商都シロキオン
堅牢な壁がある。
その報告を受けて、伯爵家お抱えの魔術師達が総出で穴を穿つ。
それでも、丸一日がかりとなった。
漸く、騎馬兵の通れるほどの穴が開いたら、中にはまた、壁。
壊して強行突破するか、おざなりに掛けてある細い縄梯子を使って上り下りするか。
あるいは迷路のような、薄暗い通路を通り抜けるか。
結局、斥候部隊が梯子で先行し、本隊は迷路を攻略。魔術師部隊は壁を破壊してゆく。そんな大掛かりな行軍になった。
腹立たしい事に、迷路は所々に子どもなら通り抜けられそうな小穴は開いているのだが、それ以外はどう通っても行止りであったり、あるいは周回させられたり、罠こそ無いものの中々先へ進めない。
と、一頭の竜が空へ舞い上がる。
シロン領には飼いならされた幻獣が居る、という噂は本当だったのか―――全軍に緊張が走るも、美しい黄金色の竜はそのまま飛び去る。
やがて斥候が不思議な情報を持って戻って来た。
中は無人だ、と。
その後隈なく捜索した結果、領主館とおぼしき一回り立派な館の何故か水浸しの一室で惰眠を貪る幻獣の子どもを一人見つけた。
「ふあ?あー、やっと来た。」
子どもはそう言って伸びをすると、兵達に背を向けていそいそと靴を履く。
領民を見つけたら捕らえてこい―――そう命ぜられている兵達は慌ててハルを捕縛する。
ふむ。
やっぱりそういう扱いなんだ。
ハルは黙ってされるがままになりながら、他の領民達を逃して正解だった事を悟る。
シロンや煌華の様に魔法で無双を出来はしない。
この先捕らえられてどうなるか、恐ろしくはある。
だが。
シロンの消息を知るにはどのみち伯爵家に乗り込まなくてはならないのだ。
楽をして懐に入り込んだ。
そういう事にしておこう。
挫けそうになる気持ちを無理矢理持ち上げながら、連行される。
広場に大きな天幕が張られていた。
中は明るく暖かでシロンの居室よりよっぽど質の良い調度品で設えられてある。
その奥にいた身なりの良い二人の青年の前に平伏させられる。
今、変なものを見たぞ?
もう一度見ようと頭を上げたらいきなりクッションが飛んで来た。
「誰が面をあげて良いといった。」
物を投げつけただけでは苛立ちが治らなかったのかわざわざ立ち上がって長いおみ足で蹴りつけてくる。
せっかくのイケメンなのに小者の態度で非常に残念な感じだ。
「兄上、それ位で。」
真面目に止める気はなさそうに、もう一人の青年が言う。
ハルが涙目になっているのを見て溜飲を下げたか、兄上と呼ばれた青年はうむと頷き椅子に戻る。
「けほっ。痛てて、酷いじゃないか。あんた達、シロンの兄さんでしょ?」
そう。二人はシロンによく似ていた。
整った顔立ちにすらりと長い手足。声までイケボの美青年達だ。
だが惜しいかな、二人からはシロンの様な聡明さも闊達さも感じられない。
「シロンはどこです?ここはあいつの領ですよ。いくら御身内でも無体がすぎませんか?」
シロンのやりようを真似てハルは畳み掛ける。
イラっとしたのか兄が兵に合図を送る。
問答無用で叩きのめされる。
あかん。これは無理。早く逃げよう。
「ごめんなさいごめんなさい。僕、シロンの友達なんです。許して下さい。シロンはどこですかあ。」
土下座と泣き落としのコンボである。
ふ、と兄弟が嗤った。
案外ちょろい。
「シロ、助けてー!」
もうひと押し。
「馬鹿め、」
よし、きた。シロはどうなってる?
ハルは鼻をすすりながら耳をすます。
「あの化け物は、」
「可哀想に自分の領民に弑逆されて、」
あ、と思わず声が出る。
最初に感じた違和感。
二人が良くシロンに似ていた事に気を取られてしまったが、それではない。
顔を見る前に感じた事。
それは、戦さの場にそぐわない喪装。
欲しい情報は得た。
後でゆっくりと考えよう。
とりあえずこの場から逃げねば、シロを助けるどころか自分の身が危ない。
ぼむっと竜型に変身し、周りの兵を突き飛ばしながら全力で走る。
うまい具合に天幕をなぎ倒し、とっとこと走る。
なんとか兵の目をかいくぐり、建物の裏手に隠れたところで小刀に変身。
出来るだけ小さく、目立たなく、錆びた風に。
にじにじと物陰ににじり隠れ息を潜める。
あのぼんくらどもからなら俺だって逃げられたんだ。
シロがあんな連中に殺される訳がない。
大丈夫。
きっと大丈夫。
考えろ。シロンが現れない理由は何だ?
考えろ考えろ考えろ………。
「ほんと、駄剣ね。寝てばっかりじゃない。」
煌華がハルをつまみあげる。
「戻って来てくれたんですか?」
嬉しいような、困ったような。
宵闇に隠れたり、などという事はせずに清々しいほど堂々と飛翔して来た煌華である。
背後からずらりと兵が詰め寄る。
ぶん、と片手で風魔法を操り、兵を吹き飛ばす。
そのまま飛翔。離脱しようとするのを。
「ちょっと寄り道、いいですか?」
「いい度胸じゃない。寝ぼけているの?」
「いえ、念のためシロに書き置きを。あいつもキレたらやばい奴だから。」
煌華が嫌な顔をする。ウィラードとハルごと討伐されかけたのを思い出したらしい。
「そこに、描いて貰えますか?」
無傷な側の外壁を指差して、ハル。
仕方ないわね、とばかりに指先に魔力を込める煌華。
『ようこそ!商都 シロキオンへ』
幻獣二人の去った後に残されたのは、壁にざっくり刻まれた、そんな看板だった。




