駄剣の正体
「じゃあ、今日も荘園一周ランから始めるよ。」
「待て待て。朝から呼び出されて何かと思ったら、何なんだ?」
だいたいが二日酔いか食べすぎでゾンビの群れのごとき領民を代表してハルが止める。
「何って、朝練?」
「お前、昨日疲れたって言ってなかったか?」
「え?疲れた旅だったとは言ったけど。」
過去形である。
天高く秋晴れの爽やかな朝だ。
暑からず寒からず理想的な運動日和に走らなくていつ走る?
シロンはハルの言葉の意味が分からずキョトンとする。
ちょいちょい、とハルはシロンを端に呼ぶ。
「お前な。常人をお前と一緒にするな?普通の奴は二日酔いでは走らない。」
「そうだね。脱水症状のまま走るのは良くないか。じゃあ、ヒールを、」
「シロ?連中を鍛えて、何と戦わせる気だ?」
ハルに真顔で問われてシロンの笑顔が凍りつく。
「健康の為、とかそういう話じゃないよな?」
重ねてハルが訊く。
「ここには魔法少年シロンちゃんが居るんだぞ?」
「…幻獣ハル大賢者さまもね。」
「大賢者って言わないで…。まだ幼竜だもん。」
「えーと。大、大、大先生?」
「無理に乗っからなくていいから。とにかく。お前は自分も領民もこき使いすぎ。奴隷解放もいいけど、自分達がオーバーワークで休む間も無いなんて本末転倒だろう。」
前世の死因が過労死なだけにハルの力説には説得力がある。
解散?二度寝?
こぼれ聞いた領民達が期待の眼差しでシロンを見る。
「…わかった。じゃあ今日は走るだけにしておく。」
「だけ、も、無し。」
「半周?」
「無し。後ろ、見てみ?トレーニングで決死の覚悟をさせるなよ。」
振り返ると皆一様に「シロン様の命令なら走ります、すんごい嫌だけど」と言う顔で待っている。
「ごめん、ハルが正しい。…皆んな朝からすまなかったね。今日はやめておくよ。明日からも起きられた人だけ参加して下さい。解散。」
「「「はいっ!」」」
やけに、良い返事で領民達が解散する。
明日からは誰も来なさそうだ。
とりあえず、シロンは走る。
旅は大変だったが、たいして動いていないので久しぶりに流れる汗が心地よい。
仕方なしにハルも付き合う。
旅の後半は負んぶに抱っこ状態で一歩も歩いてすら居ない。
疲れていないよね?とにっこり言われて。
「別に彼らを兵にしたい訳では無いよ。」
周回遅れのハルに追いつき、速度を合わせながらシロンが言い訳する。
「だけど、攻め入られた時に身を守る術は与えておきたいんだ。」
走る、というよりとぼとぼ散歩の歩みである。
「ニコニコ街道が出来た今、この領の価値は跳ね上がったよ。必ずここを狙ってくる輩が出てくる。」
とぼとぼ歩いていたハルが足を止めて猪除けの柵に寄りかかる。
「はぁ。もう無理。歩きたくない。」
「え?いくらなんでもギブアップ早すぎない?」
「ハルテシオは歩いたか?」
「僕が持って歩いた。」
「春人は走ったか?」
「鈍足だったね。」
「俺は珍獣扱いでずっと鎖に繋がれてた。自由に走った事なんて無かったんだぞ。」
「じゃあ、今走ろ?」
「だが断る。」
ボムっと駄剣に変身して地面に転がる。
「…ハル?」
つん。
動かない。
「置いてくよ?」
「うぇ?」
「喋れるの?どうやって?」
「しらね。やだ。もう歩きたくない。抱っこー。」
ぴょんぴょんと剣が駄々をこねる。
ご領主様が剣と喋っている。
しかも、剣が気持ち悪く動いている。
見なかった事にして踵を返したウィラードをシロンが見つける。
「おはよう。僕も鬼じゃないからねぇ、貴方とヌコには声をかけなかったつもりだけど。どこかの駄剣と違って勤勉だね!」
「はあ。惰眠を貪りたいのは山々なんですが。」
剣の事を突っ込むか、自分の用事を済ませるか。
逡巡してから、剣の事はやはり見なかった事にする。
「嬢ちゃんの事なんですが。」
「コーカさん?そういえば姿を見ないね。ヌコの家にでも泊まっているのかな。」
「うちです。」
なんとも言えない顔でウィラードが言う。
「昨日は酔っ払った嬢ちゃんに抱き枕にされていました。」
「…ウィラードさんも隅に置けないね。」
「そんなイイもんじゃないです。俺は美味いらしいです。」
「朝から何の自慢ですか?うふん。」
剣がうりうりと柄でウィラードの脛をつつく。
「…この声。まさか、」
「え?違います。」
「いやいやいや、」
「いえいえいえ、」
男と剣のコントが始まる。
シロンがもう一周走って戻ると人型に戻ったハルがウィラードにぺこぺこ頭を下げていた。
「あ、正体バラしたんだ。」
「バレました。一人だけ楽してすみませんでした。」
「本当にひどいですよ、自分だけ。それに剣になったのなら、何ですか、あのぐにゃって。」
「だってー。」
「まだ続きそう?もう一周走って来てもいいかな。」
「ああ、そうでした。嬢ちゃんです。」
ウィラードが我にかえる。
「うほ。何、責任取ってヌコさんと決闘でもする?」
「だからそんな色っぽい話じゃあないです。ハル殿、幻獣は人を。…喰らいますか?」
「え、えーと。うん。食べる。食べちゃうよー。うりうり。」
ハルの目が泳ぐ。
「ハル?何を隠しているのかな?」
「嬢ちゃんが言うんですよ。美味いって。」
「ほっほー。」
「ちょっとハル殿は黙っていて下さい。話が進みません。どうも、俺の、記憶を食っちまうみたいで。信じていただけないかもしれませんが。」
「それで?」
と、シロン。
「それだけっちゃそれだけなんですが。」
「気分は?身体の調子は?」
「はあ、すっきり…ではないですなあ。アレでも見た目据え膳ですからねえ。俺は普通に布団で眠りたいだけなんですが。」
ごにょごにょと言葉を濁す。
「どの記憶を奪われたの?覚えていないかもしれないけど、繋がらない記憶はどの辺?」
「エリム砦の中の事と、シロン様と出会う前のあたりです。覚えてないというか、ぼんやりしています。」
「…記憶じゃない。食うのは、」
ハルがため息をついて明かす。
「感情―――恐怖の感情が、特に美味いよ。」




