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転生勇者とおまけの剣  作者: 帽子屋
ニコニコ街道かっこ仮
30/151

冷酷と軽薄

 惰眠を貪る様を睨み付けはしたが、リュヘルはウィラードが好きだった。

 大好きなくらいだ。

 リュヘルは馬鹿が嫌いだ。

 普通の馬鹿も嫌いだが、空気の読めぬ馬鹿、読まぬ馬鹿、そもそも空気という存在を検知しない大馬鹿は特に大嫌いだ。

 己だけがまとも。

 リュヘルの自己評価も大体この砦にいる者達と等しい。

 そんな馬鹿の集団に居る中で、ここ数日のウィラードとの対話は実に快適だった。

 すこぶる頭の回転は速く、こちらの意思を読み取って、上手く韜晦してきたり、偽の情報を混ぜてきたり。

 頃合いもちゃんと心得て、ギリギリの所で問いに答えて来る。

 情に訴えても通じぬと直ぐに悟り、無様な姿は見せなかったが、ナーダルに対しては卑屈におもねって彼の弑虐心を存分に満たしてやっていた。

 実に好ましい、空気を悟る男だ。


 ニタリ。

 表情こそ変わらぬが、冷酷の上機嫌。

 空気を知る男、ウィラードも目を瞑ったまま身構える。

 そもそも、どういう状況に在るのか。

 確かめたい気持ちと、狸で居続けたい気持ちと。

 シロンが近づき脈を取る。

 女の手?いや、子供の、手?まさか!

 かっと目を見開く。

「ご自分の名前が言えますか?今日は何月何日です?聞こえてますか?」

「…ご質問の意図がわからんのですが?シロン様。」

 とりあえずシロンの無事は見てとり、ボリボリと頭を掻く。もう、風呂に入って酒飲んで布団で寝たい。

 だが、その前に。

 にぎにぎと拳を作ってみて、身体の好調を確認するなり、ウィラードはリュヘルに殴りかかった。


 当然の事ながら、ウィラードはリュヘルが嫌いだ。

 一度は屈して洗いざらいいいように唄わされた。

 今も声を聞くだけで、恐怖が蘇る。

 だから、殴ってやりたい。

 将と虜囚としては屈服したが、人としては対等なのだと。


「すっかり回復された様ですね。重畳。」

 さして武芸が達者なわけではないが、さっきまで死に体だったウィラードに殴られるほど鈍い訳でもない。

 あっさり躱し、届いたばかりの酒杯を手渡す。

 ウィラードのぎりぎりとした怒りを、何でそんなに怒っているのかと言いたげだ。

 酒に罪は無い。

 受け取り、ぐびと飲み干してだんっと空になった杯を置く。

 側で見ていればおっさん二人、阿吽の呼吸である。


 どうせ時間稼ぎなのだ。

 なら器の底知れぬ、だが生真面目そうな子どもの相手をするより、気心の知れた男と酒でも飲んで過ごす方がよっぽど楽だ。


 酒に罪は無い。無いが、また、リュヘルの相手をがっつりさせられている気がする。

 シロンを見る。

 シロンは酒を見る。

 首を振る。

 ぼく、飲めませんし?

 そうだよなぁ。しっかりしているけど、ご領主様はまだ子どもだよなぁ。

 結局状況が判らぬまま。

 リュヘルと差し向かいでちびちび酒を舐める。

 こんな事をしていて良いのだろうか?


「ヌコさんを、戻さなければ、ここで、暴れてさしあげるわよ?」

 もちろん、幻獣が大人しく茶番に付き合うはずがなかった。

 立場無いなあと、シロンは苦笑する。

 主従の互いを思い合う感動の再会もあったんだか、なかったんだか。

 頼もしくも呆れ果てる事にさっさと酒盛りをはじめるウィラードと。

 お気に入りを奪われて、床に転がって暴れそうな勢いの煌華と。

 さっきまでの憤りが見事なまでに霧消させられている。

 そうだ。

 自分が目指していたのは、こんな怒り怨み妬み嫉む事が馬鹿馬鹿しくなってしまうような、のんびりと自分の思うまま過ごせる世界だった筈だ。

 ふと手を見れば、痛いほどきつく(ハルテシオ)を握りしめていた。

 無論、鞘ごと、ではあるが。

 そっと剣を床に下ろし、かわりに湯呑みを取りすっかり温い茶をすする。


 ジャムスは呆れた。

 酒盛り茶飲み床を地団駄。一体どういう神経をしているのだ、と。

 この砦の中で実を言うならジャムスが一番身分が高く、権力を持っている。

 たとえ将だろうが、所詮は辺境砦の事。平出のミルガルムやベルドなど、指先一つで縛り首に出来る。

 貴族のリュヘルや大商人のナーダルであれ、失脚させる事など容易い。

 それは暗黙の了解であり、この砦でのジャムスの扱いは軽薄などと呼ばれてはいても完全な『お客さん』である。

 その客分であるジャムスですら、ミルガルムが血相を変えて飛び出して行った理由は分かる。

 内に高位魔術師、外に獣人の軍。

 万が一表で戦が始まっても、なるべく喧騒の届かぬ最奥のこの部屋に魔術師達を隔離して動向を伺う。

 ここまで、内陣に連れ込んだのはそういう事なのだろう。

 だが、蓋を開けてみれば想像以上にこのシロンという少年は獣人に傾倒していた。

 そして、彼らが少年の従者にした仕打ちを怨み憤っている。

 森の獣人軍と結託して、内外から砦を襲う、その可能性は高い。

 ではどうするか。

 浅い付き合いではあるがジャムスはミルガルムが何をしようとしているか大体わかる。

 例えるなら残業よりも早朝出勤して仕事を終わらせてしまいたい部類の人間である彼なら、獣人の来るか来ないか判らぬ襲撃を待つくらいなら、むしろ。

 襲わせてしまえ。


「あんたらのお仲間がまた吊るされてるかも知れないってのに、呑気っすねー。ああ、猫耳は奴隷っすか?」


 ガタン。

 部屋の空気が凍った。

 床に置いてあった剣が音を立てたのは、きっと気のせいだろう。

 軽薄は、別に馬鹿という訳ではないのだが、その軽薄さは演技でも何でもない自前の持ち味なのである。

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