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疑惑

 髭をあたり、髪を撫で付け、売り物予定だった唐衣を着る。

 いつもは、疲れたおっさんのウィラードだが素材は悪くない。

「っはー。」

 という溜息さえ吐かなければ壮年の伊達男と言えなくはなくもない。…少しだけ。

「胸を張れ、みっともない。」

 従者として同行するカリオンの方がよほど堂々とした偉丈夫ぶりだ。

「伯爵といえば、あんたの主人の父、敵かもしれない男だろう。服ぐらいで呑まれてどうすんのさ。」

 ナーダルにも呆れられる。

「そうは言っても俺からしたら雲上人ですわ。それにこの服も似合ってないし。」

「リュヘルとは平気で話しているだろうが。あの方も国では一応上位貴族だぞ。」

 ベルドまでぐずぐず言うウィラードの背を叩く。

 何で一番ヘタレな俺が店主なんだ、とウィラードは恨めしげにそうそうたる男達を見る。

「あんたに裏で糸引くような才覚があれば矢面を代わってあげてもいいけど、無いでしょ?」

 ナーダルがニヤニヤととどめを刺してくる。

「困ったら土下座しよ、土下座。」

 まだ剣のままのハルも跳ねる。

 そのハルを縊るように把み、無理矢理鞘に差し込む。

「あんたには付いてきてもらうぞ。」

「帯剣が許されるかなあ?」

「うう、…他のモノに化けられないのか?」

「うーん?うーむ、うー。」

 鞘から這い出たハルが身体をくねらせる。

「出来そうではあるんだけど…ほら、ウーさんがルルリンの衣装着る感じ?」

 一同うっかり想像してげんなりする。

「出来そうだけど、出来ない。わかってくれた?」

 メンタルな制限がかかっているようだ。

「一体なんの呼び出しだと思います?」

 リュヘルがいれば貴族の考えも示唆してくれようが、あいにくこの面子では剣や武、商売の事は聞けても雲上の事はさっぱりである。

「さあて?」

「っはー。」

「ほら、迎えが来たようだ。献上の品を選んでおいたから。」

「首が飛ぶような物を包んでいないでしょうなあ?」

「疑うならご自分で用意して下さいよ。」

 苦笑いで、ナーダル。非道ともあろう者がうっかりまともな仕事をしてしまった。

「行って来ますが、もし戻らぬ時は、」

「お嬢を焚きつけて殲滅無双、」

「なんてことはせず、逃げて下さいよ。ほんと、たのんます。いいですね?くれぐれも、」

「早く行け。」

 ベルドに放り出される。


 ウィラードはシロンとは別の意味で人心掌握に長ける。

 頭も良く、才もある。そつなく、思いやりもあり、溜息をつかねば伊達男。

 だのに、自信なく頼りない。つい、手を貸し世話を焼いてやりたくなる。

 人間をあまり快く思わぬ幻獣ですら、すっかり苦労人が板についたこの男を見かねて手を貸すぐらいだ。

 本人はあまり気づいていないが、実のところ女ウケも良い。

 ルルリン達には歯牙にもかけられていないと本人は思っているが、少女達は抜け駆け禁止を互いに約束し合うぐらいに心酔している。ヌコの次に、ではあるが。

 深窓の令嬢から飯屋の女将まで、幅広くモテている。

 今も、また。

「竜殺しの二つ名で、どんな武のお方かと思いましたが随分と洒落ていらっしゃるのですね。」

 ころころと姫君が笑う。

「田舎出の無作法者でございます。」

「姉上、殺すの意味が違いますよ。」

 ひそ、と弟殿下が耳打ち。

「あら、まあ。」

 煌華の嫁取りが黄龍をタラし込んで手懐けたという武勇となって出来た二つ名である。

 実情は人間世界を遊び回りたかった煌華が居つく理由にひっついているという、タラし込んだというよりもお人好しにつけ込まれたというべきなのだが。

「獣人娘も多数妾ているとか?」

「ご想像にお任せします。」

 どう答えたら正解なのかさっぱり分からないが、なんとなく空気を読んで艶と笑っておく。

 一体何の為に呼び出されたのか。

 分からん。

 それにしても、とウィラードはへこへこ頭を下げながら思う。

 ああ、よく似ている。

 一瞬。シロンが現れたかと思ってしまったくらい良く似ている。

 彼も今では美しい青年に育っているに違いない。

 きっと。


 献上の品を渡し、領内での商いの許しを願い、旅の表向きの目的とルルリンの熱烈な支持者である青年貴族の噂話をし。

 イズーリアやホジカ神国の様子をねだられて語って聞かせる。

 伯爵様に呼び出されて何事だと思っていたが迎えたのはその子息と姉姫で、和やかな茶会が続いている。

 退屈しのぎに旅の商人を呼び寄せてみた、そんなところか。

 と、ウィラードが力を抜いたのを見計らったかのように。

「貴方の商会には随分と亜人が多いようですね。」

「ええ、まあ。何せ成り上がりな者でして、なるべく手駒も安く集めたく。他の商会さんよりは、多い、んでしょうなあ。」

 のんびりと答えたところに。

「この近くに迷壁都市と呼ばれる小領があるのをご存知ですか?」

「あ、はい。それは勿論。一夜街道、幻獣の棲の手前ですね。先日通り抜けて参りました。」

「あそこは我が末弟の領で、獣人を多数住まわせていたようです。」

 話が、どうやら本題に入ったようだ。

「左様でございましたか。砦なのかと、ご領主様に挨拶伺いもいたしませんで来てしまいました。」

 いやあ、失敗しました、とへらへらしながら内心気を引き締める。

「弟殿下は気難しいお方でしょうか?失礼のお詫びを兼ねて一度ご挨拶に伺いたいのですが。」

「おや、ご存知なかったですか。末弟シロンは領民の獣人どもに襲われて、本領まで逃げ戻って来たものの可哀想に力尽き亡くなりました。」

「…それは、お悔やみ申し上げます。」

 噛み締めた唇を見られないようにウィラードは深く頭を垂れた。

「その獣人どもが、小賢しい者揃いでね。一様にイズーリア方面に逃げてしまったのですよ。」

「恐ろしい事ですわ。商会の獣人はどこでお求めになられましたの?弟の二の舞にならないかと心配です。」

 ようやく、何故呼び出されたのかわかってきた。

「御心配を頂戴しまして恐縮です。まあ、私の商会の者は竜殺しが手懐けてありますので。」

 意味ありげにニヤニヤしておく。

「お連れの従者も獣人でしたね。隷属紋も無く。いささか心配でしたので、こちらで調べておりますよ。」

 おいおい、と内心で舌打ちする。

 カリオンの旦那、頼むから暴れてくれるなよ。

「それは重ねてご親切に。ですが、あの者こそ出自も明らかで私に剣も捧げている忠臣です。お調べも結構でございますが、何卒手柔らかに願います。」

 つまりは、獣人、幻獣を多く集めたウィラード商会が、旧シロン領の領民の隠れ蓑になっているのではないか。

 そう、探られているのだろう。

 問い詰められてはいないが、トト屋から飛び発った黒龍もウィラード商会の者との情報は入っているに違いない。

 今回の旅で元領民なのはウィラードとハル、モナだけである。

 剣のまま入領しているハルは論外で、ウィラードの事も獣人好きの変態商人、無関係な者とされたようだ。

 あとはモナが見つからず、カリオンの疑いが晴れれば。

 シロンの新たな情報は得られず、仲間を危険に晒しただけ。

 ウィラードはじりじりと、時の過ぎゆくのを待つ。

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