彼と彼女の二乗
「地下施設から穴を掘って、こっそり脱出しようと思ったんだけど、四次元、もとい異空間収納が使えるならそれで、」
言葉を止めて煌華の様子を伺う。
「何よ?」
「何でも無いです。コーカさんのお力を貸して頂ければ、獣人の皆さんも安全に避難が出来ると思うのですが。」
「…。…。無理。無理無理。絶対、ダメ。」
「助けられた獣人さん達は、きっと感謝の舞を踊ると思いますよ?ね?協力して下さいよう。」
「無理だし駄目!」
いきなりハルの首をひっ掴み異空間を覗かせる。
そして引き抜く。
「ほっほー。これは、あかん奴や。何でこんなに散らかしておくんですか!」
頭の上にふぁさりと落ちてきて一緒に戻ってきた布を煌華に渡す。
おパンツである。
煌華は慌てて異空間にしまい戻す。
「皆んな大体一緒な筈よ。だって自分の空間は怖くて覗けないもの。」
うっかり転げ落ちたら出られない、そういうものらしい。
「どうやって中の物を取り出すんですか?」
「アレが欲しいと思えば、ソレが出てくるの。」
「中に入れた物を忘れたらどうなるんですか?」
「…記念品になるのよ。」
つまり仕舞いっぱなしらしい。散らかる訳だ。
煌華の年齢は知らないが百年スパンのガラクタが詰め込まれているのは想像に難くない。
あの惨状を片付けるのと、トンネルを掘るのと、どちらが手っ取り早いか悩ましいところである。
「考えてみれば、私のでなくてもいいんじゃない。」
「まあ、そうですけど。協力してくれる幻獣の方を連れてきてくれますか?」
「何言ってるの。あんたも幻獣でしょうが。」
「幻獣、なんですかね?自信が無くなって来た。」
「少なくとも、形態変化出来るなら個別空間はある筈よ?」
「アレかな、裸になりながらペカって光ると服が変わる的な?竜型は着ぐるみなのか。」
「あんた、ばか?」
「うほ。もう一回言って下さい。」
勿論、蹴られる。
煌華との相性が良いらしく、無駄に会話が弾んでしまう。
遊んでいる場合ではない。
「俺にもあるなら使いますよー。無いからこうしてお願いしているんじゃないですか。」
土下座。
繰り出し過ぎてもはや必殺技でも何でもない。
「この辺にない?」
ハルの背を踏み台にして空中を探る煌華。
「うぐ、何か別の方向に目覚めそう…ありました?」
「他人のを分かるわけが無いでしょう?」
「じゃ、何で乗ってるんですか!」
「あら、何でかしら?」
「遊んでいる場合じゃないのに、くっそ楽しい。この辺ですか?」
久しぶりのぼっち返上で煌華も何となく嬉しそうだ。
あるわけ無いよと思いながらもつま先立ちで頭の上を探ってみる。
指先が微かに何かに触れる。
「あるじゃない。」
「あったのかー。」
椅子に登ってもう一度同じところを探る。
無い。
煌華が呆れて頭の上を指す。
つま先立つと、触れる。
「これ、使えない…。」
「大体上の方に口が出来るのよ。おチビちゃんの転落防止の自衛機構らしいわよ。」
「今から牛乳飲んだって間に合うかっ!やっぱりコーカ姐さんしか頼れる方はおりやせん。」
「殲滅?」
「違います。えーと。そうだ、中に入る前に眠っておいて貰うのはどうです?寝てれば中も見られないでしょう?」
「寝ていてどうやって入るのよ?」
「入れるんです。揚げ足取ってドヤ顔しないでください。どうです?感謝の舞ですよ?」
「そおねぇ。どうやって眠って貰うの?」
「えーと、スリープの、魔法?」
「魔法使えるの?」
「コーカさんに、」
「私は使えないわよ?」
どかんとか、ばこんとか、派手な効果音のつかない魔法は基本使えないらしい。
広場に領民一同が集まっている。
ひそひそざわざわと、皆、不安げな面持ちだ。
ちっさい幻獣の子とヌコに逃げられた幻獣の女の人が何故か酒瓶担いで現れた。
