対話
内陣の荒れ果てた部屋。
ウィラードが寄って集って尋問されていた懐かしの部屋である。
「また、ここっすか。」
自身も吹き飛ばされたジャムスが顔をしかめる。
「御大の爆発に耐えれる部屋はここと暁の間しか無いからな。」
「暁の?あそこ建物ごと崩れてますよね。全然耐えられて無いじゃないっすかー。」
ガタガタの椅子の埃をぱんっと払い、ミルガルムはシロンへ勧める。
もう一つ、生き残っていた椅子は素早くリュヘルが確保。
ミルガルムは机に腰掛け、仕方なくジャムスは壁にもたれ立つ。
ウィラードを背負ってきたヌコがどうしようかとキョロキョロしていると、床に座った煌華が自分の膝を指す。
まさか、ウィラードさんに膝枕⁈
いやいや、ウィラードさんを捨て置いてここに来い、と言うことだよな。
すごすごと近寄り煌華の横に座る。
驚いた事にウィラードをひったくり膝に頭を乗せている。
ヌコの膝枕!そんな羨ましい事させません。それくらいならわたくしが貸すわ!と言わんばかりだ。
「いいっすねー。」
見た目美人の煌華の膝枕に、ジャムスが心から言う。
「さて、話しを聞こうか。と、言っても交易云々の話は然るべき役人が来てから交渉しろ。俺はこの砦を預かる軍人にすぎん。おい、誰か酒保から酒を、いや酒と茶を持って来い。茶請けも忘れるな。」
名乗りもせずに酒を頼みはじめた男に、シロンの血圧が更に上がる。
「私はシロンと申します。ブライデル帝国第五辺境伯…」
「お貴族様の名は長くて覚えられん。こっちは平民で聞いても素養が無いから分からぬよ。そうそう、俺はここの司令を務めるミルガルムと言う。良い部下をお持ちだな、シロン卿。」
話を聞こう、と切り出しながら話を聞く気はあまり無いミルガルムである。
魔の森から侵入を企てて来る危険を廃するのがエリム砦を任されたミルガルムの仕事であった。
積極的に侵攻してくる気配の無い獣人相手に睨めっこをしながら、砦の草むしりなんかで補修を誤魔化しのんびり過ごす。
理想的な職場だ。
だが世は世知辛い。
戦闘を起こさせない為に戦力を誇示すると言うのも立派な戦略だと言うのに、中央の馬鹿者が戦わぬなら兵は要らないなと、常駐の兵を半減させた。
さらにその上で兵役についたばかりの新人民兵を送り込み、あげく戦闘経験を積ませるように命じて来たのだ。
森に出兵すれば、ろくに剣を振るったこともない民兵は簡単に全滅するだろう。
のらりくらりと躱していたが、中央からは矢の催促。あげく、ミルガルムの更迭ならまだしも、愚鈍で定評のある将が上官として送り込まれそうになった。
仕方がない。
ミルガルムは当時から副将であったリュヘルと策を弄した。
獣人奴隷、あるいは獣人虜囚を残虐に吊るすのだ。
思惑通り、獣人兵は砦に襲いかかってきた。
それを城壁から射掛け、退ける。
なるべく味方に損失なく獣人との戦闘経験を積ませる事が出来、その上、戦火の口火はミルガルム達が握れる。
卑怯な策だと思いもするが、将が守るのは敵ではなく砦と自軍の兵だ。
そんな訓練のような戦闘を、ここ数年は繰り返している。
別に巫山戯ているわけでは無いが、熱意も気概も無いのはやらなくても良い戦闘をさせられている、そんな気持ちがあるからである。
だから。
シロンの登場はとても面倒であると共に、期待もしている。
もし、ウィラードが語ったようにこの子供の目的が人間と獣人の仲を結ぶ事で、それが叶うならば。
ミルガルムに残される仕事は砦維持の草むしりだけだ。
ああ、なんて素晴らしい事だろう。
長い付き合いのリュヘルは、だいたいミルガルムが何を考えているのかわかる。
そして、大抵、その考えは上手くいかない事も経験から悟っている。
冷酷、と渾名されているが、ナーダルと違い人をいたぶる趣味性癖は無い。感情心情まで計算に入れて物事をこなす、その仕事振りが他人には冷酷に見えてしまうようだ。
効率上等。
手抜きが出来るなら、絶対に手を抜くべし。
そもそも、ウィラードを最初に捕まえた時点で尋問などと七面倒な事をせずに闇へ葬りされば良かったのに。
リュヘルは美人の膝枕で気持ち良さそうに気絶しているウィラードをつい睨みつける。
その様子を目にして、ほんと狡いっすよねー、とジャムスが頷いている。
「交易と街道のお話をさせていただくつもりでしたが。」
蛇足にウィラードを褒められて。
「獣人達の貴方がたへの怨みは根深い。このままでは街道を通せたとしても、人には危険な旅となるでしょう。ウィラードへした仕打ちを、獣人方へもずっと為されて来たそうですね。彼らは犠牲を出してでも人間へ復讐したい、そこまで怨み追い詰められております。」
人を評価する気持ちがありながら何故、と言葉が溢れてしまう。
シロンの話を聞きながらミルガルムは段々に難しい顔になる。
「…リュヘル、代われ。軽薄は残れ。俺は外壁を見て来る。おお、茶が来たな。では客人方、ごゆるりと。ああ、獣人は借りていきますよ。」
やおら慌ただしくミルガルムはヌコを連れて出て行ってしまう。
弾劾の途中で逃げられて、シロンは唖然とした。
煌華もヌコを連れ去られて慌てて立ち上がる。
ごんっ、と威勢の良い音。
膝枕から落下させられたウィラードがうっと唸り目醒める。
話が途中なのを咎めるか、ヌコを連れて行かれた事をただすか、暴走しそうな煌華を諌めるか、目覚めたウィラードの無事を確かめるか。
「失礼。ミルガルムは獣人達の襲撃を危惧したのですよ。一応お尋ねしますが、ご自身を囮にされてはいらっしゃいませんな?」
シロンの一瞬の逡巡をついて、リュヘルがミルガルムの行動を説明しながら逆に問い質して来る。
聴き慣れてしまったリュヘルの声を聞いて、ウィラードが狸寝入りに戻る。




