隣は何をする人ぞ
真っ暗な中、ウィラードは手探りで窓の鎧戸を開く。
ぼう、とした明かりが屋内に射し込んだ。
秋の乾いた風に身を震わせて、ハルを振り返る。
「帝都も明るいね。」
前世とは較べようも無いが、それでも月光星明かりとは異質の灯火に照らされてハルが静かに言った。
「この辺りは商域でも山の手ですからな。魔光灯が辻にあるんですわ。暁の宮も、そういえばそうでしたな。その事が仰りたいので?」
「電気のある世界だと、最初見たときは涙が出たよ。」
「でんき?何ですか?」
何かを懐かしむように微笑んで、だが幻獣はそれには答えずに。
「暁の宮と帝都の灯は誰が灯している?」
「魔術師、なのでは?」
「これだけの数を一斉にかい?それこそ、シロみたいな高位魔術師でないと無理だと思うよ。」
「ハル殿。俺はそんなに賢く無いし、疲れて眠いんだ。謎々遊びなら明日にしてくれないか。」
「灯は賢者の石を電池として使っているのではないか。では、賢者の石の増産余剰分はシロンが供給しているとして、もともとのインフラ分は誰が補っていたんだろうか。…俺もそんなに賢く無いよ。神人や蓮さん達幻獣長老の考察の受け売りだ。」
「つまり、つまり…行方知れずの幻獣も関わっている、と?」
ハルが見事と手を叩く。
「だから、あの人達は俺達に手を貸してくれる。」
「…使いこなせ、ですか。無茶を言ってくれる。」
ハルの意図を汲んで、ウィラードはまたため息をつく。
「随分と肌寒くなって来たよね。…冬の前にシロを取り戻そう。」
「…そう、ですな。」
夜風に吹かれながら、二人はシロンに想いを馳せる。
着替えが出来ない。
そんな理由で枷も外されて、すっかり身軽になったシロンは今日もトレーニングに励む。
本日のメニューは踏み台昇降である。
「ふんふん、るーるる、」
「楽しそうだな。」
やってきた看守が鼻唄混じりに精を出すシロンへ呆れたように言う。
「足がだいぶ萎えていたからね。外を走りたいなあ。」
小理屈理系のハルと異なり、シロンはこれで、結構な脳筋派なのである。
健全な心の為にはまず身体を健全にしてしまえ。
生前、運動嫌いの春人に何度も反論されて全ての人に当てはまらないと納得はしても、こと自分には身体を動かす事が性に合う。
「一応、お伺いはたててみるけど。流石に許可は降りないと思う…。」
「え?ああ、口に出していた?」
「さっきは歌も歌っていたぞ。誰に習ったんだ?ルルリンの歌なんて。」
シロンがきょとんとする。
「貴方、ルルリンの歌を知っているの?」
「イズールの獣人娘だろ?今、帝都で大流行りらしいな。宿舎でも歌ってる奴がいるから、俺も覚えてしまったよ。」
「やけに耳に残るんですよね、この歌。くっふふ、ふははは、あはははは。」
「トンさん?大丈夫か?」
突然、抱腹絶倒の大爆笑を始めたシロンを看守が心配する。
「だい、大丈夫。」
まだ、肩口がくつくつ笑っている。
「もう、敵わないなあ。どれだけ斜め上を行くんだろう。ヒースさん、ルルリンの話をもっと聞かせて下さい。」
看守の名を初めて呼び、ひたと見据える。
名を呼ばれて。
疾うにシロンへ感服し、いつか彼の命じるまま脱獄に手を貸して身を滅ぼす覚悟すらしていたヒースが複雑な顔をする。
「はあ、まあ。イズーリアのウィラード商会が興行主として、この夏頃から帝都で公演を始めて、」
問われるままに知る限りのルルリン情報を話しながら、実に楽しそうなシロンの様子にやがて満足する。
自由のきかぬ虜囚暮らしの気慰めになるのなら、まあ良いか―――それが、シロンにとって、何よりも知りたかった重要な情報だとも知らずヒースは話続ける。
「しかし、面倒な事をなさいますね。」
「言ってくれるな。主命だから仕方あるまい。」
「伯父上がそこまで気を回しますか。どうせ宰相殿や貴方がお考えの事でしょう。回りくどいったら。おかげで私はすっかり獣人好きの変わり者扱いですよ。」
「商人と幻獣に伝を繋げろと頼みはしたが、獣人娘に熱をあげたのは勝手だろう?」
「いや、これが存外可愛らしくて。もうね?金を注ぎ込めば注ぎ込む程に、手の届かぬ『センター』に行ってしまうのが、誇らしいやら口惜しいやら。いやあ、上手い商売だ。」
言いながら口許が緩みっぱなしなのはウィラードを招いた青年男爵である。
昼の御用商人も出入りした茶会の後の、貴族のみ残った夜会もはけて、居残るは黒衣の魔術師ただ独り。
「商域の屋敷も手放したらしいな。」
宮廷魔術師長が呆れて言う。
「どのみち父の代で廃業して空き家でしたから。それに。モナちゃんを安宿に泊まらせる訳にいかないでしょう?かといって、こちらに住まわせるのは断られたし。」
「あまり入れ込むなよ。事が露顕すれば、全員口封じだ。」
首を搔き切る仕草。
それを見て哀しそうに男爵が首を振る。
「これだからお貴族は。だいたい、脱獄の手引きなんてまだるっこしい事をしないで、この前、貴方は会ってきたのでしょう?そのまま連れ出せば良かったじゃないですか。」
「貴族の血統はお前だろう。俺の出自は、」
「大貴族、侯爵様であらせられますよね?」
「…。とにかく、下手を打ったら内乱が起きる。外部の者が連れ去るのが一番後腐れ無い。」
聞いて男爵がため息をつく。
「で、良くて今度は帝都に封じ込め?悪くて全員口封じ?」
「あれだけの術者にあれだけの事をしてしまったら、野放しにも出来ないだろう。全く、面倒な。」
「そんなに恨まれてますか。」
「…いや、それは全くだったな。」
「だったら野良飼いでいいでしょうが。」
「そうは言っても万が一、イズーリアなんぞで要職につかれても面倒だし。…ああ、面倒くせえ。」
「五年前に助命嘆願したのはご自分でしょう。顔まで潰して身元隠しをしてやって。聡い方のようですし、ウィラード商会を人質にして言い含めれば大人しく余生を送ると思いますけどねえ。だいたい、宰相閣下をつつくからややこしい事になるんです。下手な算段などせずに、帝都移送か処刑か恩赦か、勅命を出して貰えばいいんですよ。」
「そうしたらハウンゼル公が黙っていないだろう。」
「わかっていらっしゃるならグダグダ言いなさんな。全く貴方という人は昔からやる事は大胆な癖に肝が小さくていけませんよ。」
「そんな大ごと、したつもりはないが。」
「商家の丁稚から侯爵様にまで成り上がっておいて大した事をしていない?いやあ、お流石でございます。とにかくね。モナちゃんに手を出したら。」
にい、と青年男爵はそれまでの人の好さをかなぐり捨てた笑みを浮かべる。
「許さんからな。」
「…善処します。」
黒衣の男が平伏した。
別に恐ろしくはないが、子守をしていた頃の癖でつい傅いてしまう。
泣かれたら、面倒くさい。




