勇者の清算
「エリム砦でコーカさんに膝枕されてただろ?あの時、めっちゃ美味そうだったもん。つい、目が覚めた。」
「俺は焼肉か何かですか。」
「松坂牛クラスだったね。物凄く怖い目に遭った?」
「あー。まあ、そこそこ。いや、何となくは覚えてはいるんですが、何か夢だったみたいにぼんやりとしてきて。」
思い出したくもありませんが、と続ける。
シロンが表情を消したまま、ハルに説明を求める。
「そう睨むなよ。別に食う為に恐怖の大魔王になんてならないし。コーカさん達は幻獣の棲、その後ろの異世界と接続すれば満足出来てると思うよ。」
「…。」
「それに、こう言ってはなんだけどね。本当に美味そうだった、ってことはあのまま目覚めればウィラードさんは多分病んでいたよ。コーカさんがつまみ食いしたおかげで正気でいるんだから、そう思えば優秀なカウンセラーじゃないか。」
「…。」
「シロ?」
「…君も、食べたんだな。」
目線を合わせずにシロンが呟く。
「カニバリズムみたいな言い方やめれ。…仕方ないだろ。幻獣は餌いらずって、ろくなご飯も貰えなかったんだから。でも寿命を縮めるとかそういう作用は無いよ?ねえ、ウィラードさんからも何とか言って下さいよー。」
「はあ。なんだかよく分かりませんが、夢くらい食って貰って構いませんがね。若い嬢ちゃんにしがみつかれては、寝られません。」
貘にされてしまった。
「嬢ちゃんが居座るんでしたら、あの、シロン様?」
たったと走り去るシロンをウィラードは呆然と見送る。
「何かご機嫌を損ねてしまいしたか?」
話の途中でどっかに行ってしまうなど、普段のシロンにはあり得ぬ行動に困惑する。
「いや、貴方のせいじゃないです。何か伝える事があるなら後で話しておきますよ。」
肩を竦めてハルは努めて軽く言う。
それなら、とウィラードはハルに相手を変えて話を続ける。
「コーカ嬢が居座るなら何処かへ寝床を用意してやって欲しいんですわ。なるべく早急に。」
「早急に?うっかり手が出ちゃう?うりうり。」
にやにやとハル。
「…あんた、本当に子どもなんでしょうな?」
胡乱な眼差しでウィラード。
「無垢な子どもっすよー、やだなあ、もう。って、冗談ですよ。ちゃんとあのバカに伝えます。」
「…大丈夫なんですか、シロン様は?」
「大丈夫です。いざとなったら、」
「なったら?」
「必殺、オレ土下座。」
ハルの究極奥義である。
とりあえず害はなさそうだ、とウィラードは頷き後を任せることにした。
さて、とハルは考える。
シロンを追うべきだが、追っても追いつけないに決まっている。
ここで待つか?
いやいや、誠意は見せるべきだよな。
そういう訳で反対周りに歩き出す。
強い感情の香り。
怒り、苛立ち、焦り、不安、恐怖、動揺。
そして、贖罪と哀しみ。
やばい。
まずい。
蒼白のシロンがハルを待ち伏せていた。
一撃必殺の魔力を揺らがせて。
ハルも即、必殺技を繰り出す。
「すんませんすんません、もーしません、二度としません、ごめんなさい。」
土下座。
任せる、と思ったものの様子だけは見守っていたウィラードがあんまりの光景に戸惑う。
ハルのノリにシロンは全く応じていない。
まずいな、とウィラードは二人に近づく。
「…。」
止めに入ろうとした気配を感じたのか。
無言のまま、足元にひれ伏すハルに向かってシロンは風刃を振り下ろした。
どごんっ。
「朝っぱらから何の騒ぎ?寝ていられないじゃない。」
「おお、コーカ嬢!」
ハルごと吹き飛ばされながら、ウィラードは歓声を上げる。
まさに間一髪、と言いたいところだが、実を言うと少し前から焼肉、もといシロンの感情の匂いにつられて見物をしていた煌華である。
「コーカさん、シロを食って!」
「無茶言わないで。今アレに触れる訳、ないでしょう⁉︎」
「じゃあウィラードさん、助けて。」
「全く大丈夫じゃないじゃないですか!一体何をやらかしたんです?俺を巻き込まんで下さい。」
「だって、そもそもウィラードさんが、」
ウィラードの背に隠れる幻獣二人。
その前にじり、と立つシロン。
「先生やっちまってくだせえ。」
「よく、この状況で冗談言ってられますな。えーと、シロン様?」
「ウィラード、どいて。」
冷ややかに、シロン。
「どいたらどうなさるおつもりで?」
「…。」
「絶対どかないで。お願い!」
「背にしがみつかんで下さい。…シロン様、ご友人との喧嘩にしては、その、殺気が過ぎやしませんかな。」
「…警告はしたよ。」
これは、仕方ない。
ウィラードは観念して目をつぶる。
煌華がウィラード越しに手を伸ばす。
間に挟まれてハルがグエッと息を吐く。
シロンの魔術の発動と。
煌華の手が触れて、シロンの感情を根こそぎ喰らい尽くすのと。
「熱があるわね。」
たらふく食べた煌華が、少しだけ優しく言ってシロンの額を撫でた。
「はしゃぎ過ぎなんだよ。」
ハルがいつもそうだ、とぼやく。
「ちょっと、シロン様の目が虚ろですが大丈夫なんですか?」
「大丈夫、大丈夫。前々世のトラウマを食べて貰ったから、熱が下がればスッキリするよ。」
「それじゃあ、私の安眠は?」
ウィラードがもう答えはわかっていながら一応、聞く。
「今夜は諦めて?」
「勘弁して下さいよー。」
自由な幻獣達を恨みがましげに見るが、無論意に介す二人ではなかった。




