父来たる
城壁にシロンを見つけるなり、更に兇悪な気配を撒き散らかす。
「なんか雰囲気が?」
一緒に扉を開けた仲であるウィラードが眉をひそめる。
あの幻獣は、こうもっと、紳士的な感じだった筈だ。
だが今は。
どう見てもキレッキレである。
こめかみの青筋が見えそうなくらいだ。
「ごめん。ちょっと想定外。パーティメンバーがガンダルフとホビット二人しか居ないのにラスボス出て来た感じ。」
「意味不明ですが、何となく失礼な言われようですな。」
「うん、ごめん。ハル、起きて。流石に詰みそう。助けてくれないかな?」
無理無理無理。
明らかにそんな感じで只の剣のフリをする、ハルテシオ。
先程までのだらぐにゃりが嘘のように、普通の小剣である。
「ヌコさん、お願いがあるんだけど。」
「にゃ、にゃんでしょうか?」
「お父さんって、叫んでみてくれませんか?」
「?」
もっと無理難題を押し付けられると覚悟したヌコが首をかしげる。
「おとうさん、です。」
「おとうさん。」
「もっと大声で。」
「おーとーさあああん‼︎」
焔がぴしっと固まる。
「ヌコさん。僕の窮地を救ってくれますか?」
「俺はシロン様の為ならにゃんでも、にゃんでも、にゃにをさせられるんですかっ?」
「続けて叫んで下さい!僕の命がかかってます!」
「にゃんて言うんですかっ?」
「コーカさんをお嫁にください、です。」
「こおーかさんをーおよ。」
途中で気付き、顔面蒼白になる。
「むごい。」とウィラード。
「ひどい。」とナーダル。
「冷酷。」とリュヘル。
「幻獣大戦します?」
「安産型だ。」とウィラード。
「膝枕。」とナーダル。
「…美乳。」とリュヘル。
乳尻太もも揃い踏みである。
「コーカさんをー、およめ、よめ、…無理ですにゃあ。」
「無理なのか⁈うちの娘に、何か問題が、あるとでも?」
焔さん、ほぼ瞬間移動の域である。
ヌコの両肩を鷲掴みにし、威嚇している。
「にゃいです。」
そう、言うしかないではないか。
「嬢ちゃんの?」
「はい。お父様です。多分、力を奪ったのがいけなかったかと。」
「ご領主様?」
「想定外です。」
しれっと笑顔で言い切る。
大丈夫、婚約者の一人や二人。僕なんて昔、六人もいたしね。
甘くも大変だった思い出に少し虚ろな目になりかけるが、今回の新郎はヌコである。よかった。
と。
森の奥から、もう一つの、気配。
獣人達は頭を抱えてブルブル震えている。
カリオン他数名の獣人がかろうじて立っているが瞳孔が開いてしまっているのか、目がキラキラと何だか可愛いらしい。
そんな中を悠然と進むのは蒼龍の蓮。
こちらも城壁の上のシロンを見て、くいっと指で来るように合図を送ってくる。
「ええっと。下に降りる通路を教えて下さい。」
「なんだ。颯爽と飛び降りるのかと思ってた。」
ナーダルが呆れて言う。
「本当に魔力切れなんですよ。流石にこの高さを飛び降りるのは、ちょっと、無理?」
「あんたの主人、随分いい性格だな。」
やっぱりあんたどえむだねえ、と、にやにやウィラードに枝垂れかかるナーダル。
蓮の合図が指先から手のひらにかわる。柔かなのに、こちらのオーラもどす黒い。
「うわ、怒ってる。…焔さん、失礼します。」
言うなり掴まれているヌコごと焔を城壁から突き落とし、自分も身を投げる。
「⁈」
驚いた焔が見事な黒龍に変化。
その背を滑るように降り立つシロン。
「貴様!」
「ヌコさん、握り潰さないで下さいね。」
「‼︎」
焔がそぉっとヌコを両手で支えて、怪我をさせていないかキョロキョロ眺める。
そんな焔を背に、シロンは蓮の元へ向かう。
剣を抜いたままどうしてよいか戸惑っているエリム砦の兵の間を、彼もまた悠然と。
魔族の気を漲らせたまま、蓮はシロンを迎える。
「今は水無と茜が若い者を抑えている。問おう、人間。…我らに弓引くつもりか?」
「申し訳ありません。私の浅慮です。」
シロンは軽く首を下げる。
「浅慮、で済ますか。」
周りの兵をちらりと見て薄く笑う。
「彼らは、私の手勢ではありません。獣人達と小競り合いをしているこの砦の兵達です。」
「…我らの世界を、こちらに繋げたのは何故?」
「繋げてなど、おりません。道を作るのに少し空間を借りた、いえ、いただいただけです。」
「…。」
難しい顔になり沈黙する蓮。
後ろから寄って来た黒龍も怒気を収めて考え込む風。
「使っていらっしゃらないリソースかと。」
シロンにしてみれば、少ない魔力で道を作る妙案のつもりだった。
焔が現れたのも、煌華の力を奪い過ぎて目を回させてしまったのをどうしてか感知し父親として怒りに来た、と、そう思っていた。
しかし。
「その形で。お前も、我らと同じ幻獣か。」
蓮が嘆息する。
「いえ、私はただの人間…。」
言いかけて、ふと思い出す。
役立つモノと異界接続。
神に象られ、そんなスキルを望んだ友人が側にいる。
「私はただの人間です。頼りになる、友人が居てくれるだけですよ。」
君は僕に手を貸してくれるんだね、ハル。
ハルに怒りをぶつけられてからずっと、小さく棘のように刺さっていたものが、ふっと消えて無くなった。




