御意向と御威光
「さすが慧眼でございます。不肖リュヘル、全く思い至りませんでした。…この砦で御大の愚策をお止め出来るのは、ジャムス殿下、貴方様ぐらいですよ。ここは、わたくしにお預け頂いて、是非…」
「えー、ちょっ、リュヘルさん。話し方怖いっすよー。一体どうしたんすか?」
「では、遠慮なく。…この、大馬鹿。そこのキレてる幻獣どうにかしろ。」
「あー。今の無しっす。きっとアレっすね。大将、猫好きだから可愛がって一緒にお散歩?」
「可愛がって散歩ね。成る程、絶景は広がるし、あんたらにも一度楽しんで頂きたいものですなあ。」
ぐびり。
なんとなく状況を把握して、ウィラードは手酌で杯を進める。
まだ、休めないらしい。
シロンが恐ろしいまでの笑顔を貼り付けて茶菓子をつつく。
「ごめんなさい。さっき、魔力切れが嘘って言ったのが、嘘でした。これ、あまり美味しく無いですね。もっと甘さが欲しいなあ。」
え、と、ウィラードの手が止まる。
「ご領主様?嬢ちゃん野放しですか?」
「野放しって、別にこの人そもそも呼んでないし?」
連れて来たのはあんただろう?とおっさん二人は同じ感想を持つ。
「野放しって。わたくしの、事かしら?」
煌華がガシッと右手にハル、左手にシロンを掴む。
この二人を見守れ、というのが長老達の指示だ。なら連れて行くしかない。
シロンの言うことを聞け、とも言われたが茶を飲んでいるだけの虫ケラはまだ何も言ってない。
ええ、言ってないわ。言ってない筈。言ってない、わよね?
シロンに何の注意も払っていなかったので、少し自信が無い。
「わかったっす!猫青年と美少年とおっさんの幻獣姐さん逆ハレムってことっすね?」
「おっさんて…せめて渋いとかちょいワルとか何か付けろよ。」
ぶつぶつとウィラードが呟く。
「オレも入れて貰いたいっすねー。毎晩膝枕っすか?どう見てもむさいおっさんなのに、何がいいんすかねー。」
「むさい…それを付けるかよ。膝枕ね。どんな妄想だったく、」
あり得ない、と言いかけてシロンの笑顔に気づく。
何故その笑顔を、俺に向けているのですか?
「膝枕?」
アレが、俺に?
うんうん。とシロンが手首を掴まれたまま頷く。
アレが、本当に?
こくり。とリュヘルまで頷く。
いやいやいや、いやいやいやいや。
顔に落書きとかされていないだろうな。
みりっ。
煌華が力を入れる。
シロンの手から嫌な音が聞こえた。
「まだ、戯れ言を続ける気?お前、案内しなさい。」
「いっすよー。いっすよね?リュヘルさん。」
良くは無い。良くは無いが、これ以上幻獣を焦れさせても、もっと良くなさそうである。
「わかった。俺も行く。」
仕方なく、立つ。
「ウィラードさん?」
「ここで酒番をしてちゃ、駄目ですか?」
「貴方は目を離すとすぐ迷子になるから駄目です。何なら手も繋ぎますか?」
「…。」
余計な事を考えると、また変なフラグが立ちそうなので大人しく腰を上げる。
上がらない。まずい。結構酔っ払っている。
「空きっ腹に流し込むからですよ。ほら肩を。」
「面目ない。」
外壁に近づくにつれ、ざわざわとした喧騒が感じられる。
高揚と、緊張と。
ああ、戦が始まる―――チリチリとした気配の中で。
「し、シロンさまあ!」
ヌコが壁を走りながら逃げて来る。
獣人ならではの身体能力だ。
後方から舌舐めずりをしたナーダルが追ってくる。
非道が二つ名の彼は、色々問題のある性癖故に色々問題を起こし流石の大商人の財力を持ってしても隠滅しきれず、ほとぼり冷めるまで辺境の砦に追われた外道である。
自分より立場の弱い者を物理的にも精神的にも追い詰めるのが大好きで、出来るなら自分より強い者も貶めて嬲りたい。
そんな下衆である。
あまり褒めどころの無い人格だが、他人を使わずきっちり自分の手を汚すことと気前はいいのでイジメの対象とされぬ者からは比較的受けが良い。
やれやれ、とリュヘルが前に出る。
「客人に何をしている?」
「客人?僕はただ、ミルガルムさんに言われてその獣人を吊るそうと…」
「こいつは!俺の尻尾をひ、引っ張ったんだにゃ!」
幻獣にだってそこまでされていにゃいのに。
「よかった、無事で。よく逃げてこられたね。」
「無事じゃにゃいです。斬られるとこだったですにゃ。」
涙目で尻を抑えるヌコに煌華が悶絶している。
「兎に角。シロン卿、戦争を始めますか?それとも、辞めさせますか?」
「私は、話をしに来ただけです。」
「では、幻獣と獣人を止めて下さい。私は砦の兵を収めます。」
「あれ、いいんですか?ミルガルムさんの頭越しに決めてしまって。」
「殿下の御意向です。」
「え。言ってないっすよー?」
「御意向、です。忖度しました。」
「そん?どういう意味っすか?」
「意図を汲む。それとも斬り合いたかったですか?殿下。」
「そんな訳無いじゃないっすか。ここまできて危ない目に遭うなんて、嫌っすよ。」
「ここ、前線なんですけどね。」
「宮廷よりよっぽど安全っす。」
「王族の方も大変ですねえ。」
「大変っすよー。」
「では、御意向で。ジャムス、一走り大将へ伝えて来い。」
「殿下の次は伝令扱いっすか。どっちかにして下さいよー。」
いいながらジャムスが走り去る。
「勝手な事を言ってますがどうするんです?シロン様。」
「カリオンが現れたら止めるよ。」
「カリオン?ああ、あの犬、失礼、あのクソ野郎ですか。連中もやる気満々でしたが、どうやって止める気で?」
「釘は刺してきたから、大丈夫じゃないかな。最悪、コーカさんとハルに竜型で陣取って貰おうか。」
「ご友人、来てくれるんですか?」
「友達思いだから、変身してくれると思うけど。一応、混浴のフラグ立てておこうか。」
「はあ…?」




