囚人と剣
「飯だよ、トン、いや、シロン様。」
看守はたっぷり盛られた食事を嬉しく思いながら運ぶ。
「その名は使わない方が。トンジで良いよ。ありがとう、美味そうだね。」
若いせいか数日前まで死にかけていたとは思えぬ回復ぶりである。
まだ痩せてはいるが、唇に血色が戻り声にも張りがある。
「手はどう?治して貰えた?」
「ああ。トンさんのおかげで。…やっぱりトンさんは無いなあ。元のお顔は随分と。」
何度見ても、見飽きない。
男の顔に見惚れるなどそんな嗜好は無いのだが、この青年の笑顔からは目が離せない。
「服も鎖もあの時に何とかして貰えないか頼んだんだけど。力不足ですまないなあ。」
「無茶しないで。見苦しい格好だけど、そうそう客も来ないしね。今はこれで充分。」
肉の入った飯を指してにこりと笑う。
「ここには僕の他に二人いるって聞いたけど。」
もぐ、とパンを食べながらシロンは世間話のように聞く。
「…。」
返事が出来ず、看守は目をそらす。
「それはお喋り幻獣かな?」
「…いや、違うと思う。すまないが、トンさんその話は、」
「うん、ごめん。もう訊かないよ。暑い中待たせて悪いね。沢山盛ってあって、なかなか食べ終わらないや。」
「ゆっくりでいいよ、トンさん。」
ほっとして、看守も床に座り込み汗を拭う。
自分も失脚したらここの虜囚になる、というのを本気で案じた訳ではないだろうが、先日の魔術師の一声で食事だけは改善されている。
飢え続けていた胃に負担をかけないよう、ゆっくりと飯を食むシロンをのんびりと待つ。
ふと、その傍に石ころが転がっているのに気づいた。
シロンも看守の視線に気づいて少し困ったように肩をすくめる。
「それは、あの時の?」
「うん、まあね。ただの石ころだよ。」
看守に転がして寄越す。
美しくカットされた、ただの石。
「そこに六芒星が描かれているでしょう?魔力が篭るとそこが少し光る。大仰な細工は流石に宮廷魔術師様の物だけど。元は幻獣の棲の辺りでそのへんに転がってる石ころだよ。」
「…ほら、しまっておくといい。」
転がして返してくる。
「いいの?」
「石ころぐらい、いいんじゃないか?そもそも、あのお偉さんが捨てて行ったんだし。」
「あのお方ね。」
何やら思い出したのか、ふふと笑う。
囚われて帝都に連れて来られた時に、まだ子どもじゃないかと苛烈な尋問に異を唱えてくれたのもあの男だし、その一方で看守の剣が爆ぜたあの魔術でシロンの顔を潰した男でもある。
そして、どういうつもりか。
空とはいえ賢者の石を置いて行ったのは、捨てたわけでも、無力なシロンへの嫌がらせでも無い。
星が光らぬか、シロンの伸びつつある魔力を測る為。
それとも…。
貴族の駆け引きなのか何なのか。
ウィラードには意図の分からぬ当たり障り無い会話と、腹がたぷんたぷんになるほどの茶を飲まされてようやくいとまを許される。
最初に勧められるがままに腰を下ろしてしまったのがいけなかったのだろうか。
シロン領の件も、別段確証があったわけではなさそうでほっとする。
ただ、五年も経った今でも警戒しなければならない案件なのであろう。
それは。
どんな状況であれ、シロンは生きている。
ウィラードは改めて確信する。
帰りの馬車へ案内されると、入り口にカリオンが立っていた。
従者らしく、ウィラードが乗り込むのを助けてから自分も乗り込む。
「おい、大丈夫か?」
「はい、ご主人様。」
ウィラードが低く聞くのに御者の手前言葉だけは丁寧に返してくるが、どう見ても機嫌と気分が悪そうである。
宿に到着するなり、寝むと一言宣言して部屋にこもってしまう。
仕方なしにウィラードも部屋に戻り唐衣を着替えながら、そういえば、とハルの事を思い出す。
結局帯剣は許されずカリオンに預けていたのだが、いとまの時に腰に戻したのだった。
「ハル殿?カリオンは、」
ぴくりともしない。
ウィラードは頭の高さから床に落とす。
「痛った!」
「あんた、寝てただろ。」
「寝てないよ?」
「寝てたよな?」
「寝てないですよー?何の御用?ぼく、忙しいんだけど。」
「っはあ。ほんと、勘弁してくださいよ。城でカリオンが何かされたか知りませんか?」
「あー。うーん。あれねー。」
「大丈夫なんですかね、彼は。」
「大丈夫じゃない?俺は武具庫に仕舞われていたから知らないけど。何かあった?」
「売って路銀にしていいですか?この駄剣。」
「うるさいわね、寝てられないじゃない。」
もそ、と布団が動き煌華が顔を出す。
誰からも相手にされず、かといって外を出歩くのは流石に躊躇われたのか一日中ふて寝をしていたようである。
こちらも不機嫌極まりない。
「なあ、嬢ちゃんよ。カリオンを見てきてくれないか?怪我をしてたらへっぽこヒールでも無いよりマシだろう。」
「え?カリオン、怪我したの?うふふ、勿論見てくるわ!」
いそいそと獣人の元へ向かう。
「あーあ、カリオンさん気の毒に。」
「へ?」
「コーカさん、あれでも幻獣だからねー。カリオンさんも痩せ我慢してるけど怖がっていると思うよ?」
「そうなのか?」
焔ならともかくアレが怖いって?
「だって、俺預けられた時も尻尾めっちゃ垂れてたし。あんまり気の毒しないであげなよね?」
「あー。はい、わかりました。わからんけど。」
「ところでコーカさん、一緒に寝てんの?うりうり。」
もう一度床に落としてやる。
床の硬さを思い知るがいい。はあ、布団で寝たい。




