」
「ちっ。魔力切れだ。いいか、こいつは預かる。十日、いやなるべく早く賢者の石を持って来い。魔力を込めて、だぞ?じゃないと、こいつがどうなっても知らんぞ。」
「男を人質とは悪趣味じゃの。どうじゃ、余なら眺めて良し愛でて良しじゃぞ?」
流石にウィラードに悪い事をしたと思ったようで、前髪をあげてにまあと媚びを売り、人質を申し出る。
その艶やかな姿に、一瞬目を奪われるも凡人ならざる魔術師長だけあり、ふんと鼻で笑い捨てる。
「手当はしたが完治には程遠い。虫の息だが連れ帰るか?俺なら部分欠損も治せるが。」
「なんじゃ、ケチじゃのう。すっきり治してやらぬのか。」
「魔力切れ、と言った。紐付きの魔術師が際限無く魔力を使えるわけがないだろう。これだけ仕込むのにもどれだけ苦労したと…。ええい、詮索するな。」
「お主が勝手に喋っておるに。誰に聴かせる為かのう。さて、では長居は無用じゃの。ウーよ、少し待たせるが大人しうしとれよ。」
言うなり亀の姿に変身し、ゆっくり歩を踏み出す。
鈍い。
が、だんだん姿が朧になりやがて壁をすり抜けながら消えてしまった。
「なんだか凄い物音がしましたが、うわあ、なんなんだこれは!ウィラードさん、生きてますか?!」
青年男爵が律儀に菓子のお代わりを持って戻り、凄惨な有様に腰を抜かす。
その菓子を魔術師はつまみ、頬張る。
「…しまった。もう一つの用件を言い忘れてた。」
「クラウゼ候?」
「この菓子は美味いな、俺にも土産に包んでくれ。」
「ティム。」
「…はい。」
「まさか、この惨状のまま帰らないだろうな?」
「そろそろ、御前会議なので俺は戻らないと。あー忙しい。坊っちゃま、後お願いします。亀が戻って来たら連絡下さい。それじゃ。」
魔術師は清々しく逃げ出した。
取り残されたウィラードは、物凄く聞いてはいけない事を頭上で話されてしまったのでそのまま瀕死のふりで横たわる。
いや、そもそも、物凄く痛いし苦しい。
普通に瀕死なのかもしれない。
ちょっと、休もう。
「え。この状況で、貴方も爆睡ですか?」
『ルルリン事件』
さる高貴な血筋の方が獣人娘を欲して、とある商人を恐喝監禁したらしい。
後々、そんな噂を自作流言して証拠隠滅するはめになる男爵とウィラードだが、結果モナの身請けと嫁取りが行われたのはまた別の物語―――。
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