「えー、皆さん。今から現況報告をいたします。それからこの中でお酒の飲めない方、強すぎる方はいらっしゃいますか?」
皆、不安そうにしているが挙手は無い。
「ざるとかうわばみはいませんね?」
エリム砦から戻って来た時のお祭り騒ぎで、大体皆んな幸せそうに呑んだくれていたのを思い出し、スリープの魔法代わりにお酒を配ってみる事にした次第である。
「一杯目を配りますのでお名前をお願いします。記帳が漏れてしまうと、えーと、記念品になってしまう可能性があります。」
ハルが大福帳に書きつけ、煌華が酒を配る。
怪し過ぎる酒杯を渡されて更に不安が高まる。
「では、皆さまのご健勝を祈念して、乾杯。」
ぐび。
「おかわり、沢山ありますからどんどん呑んで下さい。」
皆、恐る恐るちびりちびりと口をつける。
飲みたくはないが、飲まないともっと怖い目に遭いそう、そんな空気の中をハルが気づかぬふりで酒瓶抱えてどんどん注ぎ足して行く。
「ああ、そうそう、現況でしたね。えーと。シロ、シロン様が外壁を作ってあるので今のところ無事なんですが、目下この荘園は兵に囲まれています。」
どよめき。
「シロン様からは伯爵領へお出かけになった後、連絡がありません。」
更にどよめき。
「一応、俺が有事の際には荘園主代行として判断するように言われています。」
ブーイング。
「今、文句を言った人、出てきて代わって?」
しーん。
「…続けます。外の連中がどういうつもりかは分からないのですが、とりあえずここを脱出して魔の森へ退避したいと思います。」
はい、とモフが手を挙げる。
「ここに残ってはダメなのん?」
「捕まったらもいちど奴隷にされて売り払われるかもしれませんが?」
はい、とモフがもう一回手を挙げる。
「シロン様は助けてくれないのん?」
「それなんですけどね。」
ぐび、とハルも杯を重ねる。
「あいつがこの状況で帰還しないのはおかしいんですよ。皆を見捨てたりする奴じゃない。それは、信じて欲しい。」
「そんな事、ハルに言われなくても信じてるのにゃ。でも、でも。」
それなら、シロンの身に何があったのか?
ハルとモナの掛け合いに、また、静まり返る。
「前言撤回。美人メイドさんにちやほやされて羽根を伸ばしてるんです。」
「あんたじゃあるまいし。」
ぽそりと煌華が要らぬ突っ込みを入れてくる。
「くそっ。どう話せばいいんだよ。」
「変に話を濁すからいけないのよ。子ども相手じゃないんだから。」
詰まらなそうに煌華が言う。
「皆さーん。皆さんの大事なシロンは生死不明でーす。これからこのおチビさんが探しに行くから皆さんは人質にされないようにこの中に入って下さい!でも中で目を開けたら、命の保証は出来ません。」
異空間の入り口を指し示し、にっこり。
「コーカさん、それ、俺でも怖いです。」
「言っとくけど、時間無いわよ?壁、壊されたわ。」
ひそと耳打ちした言葉だが、獣人達は聞き取って息を飲む。
「儂らは、役立てませんか?」
鍛治のクマゴロがむんと太い二の腕を見せながら聞いた。
「お気持ちは有り難いんだけど、筋肉あっても弓や剣には勝てないよ。」
「邪魔ですかい?」
「あー、すいません。ぶっちゃけ皆さん、足手まといです。」
「仕方ないですわ。皆んな言う通りにしましょう。」
バニィがそう言って手中の杯をぐびぐび飲み干した。
「寝てればいいんでしょ?」
「あ、はい。そんな感じで。」
「中で呑んでいていいのん?」
「えーと、そりは…。」
「もう、勝手にしなさい。その代わり、次は私とも宴会して貰うわよ!」
「あ、いいそうでーす。じゃ、皆さん中散らかってるので気をつけてくだ、痛い痛い痛い!」
足を穴の開くほど踏み躙られたが、なんとか領民を収納する事が出来たのだった。




