坂中春人
「トンさん、」
声をかけると。
珍しく、びくと肩を震わせて頭だけ振り返ってくる。
「ああ、貴方でしたか。食事時では無いですよね。どうかしましたか?」
「服だよ。よかった、寒くなる前に貰えて。いくらなんでも、それじゃあなあ。」
「ありがとうございます。」
看守もシロンも苦笑する。
栄養状態が良くなったとたんにシロンの背はさらにすらと伸び、今の服は小さすぎてとうとう袖も通せなくなっていたのだ。
上半身は隷属紋を纏うだけ、下も腰にぼろぼろの服を巻きつけた、そんな無残な格好だ。
「トンさんなら何を着ても様になっているが。ほら。」
柵の隙間から差し入れる。
シロンはパチパチと瞬きをして動かず。
「トンさん?」
「はい、」
シロン動けず。
そもそも、さっきから背を向けたままである。
「あー。あー。トンさんも若者か。忙しいところ、悪かったな。ここに置いておくぞ。」
「いえ、あの…はい。」
シロンは何を誤解されたのか、流石に居た堪れず下を向く。
「あと二刻ほどで飯だからな。あー、うん。また来る。」
「はい。ありがとうございます。」
下を向いたまま、耳をそばだてて看守が立ち去るのを確認し。
「はー。油断した。」
仰向けに寝転がってくすくす笑う。
手には賢者の石。
ほんのり、極僅かだが六芒星が光っていた。
「ヒール」
術を唱えてみるが、隷属紋の戒めに気を失いかける。
石の輝きはもう残っていない。
無双をするには程遠い微々たる力だ。
布団をかぶってぷるぷるしている。
そう煌華が報告してきたカリオンだが、気持ち動きが緩慢な他はいつも通りだ。
ちろちろと見るウィラードを無愛想に睨み返す。
飯屋で昨日の報告と今後の相談を兼ねて皆で朝飯を、と誘ったのだが、来たのはカリオンとベルドだけ。
「留守中に何かあったか?まさか伯爵家の調べが来たりしたのか?」
ナーダルや寝坊の幻獣はともかく、獣人娘達が飯に釣られて来ないなんて、と恐る恐るベルドに訊く。
横のカリオンの怒気が痛い。
「来たには来たが、ナーダルが獣人娘で酒池肉林のもてなしをした。」
「なん、だと。」
カリオンに先に吠えられ、仕方なくウィラードは宥める方に回る。
そこへ。
「朝っぱらからいやらしい誤解をしないで欲しいなあ。二人とも娼館にでも行って来たら?ああ、でも。犬とおっさんは相手にして貰えないかなー。」
「ちょ、火に油注いで扇ぎたてるのやめて下さい。昨日静かだと思ったら、なんですか、その酒香は。」
「頭からかぶったからねえ。ハルを部屋に入れないでくれる?鼾が煩くて寝てられないよ。」
見れば目の下に真っ黒なくま。いつも通りのへらへらとした口調だがこちらの御仁もお怒りの様子だ。
「本当に一体何があったんです?」
「獣人娘に歌い舞わせて、ナーダルが太鼓持ちの大接待。商人の真骨頂だな。観たら勉強になったと思うぞ。」
「ベルドさん、お勉強なさったなら次は頼みますからね。」
「某には無理。」
剣人だから、というより、酒癖がよろしくないからである。
ウィラードは黙ってカリオンとナーダルに頭を下げる。
本来なら無体な事をされて言いなりになるような男たちでは無い。
それぞれ身軽であれば、剣をふるい弁を凝らしてこの程度の窮地などものともしないであろう。
彼らの我慢のおかげで商会も獣人娘達も守られた。
貸し付けた借りをどうやって取立てようか。
その舌舐めずりさえなければ、ナーダルはいい奴なんだが…。
ウィラードの背筋は今日も寒い。
「ところで、路銀の話なんだが。」
「…あんた、段々と図々しくなってきたね。」
金勘定は割とナーダルにお任せのウィラードである。
「まあ、昨日も楼閣借り上げてお大尽遊びしたからなあ。心許ない?」
「そんな贅沢したんですか。ちょっとでも感心して損した気分です。」
「だいぶ商売人になってきたね。で?」
興味はあるのか、怠そうにしながらもナーダルが腰を落ち着ける。
「昨日の献上品も唐衣も思った以上にウケがいい。素通りするには、惜しいと思うがどうだろう?」
「先を急ぐ旅では無いのか?」
うっそりとカリオンが言う。
「無論急ぎはするのですが、徒手空拳で進んでもそれじゃあただの旅人と変わりない。せっかくの仕入れを活かしてもう少し力をつけていきたいんです。」
「トト屋を真似て店を構える気かい?」
「無謀ですかね?」
「いや、いいと思うよ。ただし、十年待てるならね。」
「…。」
ナーダルの見立てに天井を仰ぐ。
「ここまでだって、随分と速い成り上がりだと思うけどね。イズーリアと違って僕も早々無茶は出来ないよ。こちらでは軽薄殿下の名前も使えないしねえ。」
それでも十年あれば成り上がる自信はあるようだ。
でも。
それでは余りに、時がかかり過ぎる。
「あらやだ、しけた顔でお揃いの皆さん。ご飯なら呼んでよー。」
呑気な声が、やってきた。
カリオンがひくっと耳を下げる。
一方ベルドが抜く手も見せず近寄って来た男の喉元に剣を突きつけ。
「誰だ。」
と、誰何する。
「誰か、と、聞かれたら答えてあげるが」
「もしかして、ハル殿ですか?」
「最後まで言わせてよー。」
目つきのあまり宜しくない、扁たい顔の東方人の男がベルドの剣先を気にもせず相席してくる。
声も姿も違うが、そのノリは幻獣駄剣ハル以外の何者でも無い。
「何ですかその形は。」
「人型モード。この国って、幻獣不便じゃない?よく考えたら、俺、この格好もしっくりくるんだよね。で、やってみたら、出来た。」
人間、坂中春人の姿である。
「なんて、いい加減な。」
と、ウィラード。
「どうせ変化するなら絶世の美女になればいいのに。」
こちらはナーダルの呟き。
「俺だってなれるもんならなって、ナーさん誑し込んでみたいよ?絶対面白いじゃん。」
「…いや、やっぱりそのキモい格好でいい。」
「キモい言わないで?泣くよ?ウーさん、見て見て、おっさんじゃないよ、俺。」
年の頃なら二十歳そこそこ。いや、東方人は若く見えるからもっととうが立っていてもおかしくない。
どちらにせよ。
「子どもではなかったんですなあ。」
にやり。
しまった、という顔でハルはそっぽを向く。




