真夜中過ぎ
「ハウンゼル公領は訪ねてみた?」
「近領なので、一応は。しかし、しがない商人ですからなあ。ここでもそうですが城域に入り込むのはとてもとても。」
酒瓶を取り出しかけてから、相手が子ども姿の幻獣であるのを思い出し水差しから水を汲み、蜜を混ぜてからハルに渡す。
「昨日は城域に出かけたと聞いたけど?」
ごくごくと美味そうに平らげ、空の碗を突き出してくるので、仕方なくもう一杯作ってやる。
「あれは、特別ですわ。例のルルリン貴族様のご機嫌伺いです。あのお方もねえ。爵位もご本人も気安いお方で、モナ目当てでこちらに日参されるし。御許しが出たのでお館にご挨拶伺いへ出向いたら、はあー。」
どっと疲れが出たのかウィラードはがっくり肩を落とした。
「ウーさん改めハーさんだね。何、男色の気でもあって言い寄られた?」
「そんな気楽な話じゃあないです。前皇帝陛下の外孫であらせられました。男爵が皇帝の甥だなんて思わないでしょう?母君が側室の姫君で子爵位の方に降嫁されたそうですが、お世継ぎの兄上方を設けたあとに子爵様とは死別、今度は商家へ嫁がれて。で、お生まれになったのがあの方でして。その頃には現皇帝へ代がわり済ということもあり一代爵位となったそうです。」
「良い伝じゃないか?」
ハルは首をかしげる。
「最初はそう、思いましたよ。気さくな方だし、交友もお広い。実を言うと、この区画に居を構えられたのもあの方のおかげです。それがですなあ、はー。」
「ため息ついてないで。」
「いい加減眠いのですが。」
「いや、ここで止める?続きは?次回作をご期待下さいとか、やだよ?」
「ちょくちょくお召しがあり昨日も呼ばれてお訪ねしたら、宮廷魔術師長が同席なさってましたわ。」
ため息をつきながら頭を抱える。
「この方が一夜街道の魔術師の話をし始めて。」
「それって…。」
「要約すると自分よりよほど優れた術者なので、宮仕えでなければ探す旅に出て弟子入りしたい、とそんな話を。」
「うーん?」
「一体どういう意図だか、さっぱりで。」
「うーん。さっきの話だと、シロ拉致の実行犯だよね?何故わざわざシロの存在を匂わすような事を言うんだろう。」
「しかも他にお貴族方もいらしたのに一夜街道を通る商人だからと此方ばかりに話を振られて、迂闊な事も言えないし、全く肝が冷えましたよ。」
はー、とまた深いため息をついてから。
「俺の話ばかりじゃあないですか。そちらはどうだったんです?」
問い返すと、幻獣は待ってましたとばかりに目を輝かせた。
「知らせは来てると思うけど、幻獣の人を何人か仲介する代わりに一夜街道はトト屋の隊にうちの荷も運んでもらう事になったよ。」
「ああ、おかげで商売上々ですわ。ナーダルとカリオンでこことフェーラさんとことを行ったり来たり忙しくしているよ。」
「そういえば、何であんな場末に店を出したのさ。」
「ん?ああ、外壁のか。彼処はナーダルの店。うちの商会は壁内に店を構えてある。」
「あちゃー、騙されたかも。お宝、ナーさんに取られたかな。」
通りで目の色変えて漁っていたわけである。
「高級な品は彼処じゃさばけんよ。それにしても荷運び人をよく幻獣達が承諾しましたねえ。」
「黒龍種はどうもヤンチャな龍みたいでね。前々から下界に出ては行方知らずになったりして問題を起こしていたようなんだ。焔さんの口添えで、どうせ出歩くならまともな人間と行動した方が安全だろうって。あとはイズールでのヌコさんの接待付き。」
「あー。ヌコは元気か?」
本店は本店で大変そうである。
「頑張ってるよ。それと本題。」
「はあ。まだ寝かせてもらえませんか。」
「夜明けのコーヒー飲もうねー。亀の幻獣さん達の事を話しておかないと。」
「ううう。ご観光、では済みませんか。」
「ブライデル内に居るはずのお仲間を探したいんだって。」
「迷子探しを手伝えと?」
色々一杯一杯なんだが、と渋面を浮かべてしまう。
「ハウンゼル公領を訪ねて、どう思った?」
突然話がとんで首をかしげながらも考える。
「交易路を抱えて、昔から変わらぬ豊かな美しい御領ですが。」
「どう、美しいの?山並み?湖畔?花畑?」
「いや、あそこはそんな田舎ではなく。」
「輝きの宮、と呼ばれているらしいね。」
そう言ってから、ふっ、とハルは灯火を吹き消した。




